↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/18

第16話 「進めた二歩」

佳子の過去編、続きです。


今回は、みく姉ちゃんと佳子が少しずつ前へ進んでいく話になります。


失ったものは戻らなくても、それでも歩いていく。


そんな回です。

「一歩」


みく姉ちゃんが平行棒を握り、右脚を前へ出す。


「二歩……」


動かしにくい左脚を、ゆっくりと運ぶ。


三歩目。


みく姉ちゃんの膝から力が抜けた。


「みく姉ちゃん!」


私は慌てて、その身体を支えた。


みく姉ちゃんは床へ座り込み、荒い息を吐く。


額には汗が滲んでいた。


「今日は、もう休もう」


けれど、みく姉ちゃんは自分の足を見ながら笑った。


「昨日より、一歩増えた」


私は何も言えなかった。


私なら、きっと転んだことばかりを考えていた。


どうして失敗したのか。


何が悪かったのか。


次はどうすれば転ばずに済むのか。


けれど、みく姉ちゃんは違った。


転んだ一歩ではなく、進めた二歩を見ていた。


「もう一回」


みく姉ちゃんは平行棒へ手を伸ばす。


私はその手を取り、一緒に立ち上がった。


それから、みく姉ちゃんは何度も転んだ。


昨日できたことが、今日はできない日もあった。


痛みで訓練ができず、病室で声を殺して泣いた日もある。


それでも、諦めなかった。


一歩。


二歩。


五歩。


やがて杖を使い、病院の廊下を歩けるようになった。


退院した後は、二人で近所を歩いた。


最初は家の前まで。


次は公園まで。


その次は駅まで。


歩ける距離が伸びるたび、二人の行ける場所も増えていった。


ある日。


少し先を歩いていたみく姉ちゃんが、私を振り返った。


「佳子、見てて!」


「え?」


みく姉ちゃんが走り出した。


綺麗な走り方ではなかった。


左脚を少し引きずり、途中で転びそうになる。


それでも数歩走り、私の前で立ち止まった。


「佳子!」


「今、走れた!」


子供のように笑っていた。


私の目から、涙が溢れた。


「みく姉ちゃん……!」


二人で抱き合いながら、泣いて笑った。


「元に戻ったんだね」


私が言うと、みく姉ちゃんは首を横に振った。


「元には戻ってないよ」


「傷も残ってるし、雨の日は今でも痛い」


みく姉ちゃんは、自分の左脚へそっと触れた。


「昔と同じ足で歩いてるんじゃない」


「この足で、もう一度歩けるようになったの」


そして、私へ笑いかけた。


「戻ったんじゃなくて、歩き直したんだよ」


その言葉を聞いた時。


私は初めて、みく姉ちゃんの傷を少しだけ別のものとして見られた気がした。


消えない過去ではなく。


今も続いている、みく姉ちゃん自身の歩みとして。


◇


歩けるようになってから、私たちは以前よりも多くの場所へ出かけた。


近所の公園。


遠くの商店街。


水族館。


海。


事故が起きる前には、行こうとすら思わなかった場所。


写真もたくさん撮った。


ある日。


二人で訪れた神社で、みく姉ちゃんは白い人形の形をした小さなお守りを買った。


赤い紐のついた、顔のない人形。


「これ、佳子にあげる」


「……何、これ」


「形代を模したお守りだって」


「かたしろ?」


「悪いものを、代わりに引き受けてくれるらしいよ」


私は、手のひらに乗せられた白い人形を見つめた。


顔がないからなのか、少しだけ寂しそうに見えた。


「それなら、みく姉ちゃんが持ってよ」


「どうして?」


「私を庇って怪我したのは、みく姉ちゃんでしょ」


みく姉ちゃんは困ったように笑った。


「また過去の話してる」


「でも……」


「私は、自分の足でここまで来られた」


みく姉ちゃんは、傷の残る左脚で地面を踏んだ。


「これは佳子にあげる」


「佳子は何でも、一人で抱え込もうとするから」


私は、白い形代へ視線を戻した。


「身代わりなんて……かわいそう」


みく姉ちゃんが吹き出す。


「人形の心配までする人、初めて見た」


「だって、誰かの代わりに傷つくんでしょ」


「人形だから大丈夫」


「そういう問題じゃない」


そう言いながら、私は形代を鞄へつけた。


別の日。


みく姉ちゃんに連れられて入った雑貨屋で、赤い髪紐を見つけた。


「せっかくだから、何か買って帰ろうよ」


「別に、欲しいものないよ」


「必要だから買うんじゃないの」


みく姉ちゃんは並んだ小物を指さした。


「今、欲しいものを選ぶの」


私は少し迷い、赤い髪紐へ手を伸ばした。


「……これ」


「赤なんて珍しいね」


「駄目?」


「ううん。どうしてそれにしたの?」


夕日に透ける赤い髪紐を見つめる。


「今、綺麗だと思ったから」


みく姉ちゃんが嬉しそうに笑った。


「それでいいんだよ」


誰かに必要だと言われたからではない。


過去の失敗を埋めるためでもない。


未来で役に立つからでもない。


ただ、今の私が欲しいと思ったから。


その日から私は、出かける時に赤い髪紐を使うようになった。


事故の前よりも、みく姉ちゃんはよく笑うようになった。


私も、みく姉ちゃんといる時だけは、目の前の景色を見て笑えるようになった。


この頃の私は。


先のことを知らなくても、笑えていた。


読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、みく姉ちゃんのリハビリと、佳子が少しずつ「今」を受け入れていく時間を描きました。


「戻る」のではなく、「歩き直す」。


その言葉が、佳子の中に残っていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。