第7話「リンク」
第一章「全ての始まり」、これにて完結です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
戦いは終わった。
ひび割れた道路。
崩れた壁。
舞い上がっていた砂埃が、ゆっくりと地面へ戻っていく。
荒い息を整えながら、俺は敵が消えた方向を見つめていた。
「……なんだったんだ、あいつら」
追いかける余力は残っていない。
仮に追いつけたとしても、何を聞けばいいのかすら分からなかった。
御鏡も同じ方向を見つめている。
戦いが終わったというのに、その表情は険しいままだった。
「落」
「なんだよ」
「狙われていたのは、お前だ」
俺は御鏡を見る。
「俺?」
「あいつらは途中から、俺たちを倒そうとしていなかった」
御鏡は戦いを思い返すように目を細めた。
「攻撃を受けてまで、お前に近づこうとしていた」
「でも、なんで俺なんだよ」
「それを確かめる」
御鏡が佳子へ振り返る。
「佳子。戦う前と今で、俺たちを見比べてくれ」
「分かりました」
佳子が片目を閉じた。
残された目が、御鏡から俺へとゆっくり動く。
戦う前に視たものと比べるように、その視線が何度か往復した。
やがて、佳子の表情が曇る。
「……御鏡さんは、戦う前と変わっていません」
「落は?」
佳子の目が、俺の胸元で止まった。
「落さんは……明らかに強くなっています」
「Beginningがか?」
「分かりません」
佳子は首を横に振った。
「私に見えているものが、Beginningそのものなのかは、まだ判断できません」
「ただ……」
言葉を選ぶように、一度口を閉じる。
「落さんの中にあるものだけが、身体の内側に収まりきらず、外へ滲み出しているように見えます」
俺は胸に手を当てた。
心臓が速く脈打っている。
それ以外には、何も感じない。
「俺の中に……何があるんだよ」
佳子は答えられず、視線を伏せた。
御鏡が静かに口を開く。
「あいつらは、それを狙っていたのかもしれない」
「俺の能力を?」
「それすら分からない」
御鏡は、敵が消えた方向へ目を向ける。
「能力を持った人間が暴れるのは、これまでにも何度かあった」
「だが、特定の能力者を明確な目的を持って襲うケースは初めてだ」
Beginning。
突然現れた敵。
俺の中にある、正体の分からない何か。
そして、俺が狙われた理由。
一つ理解しようとするたびに、分からないことが増えていく。
「もう、何が何だか分からねぇ……」
俺の声だけが、静まり返った街に残った。
その直後だった。
キィン、と。
耳の奥で、金属を強く擦ったような音が鳴った。
「っ……!」
頭蓋の内側を直接揺らされたような感覚に、俺は思わず頭を押さえる。
御鏡も佳子も、同時に顔をしかめていた。
「みんな、どうしたの!?」
陽菜だけが、何も聞こえていない様子で俺たちを見回している。
次の瞬間。
知らない男の声が、頭の中へ直接流れ込んできた。
《リンクしたぜ!》
大きく、荒々しい声。
耳から聞こえているわけではない。
頭の中へ、無理やり言葉を叩き込まれている。
《世界中の能力者ども、聞こえてるな!》
世界中。
その言葉に、御鏡の表情が変わった。
《俺は大津凪》
《今から、世界中の能力者による統一戦を始める》
「統一戦……?」
俺の声に答えるように、話を続ける。
《国も、組織も、立場も関係ねぇ》
《強い奴が上に立ち、弱い奴を従わせる》
《一番強い力で全部まとめりゃ、くだらねぇ争いも終わる》
《その頂点に立つのは、この俺だ》
声に迷いはなかった。
本気で、自分が世界を統一できると信じている。
そのとき。
俺の意識の中に、五つの枠が現れた。
白く縁取られた、何も書かれていない空白。
《目の前に、五つの枠が見えてるだろ》
《組むと決めた奴らと、そこへ名を刻め》
《俺のBeginningで、一つのリンクに繋げられるのは五人までだ》
《名を刻んだ瞬間、そいつらとは繋がる》
《世界のどこにいようが、互いの居場所までな》
大津が鼻で笑った。
《まあ、六人でも十人でも、好きなだけ連れて来い》
《リンクに繋げられねぇ奴は、自力でついて来ればいい》
《何人だろうが、まとめて潰してやる》
一瞬、声が低くなる。
《ただし、覚えとけ》
《名を刻んだ瞬間から、お前らは狩る側であり、狩られる側だ》
《近くにいる別のリンクにも、お前らの存在は伝わる》
《五人揃った連中には、いずれ戦場を送る》
《それまでに潰し合うか、仲間を集めるか》
《好きに選べ》
楽しそうな笑い声が、頭の中に響いた。
《最後まで立っていた奴が、すべてを手に入れる》
《俺のやり方が気に入らねぇなら》
《言葉じゃなく、力で止めに来い!》
その言葉を最後に、通信は途切れた。
頭の中から大津の気配が消える。
風の音。
遠くを走る車の音。
陽菜が俺たちを呼ぶ声。
消えていた街の音が、一斉に戻ってきた。
「……何が聞こえたの?」
陽菜が不安そうに尋ねる。
俺は、すぐには答えられなかった。
