第7話 前編 「元一般女性さん、お勉強する」
第7話は前後編となります。
後編も本日の内に投稿します。
よろしくお願いします。
——社会人になって*年、まさかもう一度学校に通う日が来るとは。人生わからないものです。
——いや、その人生は一度終わったから…ん、どうなるんだろう?
緋夏がリィサに朝の支度を整えられながら、意味のないことを考えていると、部屋の戸が叩かれた。
「エメルダ様、わたしが出ますのでお待ちください。」
リィサは緋夏が奥の部屋で外に見えないように腰を落ち着けるのを確認して扉に向かう。
「はい、どちら様でしょうか。」
「〈おはようございます、リヴァリエ家令嬢コニアの使いの者です。〉」
若い女性の声が扉の向こうから聞こえてくる。コニアのメイドだろう。
リィサは訪ねてきた使いのメイドと面識があるらしく、硬さの取れた声で挨拶をしながら扉を開ける。
「ああ、それはそれはご足労いただきまして——」
「おはようございます、それでご用件は?」
「コニアお嬢様からエメルダ様に朝食のお誘いです。『ぜひ朝食をご一緒しましょう』とのことです。」
「かしこまりました。エメルダ様にいかがなされるか尋ねて参りますので、しばらくお待ちいただけますか?」
リィサは再び扉を閉めて、部屋の奥に戻る。
緋夏も当然今の会話は聞こえていたので、彼女の歩いてくる音がなんだか嫌なカウントダウンのように感じる。
「——エメルダ様、聞こえていたでしょう。どうしますか?」
「う〜ん、乗り気、じゃないわ。」
「では、お断りしますか?」
「やー……行くわ。あんまり邪険にしたら可哀想よね。」
「かしこまりました。」
そうして、緋夏は三銃士の一人とちょっと気の重い食事をしに腰を上げるのだった。
———
「あ!エメルダ様、こちらですワ!!」
「お食事も先にご用意いたしましたノ!」
コニアは昨日の件があったにも関わらずにこにこと手を振っている。その隣には当然のようにギカーナとチャリルもいた。
そして、驚いたことにそこにアンネリーサもいた。
——な!アンちゃん!?こいつ、コミュ力お化けか!
「なんでアンちゃんまでいるのよ!」
「エメルダ様、おはようございます。コニア様が『良かったら一緒にいかが』って誘ってくれたんですよ!お友だちがたくさん増えて最高の1日です!」
「エメルダ様に叱られて反省しましたノ!貴族たる者かっこよくありたいですわネ!」
「それに、エメルダ様のお友だちはあたくしたちのお友だちですわ!」
ギカーナが微笑む。
「会って1日目で友だちって、良くて知り合いでは…?」
——まさか、三銃士一番の過激派チャリルと意見が合うとは…!まぁ、当人同士が納得ずくなら何も言うまい…。
「エメルダ様は、魔力測定では火属性でしたわネ!」
「わたくしは、やはりというか水属性でしたワ。青の水で、それはそれは美しい色でしたノ!エメルダ様もご覧いただけましたかしラ!」
コニアがきらきらした瞳で緋夏を見る。
「やはりって、やっぱり家系である程度決まるの?——ごめんね、人が多かったしあんま見てなかったわ。」
正直、自分が終わったあとはあまり気にしていなかった。その上、勇者ダリウスの名前が出るまでアンネリーサとこしょこしょお喋りしていたので見ていなかった。
「今年の入学者は100人を超えるらしいですから仕方ないですわね。——関係ないとは言われていますが、それでも家系ごとにこの属性が多いとかはありますわ。あたくしの家は土属性が多いですが、風属性でしたもの。」
「わたくしは土属性でしたわ。なんか真っ黒のドロドロがダラダラ垂れてきて…ああ忘れたい。」
——この子たち、ひょっとして闇堕ちエメルダと一緒にいなければ割と良い子なのでは?思春期に悪いお友だちができてグレちゃったみたいなアレ?
「今日から早速授業ですわネ!魔法力学からでしたわよネ。みなさん、魔法は使えたことありましテ?わたくし、試したけどダメでしたワ…。」
コニアが朝食のパンを食べかけて項垂れる。
「あ、わたし使えるわよ。一番簡単なやつだけだけど。アンちゃんも使えるのよね!」
「え!?すごいですわね!あたくし兄に聞いてみましたけど、魔力の操作方法を学ばない内に魔法を使うと体内で爆発するから危ないと言っていましたわよ!」
ギカーナが小さく拍手をする。
「体内で爆発って…するわけないでしょ。うまく発動できなくて爆発っていうのは聞いたことありますけど…。」
チャリルは呟くように毒づく。
「みなさんが爆発されても、わたしが治しますから安心してくださいね!」
アンネリーサがボケなのか天然なのかわからない発言をする。
「「「いや、爆発したくないですわ!」」」
三銃士たちは思わず仲良くツッコミを入れていた。
ゲームでは一緒に過ごす機会もなかった組み合わせでの食事は和やかな雰囲気で終えられた。緋夏の不安な気持ちが全くの杞憂となったことは喜ばしいと素直に思えた。
———
魔法力学の教室は、学院の尖塔群のうちの一番背が低く広場に近い塔にあった。
緋夏たちは朝食後その足で魔法力学の教室へ来ていた。コニアも初めてのはずなのに、まるで案内人のような顔をして、教室までの道を教えてくれた。
——コニア、中々できる子…!
