第14話 「外れない鎖」
中立を選んだ一花。
今度は誰かの言葉ではなく、自分の目で確かめようとします。
一方、拝島は見覚えのある場所へ――。
「中立を選びます」
一花の言葉が、静まり返った交差点に響いた。
俺たちは誰も動かなかった。
拝島はしばらく一花を見つめ、やがて構えていた鎖を下ろす。
「いいぜ」
「なら、リンクも切ってやる」
一花が僅かに目を見開いた。
「外せるんですか?」
「誰も戦闘不能になってなけりゃ、繋がった全員の同意で外せる」
拝島が、地面に倒れた三人へ目を向ける。
「あいつらは、一人が倒れた時点で強制的にリンクを切られた」
「強制解除されたリンクは、二度と繋ぎ直せねぇ」
再び、一花を見る。
「だが、任意で外した場合は別だ」
「全員が同意すれば、また同じリンクを組める」
一花が僅かに耳を澄ます。
誰かの声を聞いているようだった。
解除の意思だけが、リンクを通じて全員へ伝わったようだ。
「凪さんは、同意しました」
一花が話始める。
卑弥が気怠そうに手を振る。
「私はどっちでもいいし」
拝島がリアを見る。
「リア」
「はい」
「リンク解除に同意しろ」
「同意します」
最後に拝島が口を開く。
「俺もだ」
一花の身体が僅かに揺れた。
胸へ手を当て、リンクが消えたことを確かめるように、ゆっくりと息を吐く。
その表情からは、さっきまでの迷いが少しだけ消えていた。
「こっちはもう行く」
拝島が背を向ける。
「ついてくるなら、勝手について来い」
一花は首を横に振った。
「構いません」
「一度、こちらの方々とも話をします」
「好きにしろ」
拝島は、倒れている三人を一瞥する。
助け起こそうともせず、そのまま歩き出した。
卑弥とリアも、拝島の背中を追っていく。
◇
三人の姿が見えなくなる。
御鏡はすぐに、倒れた能力者たちへ歩み寄った。
一人ずつ脈を確認する。
「全員、生きている」
「気を失っているだけだ」
佳子が一花を見つめる。
右目が淡い光を帯びた。
「今の一花さんから、敵意は感じません」
御鏡が立ち上がる。
「なぜ、あいつらを信じた」
一花は少し迷ってから答えた。
「拝島さんたちが、一般人を助けるところを見ました」
「それに、危険な能力者を追っていると聞いて……」
「それだけか?」
一花は答えられなかった。
御鏡が続ける。
「お前が見たものは嘘じゃない」
「実際に、一般人が助かったんだろう」
一花が頷く。
「はい」
「だが、そこから先はあいつらに聞いた話だ」
御鏡は一花を真っ直ぐに見る。
「見た事実と、聞いた話を混ぜるな」
一花が、握っていた拳へ目を落とす。
「人を助けるところを見て、正しい人たちだと思いました」
「一緒に行けば、もっと多くの人を守れるって」
拳から力が抜けていく。
「だから私……疑おうともしませんでした」
「俺たちは、別荘であいつらに襲われた」
俺は一花を見る。
「あの鎖男は、俺を狙ってた」
一花はすぐに信じなかった。
僅かに考えてから、俺へ尋ねる。
「それも、あなたたちから聞いただけの話ですよね」
「証明できるものはありますか?」
思いがけない言葉に、俺は詰まった。
証拠なんてない。
俺たちが言っているだけだ。
「……できない」
「そうですか」
御鏡が静かに頷く。
「それでいい」
「俺たちの言葉も、今すぐ信じる必要はない」
一花が顔を上げる。
「自分で見ろ」
「その上で、誰を信じるか決めればいい」
一花は、リアが消えた方向を見る。
「あの子が傷ついても、命令に従っていたこと」
「落さんが女性を助けたこと」
「拝島さんが、あの子を盾にしたこと」
俺たちへ向き直る。
「それは全部、私が自分で見ました」
「もう少し、話を聞かせてください」
「あなたたちが何をしているのか」
「何を止めようとしているのか」
その目に、さっきまでの迷いはなかった。
「今度は、自分で確かめます」
◇
「面倒な女だったな」
避難によって人影の消えたオフィス街。
拝島は苛立った様子で歩いていた。
卑弥が隣で笑う。
「自分で誘ったくせに」
「戦力になると思っただけだ」
拝島が舌打ちする。
「一人外すために、全員の同意が必要」
「制限ってのは、どこまでも不自由だ」
その足が止まった。
視線の先には、古びた灰色のビルが建っている。
「どうしたの?」
卑弥が尋ねる。
拝島は答えない。
やがて進む方向を変え、そのビルへ向かって歩き出した。
「目的地、そっちじゃないけど」
「少し寄る」
閉ざされた正面扉を、鎖が突き破る。
ガラスが砕け、暗い受付へ降り注いだ。
拝島は迷うことなく奥へ進む。
何度も通った廊下。
何度も頭を下げた場所。
靴底が床を叩くたび、過去の声が蘇る。
「指示通りにしろ」
「勝手に判断するな」
「お前の代わりなんて、いくらでもいる」
「責任はお前が取れ」
黒い鎖が壁を貫いた。
社訓が刻まれた額縁が砕ける。
机が吹き飛ぶ。
扉がひしゃげる。
拝島は何も言わない。
過去の声が聞こえるたびに、ただ鎖を振るった。
「へぇ」
後から入ってきた卑弥が、壁に残った会社名を見る。
「あら。ここ、うちの取引先じゃない」
拝島の鎖が止まる。
「タイミングが合ってたら、私たち会ってたかもね」
「……そうか」
それだけ答え、拝島は再び鎖を振るった。
しばらくして。
三人は、半壊したビルを出た。
「すっきりした?」
卑弥が尋ねる。
「俺が壊したかったから、壊しただけだ」
拝島は振り返らない。
「俺が決めた」
そう言って、歩き出す。
その右手には、自ら生み出した黒い鎖が巻き付いたままだった。
お読みいただきありがとうございます。
一花は、自分の意思でリンクを外しました。
では、自由を求める拝島の鎖は、今も何に繋がっているのか。
第14話「外れない鎖」でした。




