第8話 前編 「元一般女性さん、巻き込まれる」
第8話は前後編となります。
後編も追って投稿します。
よろしくお願いします。
食堂に一人の男子生徒が駆け込んできた。彼は顔面蒼白で服もあちこちが煤で汚れている。彼は一言なんとか発しようとするも、息切れのせいで言葉にならない。
近くにいた男子生徒が、彼のあまりの血相に立ち上がって肩を支える。そして、その生徒は落ち着きを少し取り戻してから叫んだ。
「魔法生物が脱走した!それだけならまだ…あれだけど、裏の魔法薬品庫が荒らされて爆発した!!怪我人もいる!先生と…!で!屋外に退避を!!」
——ん!?なんで、そんな!
「な!?なんで、そんなことが!起きるはずが——」
アンネリーサが驚いて立ち上がる。その拍子に机の上のスープの皿がひっくり返ってしまう。
「お、落ち着くのよ!アンちゃん様、あたくしたちは落ち着いて行動するの!慌てては庶民たちが混乱しちゃう!」
ギカーナがあわあわとしながら、アンネリーサの腕を掴む。
「アンネリーサは庶民でしょ!じゃなくて、アンちゃん様って何!じゃなくって!逃げないと!」
チャリルも突然の事態にパニックを起こしている。
——ダメだ、子どもたちが慌ててる!大人のわたしがしっかりしなきゃ!
「あわわわわ、みんな落ち着いて!お姐さんに着いてきて!」
「三銃士ちゃんたち!他の子たちも誘導するわよ!」
「は…はいですワ!」
「みなさま、落ち着いてくださいましネ!お姐様が今から避難誘導を行いましてヨ!」
コニアは緋夏の言葉に驚いたように目を見開く。そして、ハッとした顔で食堂にいた生徒たちに呼びかける。しかし——
「「なにが避難誘導だ!そんな悠長なもの付き合ってられるか!!」」
彼らは貴族という身分や、先日入ったばかりの新入生たちに指示されるという状況が邪魔して、すんなりと受け入れることができない。我先にと食堂の出口に詰めかける。
「やかましい!クソガキども!焼くわよ!!」
緋夏は思わず言葉遣いが荒くなってしまうが、元々貴族でないのだから仕方ない。
「わたくしはエメルダ・ブライアロード!公爵家令嬢にして、ティターノ・サンクトフレイム・サターニア殿下の婚約者よ!逆らうってーの!?」
——勝手に名前を出してごめんなさい、ティターノ王子。有事だから許してね。
「…はっ、だが…わかった——」
「お姐様の言うことを聞かない方は他にいますノ!?」
「扉を塞いでは邪魔ですわよ!あたくしたちの後ろに整列なさい!」
「く、くふっ。ク、クソガキ…。」
チャリルの含み笑いを横目になんとなく不服そうな顔を浮かべながら、生徒たちは落ち着いて整列する。
「ねえ、あなた?その爆発した薬品庫はどこになんのかしら?」
緋夏が非常事態を知らせた男子生徒に尋ねる。
「…はっ!?地下階の、えっとあの左手の階段を降りていったところだ。」
「そういうことならお姐様、魔法力学の教室の方を回って外を目指すのがよろしいかと思いますワ!」
「んじゃそれで良いわ、行くわよ!」
緋夏は先頭に立ち食堂を出ると、左手の階段から体に悪そうな色の煙がもくもくと立ち上がっているのが見える。
——うわあ、やばいわね。魔法薬みたいなどう考えてもまともじゃなさそうな薬の混ざった煙なんて。
「コニア、ギカーナ、チャリル。後ろの子たちに口を布か袖口で押さえるように言ってくれる?大声は出さないでね。煙を吸い込んじゃうから。」
「アンちゃんは——アンちゃん?あれ、いないの?どこ行ったのよ、あの子!」
「聖女の子のことか?さっき君らの横から扉を出てったよ。薬品庫に向かったんじゃ——」
危険を知らせにきた生徒の介抱にあたっていた男子生徒が答える。
「なんでっ…もう…!みんなの避難誘導お願いね!わたしは薬品庫の方覗いていくから!」
「お姐様!?いけませんワ!誰か人を、先生を呼んだ方が…!」
「んじゃあ、フラン先生に声かけて!わたしだって無理はしないわよ!二次災害なんてバカな真似してたまるもんですか!」
三銃士たちの止める声が後ろから聞こえる。だが、目の前でもうもうと噴き上がる熱を帯びた煙を見たとき、純粋無垢な女の子の命が無為に失われるのを防げる最後の機会だと感じてしまったのだ。足を止める理由はもう緋夏には無かった。
———
地下階は換気口はあるのかもしれないが、煙の排出量を超えているようで、真っ黒に充満しつつあった。
緋夏は這うように魔法薬品庫に向かうが、その正確な位置の把握は曖昧で、下りれば目の前にあるのかと思っていたのに左右に通路は分かれていた。
——やばぁ、一回戻った方がいいんじゃないの、これ。ちょっとノリで行動しすぎちゃったな。後悔先に立たずね。
ただ煙の流れからして左のような気がして、アンネリーサも同じように考えたはずだと納得させて歩みを進める。
しばらく行った先で、煙の中に動く人影が見える。
——アンちゃん?
「ごほっごほっ。君は…?こっちは薬品庫に向かう側だよ、こほっ。階段は反対だ…!」
「もっと姿勢低くしないと!煙吸い込んだら危ないわよ!——アンちゃん…聖女の、ストロベリーブロンドの子が来なかった?」
「けほっ、その子ならその辺で意識をなくした生徒を浄化しながら薬品庫に…!」
「……!その子は聖女だから、助けに行かなくても…多分大丈夫だよ!自分で浄化できるはず!」
「その浄化だって魔法でしょ!魔力無くなっちゃったら使えないでしょうが!一人でやらせる仕事じゃないわよ!!」
「あ!あぁ、そうだね。すまない…じゃあ自分も…。」
「あんたは良いわよ!先生は呼んでくれてるはずだから、先に上階に行ってて!」
緋夏はアンネリーサがどうやら浄化の魔法を使いながら進んでいるらしいことに彼女の身の安全を確信して少し安心する。
だが、決して状況は改善されていないし、最悪の想定が起きないとも限らない。少なくとも緋夏がゲームで知っているアンネリーサは一年生の時点では天才肌で少しばかり魔法を上手に扱える程度でしかなかった。
緋夏が再度気を引き締め足を進めようとした時、足元を何かが走り抜けた。それの姿を緋夏は視認できなかったが、思い当たるものがある。
——そういや、爆発した原因て魔法生物の脱走っつってたんじゃん!え?何か知らんけども、魔法生物って人を襲うタイプじゃないよね?
「アンちゃーん!聞こえたら返事して!先生も呼んでるから!なんか魔法生物もいるはずだから!一回逃げましょう!!」
緋夏は手に負える範囲は既に超えているらしいと認識を改め、アンネリーサに呼びかけてみる。煙を吸い込んでしまわないように気をつけるが多少はこの際仕方ない。
「〈ェメルダ様…!…!〉」
「アンちゃ、やっぱり!無理するんだから!」
微かに聞こえるアンネリーサの声に元に向かいたい気持ちはあるものの、もうもうと増え続ける煙に歩みを進める判断ができない。
——どうしよう!ここから先に進んでもアンちゃんと他の生徒まで助けて戻れる気がしない…!
判断に迷う緋夏。
動けずにいる彼女の後方から走ってくる足音が聞こえた。