緋夏は教室の前の窓から中を覗き見てみる。魔法を教えるための教室とはいかなものなのか、逸る気持ちが抑えられなかったからだ。
しかし、教室の中には期待したような魔法を学ぶための、何かファンタジーな感じの特別なものはなかった。ただ各座席に魔法力学入門書とビー玉のようなガラス玉が一つずつ置かれているだけだった。
三銃士もアンネリーサも特に気にした様子もなく教室に入っていくので、これが業界スタンダードというものなのかもしれない。
——わぁ、すっごく期待外れ…。なんか、こう杖振ってみたり、物浮かせるとかなんかしたかったな…。
「こんにちは、エメルダ嬢。中に入りたいんだ、開けてもらっても?」
エメルダの後方の頭の高い位置から低く唸るような声がした。決して怒っているわけではないのだろうが、他人を威圧するような存在感を放つ男と言えば——
「あら、ごめんなさい、入り口塞いじゃって。開いた口が塞がらなかったのよ。」
エメルダが教室に入って振り返ると、やはりというとおかしいが、勇者ダリウスがいた。
「開いた口?ああ、さっそく座学なのか…。」
ダリウスはまさにスポーツマン、いや騎士という体格の男性だ。ティターノ王子がアイドルのようなイケメンだとしたら、ダリウスは武士だろう。かっこいいというより、渋いとか強そうとかの言葉が似合う。
「ダリウス様、よね。わたしのことを知っているのですね。」
「公爵家令嬢なのだから当然だ。君がティターノ殿下と婚姻された後は君に仕えることになってもおかしくないのだから。」
「王国騎士団団長のご子息だものね。でも、勇者としての働きを期待されているのでは?」
「魔王か。復活が囁かれているが、まだ見ぬ敵よりも、実害のある犯罪者や、他国に睨みをきかせる方が先だと思うが——」
「エメルダ様!こっちですわヨ!——えっ、ダリウス様!?いつ仲良しになられたんですノ!?」
三銃士たちとアンネリーサは教壇の前の座席に陣取り、書物鞄を下ろしながら目を丸くしていた。
ダリウスは勇者でイケメンだ。年頃の女の子なら気にならない訳はないが——
「あたくしたちもお近づきになりたいですわ!ぜひ一緒に授業を受けませんこと?」
「わ、わたし、チャリル!お友だちになってあげてもいいですわ!」
——明らかにあからさまなのだ。思春期ってこんなもんだったかしら。ダリウス君は男の子だけど、堅物くんだからねぇ。さて——
「一緒に授業を受けるのはかまわない。が、俺は体が大きいからな。他の生徒の邪魔にならない後ろの席に行くよ。誘ってくれてありがとう。」
ダリウスは表情をぴくりとも動かさないで、定位置に向かうように一番教壇から遠い位置に腰を下ろした。
「ふわあ、そうきたか。う〜ん。現物はやはりちょっと違うわね。」
緋夏はコニアが確保した座席に座らせてもらいながら、後方の席で腕でも組んでいるだろうダリウスを思い浮かべる。
「何か気になることでもあるんですか?エメルダ様。」
「——え?いやあ、ね。…えっと、物語の中の人とお話しすることができたとするでしょ?その人のことをよく知っているつもりでも、わからないことの方が多いのかなって。」
「うふふっ、何か娯楽小説のお話ですか?そうですね、でも楽しいのは間違いですよね!」
——アンちゃんは良い子だ。何を言ってるか意味がわからないでしょうに、歩み寄ろうとしてくれるんだから。
「あの…先生が来られましたわよ。静かにした方が良いと思いますけど。」
チャリルの言葉に顔を上げると、教壇横の扉がゆっくりとしまって行くところだった。ツカツカと音を立てながら現れたのは、ひとりで花ばたけを再現したような、極彩色の服を着て眼鏡をかけた、太めの女性だった。
女性は小鳥が囀るような声で授業の開始を告げる。
「ご機嫌よう、生徒の皆様!お会いできて嬉しいわ!」
「今日が初めての授業ですものね。色々楽しんでもらえるように考えてきましたの、期待していてね!」
「わたくしの名前は——」
女性は、教壇の後ろにある黒板に手をかざす。すると、白い文字が浮かび上がってくる。手には何も持っていないからこれも魔法だろうか。
『フランチェスカ・クローム』
「フランチェスカ・クロームですわ。フラン先生と呼ばれることが多いですわね。」
一度振り返ってにこりと笑い、また向き直って板書を進める。
「そして、今日教える内容が——」
「魔力とその属性、魔力操作の入門基礎、最後にちょっとした遊びができたらと思っているの。たくさん遊べるようにしっかりお話を聞いてね!」




