第7話 後編 「元一般女性さん、お勉強する」
第8話は8/22(土)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
魔法力学のフラン先生の授業は板書で進める形式だった。絵も描きながら進めるので、比較的理解がしやすい気がする。数十年魔法と触れ合わない人生を送っていた緋夏でも、すんなりと理解できた。
「——とまあ、こういうわけで五属性に魔法が分けられているの。厳密にはもう少し細分化されるかもしれないけれど、有用性がないわけね。」
「先生、質問です!この教室には五属性のどれにも該当しない勇者ダリウス様がいますが、無属性は六属性目にはならないんですか?」
アンネリーサが手をピンと上げる。背筋もまっすぐだ。
「うふっ、良い質問ですね!あなたの言う通り火、水、風、土、光の五属性のいずれでもない彼は便宜上無属性と呼ばれます。でも六属性目にはならないわ。」
「適した属性がないというのはどれもそれなりの適正があるとも言えるの。どの魔法でも使おうと思えば使える。でも、歴代勇者様はそうはしなかったの!彼らは他の属性にできない使い方を見出したわ。」
「わたくしたちが魔法を使おうとすれば、いずれかの属性によってしまい、その出力された魔法はもはや体に取り込むことは不可能だわ。危険すぎる。でも、完全にどの属性にもよらない魔法はもう一度体に取り込むことができるの。元々体内にあった魔力とそう変わらない状態だからね。それで”肉体強化”という魔法が勇者様だけに使えるのね。」
「そして、またもう一つ勇者様ならではの天からのギフトがあるのよ。最初に話した、いずれの属性にもそれなりの適性があるというやつね。本来なら自分の適正属性と同じ属性の魔法には耐性があるわけだけど、勇者様には全属性に対する耐性があるのよ。そこに肉体強化の魔法が合わされば、完全な魔法耐性が獲得できるというわけ。」
「だから、魔の王の使う魔法であっても彼に傷をつけることができないの。勇者だけが魔王に対抗できると言われる所以ね。」
「先生!わたくしも質問良いでしょうカ?」
「あなたはコニア嬢ね。どうぞ。」
「わたくし、娯楽小説を嗜みますノ!小説ではよく闇属性という属性も登場いたしますワ。でも、現実にはありませんわよネ。ただの創作だからと言われればそれまでなのですけど…。」
「闇属性ね。あなたの望むような答えが言えなくて申し訳ないのだけど、それはおそらく昔の人の勘違いによるものですわ。」
「光属性があれば闇属性もある、というように考えるのは自然ですわね。ん〜、わかりやすく例えるのであれば…。ドーナツ…闇属性はドーナツの穴ですわ。光属性魔法の使い方次第で闇属性魔法のようなものは再現できてしまうの。灯で照らさない場所に闇ができるようにね。」
「光属性魔法で有名なのは浄化と治癒かしら。浄化も治癒も全ての救済を求める者に行き届けばいいけれど、使い手も人だからね。手が届かず施されない者たちにとっては闇属性魔法を使われたも同然でしょうね。」
「それで勘違い…なんですのネ。」
「ええ、面白くない答えをしてしまってごめんなさいね。」
「でもね、他の属性でも夢のようなことはできるのよ!では、講義はこれでおしまい!今からはちょっとした実技よ!」
フラン先生は生徒たちが既に板書を取り終えたらしいのを確認してから、両手でぱんぱんと打ち鳴らす。
「机の上のガラス玉があるわね?無い人はいない…わね。」
「このガラス玉は操り玉っていうの。わたしがありもので作ったものだから、欲しい人は最後に持っていってくれて構わないわ。使い方は魔力を込めるだけ、魔力泉と変わらないけど、こちらは込めにくいと感じるはずよ。魔力泉はよくできた魔道具で、魔力を感知すれば、使用者の魔力を解析に必要な分だけ吸収するの。魔道具側からの補助もあったということね。操り玉にはその補助がないからね。きちんと魔力を放出できなければ、反応しないわ。」
「へえ。反応するとどうなるんですか?…フラン先生?」
緋夏はようやくそれらしいことができそうだと、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
質問なんてするつもりはなかったのに、コニアやアンネリーサの雰囲気にあてられているらしい。
