第14.5話 「分岐」
今回は、新たに現れた二人の能力者の話です。
同じように傷ついた二人が、何を願い、何を選ぶのか。
◇
少し前。
崩れかけた建物の前に、臨時の救護所が設けられていた。
「先生!」
「この人、呼吸が弱くなってます!」
咲良 伊吹は、血に濡れた両手で男性の傷口を押さえていた。
それでも、指の隙間から血が溢れてくる。
「咲良、もういい」
医師が首を横へ振る。
「次の患者へ行け」
「でも、まだ息があります!」
「ほかにも助けを待っている人がいる!」
分かっている。
ここで時間を使えば、ほかの誰かまで手遅れになるかもしれない。
それでも、手を離せなかった。
「家族に……」
男性の指が、伊吹の白衣を掴む。
「ありがとうって……」
「自分で言ってください」
「私が伝えるんじゃなくて、あなたが――」
白衣を掴んでいた指から、力が抜けた。
男性の胸が動かなくなる。
「……待って」
首元へ触れる。
脈はなかった。
男性の身体に、白い布がかけられる。
また、助けられなかった。
「私……」
血に濡れた自分の手を見る。
「何のために、ここにいるの……」
その時だった。
ズズンッ!!
地面が大きく揺れた。
近くの建物が崩れ、激しい砂埃が救護所を覆う。
「助けて……!」
瓦礫の奥から、微かな声が聞こえた。
「中に誰かいます!」
伊吹が駆け出す。
救助隊員が、その腕を掴んだ。
「待て! 二次崩落の危険がある!」
「今入ったら、君まで死ぬぞ!」
もう一度、助けを求める声が聞こえた。
今度は、さらに弱い。
伊吹は救助隊員の手を振りほどく。
「まだ、生きてる」
「まだ助けを呼んでる!」
崩れた建物へ飛び込んだ。
瓦礫の隙間を這って進む。
鉄筋が白衣を裂き、肩へ食い込んだ。
割れたガラスで、手のひらが切れる。
それでも止まらなかった。
「今、行きます!」
崩れた柱の向こうに、一人の少女が倒れていた。
伊吹は鉄の棒を瓦礫の隙間へ差し込み、全身で押し上げる。
手のひらから流れる血で、棒が滑る。
「動いて……!」
僅かに持ち上がった瓦礫の下へ、自分の足を入れる。
少女の身体を引き寄せた瞬間、天井が崩れた。
伊吹は少女へ覆い被さる。
背中へ、幾つもの破片がぶつかった。
「ぐっ……!」
怖い。
痛い。
それでも、身体はまだ動く。
「傷ついたって、へっちゃら……!」
伊吹は少女を抱え、崩れかけた建物から飛び出した。
白衣を染めていた血は、いつの間にか他人のものより、自分のものの方が多くなっていた。
「腹部の損傷がひどい」
少女を診た医師の表情が曇る。
「脈も落ちてる。このままでは……」
また、命が消えようとしている。
「嫌……」
伊吹は血に濡れた両手を、少女の胸へ重ねた。
「助けたい」
「治したい」
「この人を、救いたい!」
今の自分にできることを、最後まで諦めたくない。
その瞬間。
伊吹の両手から、淡い光が溢れ出した。
少女の身体を包み込む。
止まりかけていた鼓動が、再び強く鳴った。
「……息が戻った」
伊吹は少女の鼓動を確かめると、白い布をかけられた男性へ駆け寄った。
冷たくなった胸へ、両手を重ねる。
「お願い……」
「戻ってきて……!」
しかし、光は現れなかった。
救える力を手に入れても。
失われた命までは、取り戻せなかった。
◇
同じ頃。
崩壊した建物の中に、断上 継が立っていた。
周囲にあるのは、砕けた壁と折れた柱。
瓦礫の隙間から、片手だけが伸びている。
何度呼びかけても、返事はなかった。
大切にしていた物は壊された。
守りたかった居場所も奪われた。
信じていた人との仲も、誰かに壊された。
継は、瓦礫から伸びた手を見つめる。
「壊されて、壊されて、壊されて……」
握った拳が震える。
「もう、疲れた」
何度大切にしても、最後には壊される。
何度繋ぎ止めようとしても、自分の手から離れていく。
「なんで俺だけが、壊されなきゃいけねぇんだ」
返事の代わりに、崩れた天井から小さな破片が落ちた。
乾いた音が、誰もいない建物に響く。
継は力なく俯く。
「最後には、全部壊れる」
ゆっくりと、目の前の鉄骨へ手を伸ばす。
「俺も、どうせ死ぬんだったら――」
指先が、鉄骨へ触れる。
その瞬間。
拳の震えが止まった。
「その前に、俺が全部壊してやる」
触れた箇所だけが、音を立てて砕け散った。
◇
「……二つ」
佳子が突然、足を止めた。
「どうした?」
御鏡が尋ねる。
佳子は、遠くを見るように右目を細めた。
「新しいBeginningの反応です」
「少し前に、二つの力がほとんど同時に発現したようです」
「近いのか?」
「いいえ。私たち含め、それぞれ距離が離れてます」
佳子の表情が曇る。
「ただ――」
右目に、淡い光が宿る。
「正反対の波長を感じます」
お読みいただきありがとうございます。
新たに現れた、咲良伊吹と断上継。
二人の選択が、この先どこへ向かうのか。
第15話「分岐」でした。