世界中の能力者。
五人までの共有リンク。
名を刻んだ瞬間から始まる戦い。
御鏡が、意識の中に残った五つの枠を睨む。
「まだ触るな」
俺は、枠へ伸ばしかけた手を止めた。
「なんでだよ」
「名前を刻んだ瞬間、居場所が共有される」
「仲間だけじゃない。周辺の能力者にも、俺たちの存在が伝わると言っていた」
佳子も五つの空白を見つめている。
「一度繋がれば、簡単には戻れないかもしれません」
遠くで、何かが爆発した。
全員が音のした方向へ振り向く。
黒い煙が、建物の向こうから立ち上っていた。
続いて、別の方角からも衝撃音が響く。
凪の言葉を受け取った能力者たちが、もう動き始めている。
「……始まったのか」
御鏡が低い声で答える。
「ああ」
「世界中で、同じことが起きている」
陽菜が俺たちの顔を見回す。
「あの人は、何を始めたの?」
御鏡は一瞬迷い、それでも隠さずに答えた。
「能力者同士の戦いだ」
「世界中の能力者を、自分に従わせるためのな」
陽菜の表情が曇る。
「それって……落も戦うの?」
俺は答えられなかった。
戦うのか。
逃げるのか。
何もせず、俯いてやり過ごすのか。
考え始めると、答えの出ない思考が頭の中を巡っていく。
また、何も選べなくなる。
そのとき、御鏡の声が飛んできた。
「落。強くなれ」
俺は顔を上げられない。
「ヤツの呼びかけを無視しても、周りの能力者が放っておくとは限らない」
「逃げるだけでは、守れないものもある」
佳子も、まっすぐ俺を見る。
「会ったばかりの私が言うことじゃないかもしれません」
「でも、私が視た中でも、落さんの力は特別です」
「その力が何になるのかは……」
佳子は少し迷ってから、静かに続けた。
「きっと、落さんがこれから何をするかで変わるんだと思います」
俺が、何をするか。
今まで俯いて、何もしてこなかった俺に何ができる。
考えても、選べない。
怖くなれば、すぐに俯く。
視界には、自分の足元しか映っていない。
「ねえ、落」
陽菜の声がした。
「前を向いて」
俺は、俯いたまま動けなかった。
陽菜が、もう一度言う。
「一人で全部背負えなんて言わない」
「落が戦うなら、私も一緒に戦う」
足元へ、陽菜の靴が近づいてくる。
「だから前を向いて」
「目の前にいる私を守ってよ」
その言葉に、息が止まった。
「私は知ってるよ」
「落が、すごいってこと」
俺は、陽菜が思っているほど立派な人間じゃない。
前を向くことすらできない。
考えても、選べない。
怖くなれば、すぐに俯く。
それでも。
陽菜が傷つくのは嫌だった。
陽菜を失うことだけは、考えたくなかった。
守りたい。
その気持ちだけは、考えなくても分かった。
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
目の前に、陽菜がいた。
「俺が……守る」
声は小さかった。
頼りなくて、自分でも信じ切れていないような言葉だった。
それでも陽菜は、嬉しそうに静かに笑った。
俺は再び、意識の中に残る五つの枠を見る。
正しい選択なのかは分からない。
この先、何が待っているのかも分からない。
けれど。
何も選ばないまま、陽菜が傷つくのを待つのだけは嫌だった。
俺は、一つ目の枠へ手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、白い枠が強く輝く。
その中央に、文字が刻まれた。
天城 落。
次の瞬間。
頭の中に、二人分の存在が浮かび上がった。
少し離れた右側に、御鏡。
俺のすぐ近くに、佳子。
姿を見なくても分かる。
二人がどこにいるのか。
どちらを向き、どこへ動こうとしているのかまで、感覚として流れ込んでくる。
「これが……リンク」
御鏡が俺を見る。
「決めたんだな」
「ああ」
御鏡は小さく息を吐き、二つ目の枠へ名を刻んだ。
御鏡。
続いて、佳子も三つ目の枠へ触れる。
今見 佳子。
三人の位置が、一本の線で繋がった。
残る枠は二つ。
そのとき。
俺たちとは別の光が、意識の端に灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
少し離れた場所で瞬いていた光が、ゆっくりとこちらへ動き始める。
「御鏡……これ」
「ああ」
御鏡の表情が険しくなる。
「向こうからも、俺たちが見えている」
再び、遠くで爆発音が響いた。
今度は、さっきよりも近い。
名を刻んだ瞬間。
俺たちは世界と繋がった。
そして同時に。
戦いの中へ、自分の足で踏み込んだ。
この決断を。
口にした言葉を。
いつか、間違いではなかったと言い切れるように。
俺は、自分の力を信じて前へ進む。
第一章 全ての始まり
了
次回から第二章。
世界中の能力者がリンクによって繋がり、落たちの周囲でも新たな出会いと戦いが始まります。
物語はここから、さらに大きく動いていきます。
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