「興味津々ね、エメルダ嬢。いいことだわ!ガラス玉の中に魔力泉の水が入っているの。反応すればこの色が変わるわ。そして、操り玉と言う名前の通り、操ることができるのだけど魔力を込めた後に供給を打ち切らないで、流し続けると——」
話しながらフラン先生は手のひらの上に操り玉を置く。瞬く間に鮮やかな緑色の透き通ったガラス玉に変化し、手のひらの上でふわふわと浮き始めた。
「こんな風に操れるの。浮かせるのは難しいと思うけど、落ちないように引っ張り上げるのはできると思うからまた今度やってみてね!」
早速緋夏たちも操り玉を手に取り、魔力を込めてみる。魔力を込めること自体は誰でもできるのだが、操るとなると一段と難しくなる。
やってみてわかったのが、操り玉に魔力を送ろうとするとほんの少し遠ざかるような感覚を覚えるのだ。手に持った何かを押し付けるようにして、操り玉に触れると押されて転がっていってしまう。だから、真上からとか、手で持って魔力を込めることはできる。しかし、操ることはなかなかできないのだ。
「うふふ、頑張ってるわね。コツはね、魔力を込めるときはストローで中に吹き込むようにすればいいの。できるようになったら操り玉を転がす練習をしてみて、もっと難しくなるから。」
緋夏とアンネリーサは魔法を使えているというのに、操り玉を操ることはどうしても難しい。魔力操作の基礎がなっていないということだろうか。
そんな中、教室の後ろの方から、少しの歓声が上がる。
「おお、さすがダリウス様!騎士団では魔法訓練もあると言いますが、このくらいは容易いということですか?」
振り返ってみると、ダリウスが操り玉を浮かせたり転がして、操り人形のように操っていた。
「操り玉というのは初めてだ。普段は魔法を意のままに操れるよう何度も反復練習するのだが…これは良いな、騎士団の訓練用に欲しい。」
「魔力操作を覚えるのに魔法を使っていたら、少し危ないからね。魔力の消費も激しくなるし。良かったら、あとで作り方を教えてあげますわよ!」
フラン先生は生徒たちからの好評に顔を綻ばせていた。
「ダリウス君、あなたが嫌でないならみんなにコツを教えてあげてくれる?」
「俺が、ですか。構いませんが——」
「ぜひ、勇者様の指南をいただきたいですわ!」
「ダリウス様、お願いします!」
ダリウスによる魔力操作の指南は、フラン先生の教えるものより、感覚的なものでわかりやすくはなかった。だが、生徒たちみんなが、授業の最後でなんとかちょっとだけ思うように動かせるようにはなった。
「う〜ん、そうね…。宿題は初めての授業だからなしのつもりだったけど…。」
「——また次の授業でも練習しましょうか。今日はみんな持ち帰って、練習するのを宿題とするわね!」
———
お昼までもう一教科あったが、そちらはがっつり数学の内容だった。ゲーム内で描写はなかったものの、魔法以外にも教養の授業があるとフレーバーテキストに記述があったのを緋夏は思い出した。
一年生だからというのもあるが、このような教養の授業は週の半分程度は行うらしい。勤勉な生徒ではなかったが、緋夏にしてみれば一度勉強した内容ばかりなので、眠気を抑える方が難しかった。
——はあ〜、かったりいですわぁ〜。仕事なら、休憩は昼休みしかないとはいえ、トイレ行ったり自販機にジュース買いに行ったりできるけど、学生はできないんよね…。どっちが楽かなんてわかんなくなりそうですわぁ〜。
再びの食堂で、緋夏たちは昼食をとりながら午後の授業の教室を学内地図で確認していた。緋夏はリィサがいないのを良いことに机に突っ伏して、今にも眠りそうな体勢になっている。
「エメルダ様、お疲れですか?」
「数学、難しかったですしね。わたし復習しないと、ついていけないかも…。」
アンネリーサが眉を顰めた渋い顔をしている。
「あら〜、庶民の方には難しかっ——。おほんっ。わたくしたちは家に先生を呼びますノ。だから復習みたいで退屈しちゃうのですワ。ね、エメルダ様。」
「いやあ、単純に長いのよ。適当なタイミングでトイレ休憩でも入れてほしいわ。——あと、コニア。次は手が出るかもしれませんわよ。」
「き、気をつけますワ〜…。」
——手が出ると言えば、一日目の昼休みの後ってエメルダが魔法生物を逃すイベントがあったわよね。おかげでアンちゃんとダリウス君がお近づきになるんだけど…。
——まあ、何もあるわけないよね。わたしここに座ってんだし。
緋夏の内心とは裏腹に、食堂の外で生徒たちの騒ぐ声が上がっていたが、厚い石造りの壁がそれを阻んでいた。




