第8話 後編 「元一般女性さん、巻き込まれる」
第9話は8/25(火)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
「エメルダ嬢!無事か!」
大きな体の生徒、威圧感に思えていたその雰囲気は今の緋夏には安心感を与える包容力に変わっていた。勇者ダリウスがこの非常時に駆け付けたのだった。
「けほっ、ダリウス君?…あぁ、ダリウス君ならこの煙も…耐性あるの?」
「ひとまず君を上階に連れ戻すからな!」
「待って!わたし自分で戻れる!この先にアンちゃんと生徒が倒れてるはず!」
「う、うぅむ…わかった!コニア嬢がフラン先生を間も無く連れてくるからな。無理せずに!俺は奥へ行く!」
ダリウスは言うや否やそのまま奥の魔法薬品庫に走って行った。
緋夏はその背を見送り、よろよろと階段に向かって歩みを進めようとするが——思ったように足が動かない。気付かぬうちにたくさん煙を吸い込んでいたのかもしれない。
それでもなんとか歩いていると、遠くから女性の声が聞こえて、緋夏は意識を失った。
———
目を開ける気にはなれない中で、なんとなく周囲の音が聞こえてくる。慌ただしく歩く靴音に混じって、見知った声も聞こえる。
「——様は無事——でしょうカ!?」
「わたしが——」
「アンネリーサは——」
どうやら、自分を心配している人たちの声らしい。起きてあげられたらいいが、どうにも目を開けられる気がせず——
『お礼を、申し上げますわ。』
誰かが頭を下げるのを感じる。
そして、再び緋夏の意識は落ちた。
——苦しい。喉が焼ける。針でしつこく刺されているみたい。煙たい。
——焼肉はあんなに煙も良い匂いなのに。焼肉…ヤキニク…。
「目が覚めましたか、お嬢様。お加減いかがですか?」
リィサの心配そうな、安堵するような声が上から降ってくる。
「焼肉が食べたいな。」
緋夏はちょっとだけ、罪悪感を感じてあえてふざけてみる。断じて、漏れ出たわけではない。お腹の音も鳴ってなどいない。
「げ、元気ですね。」
思惑通りにリィサは「心配して損した」というように、声から緊張の色が消えた。
「焼肉、というかステーキとかあの辺のこってりしたものはしばらく避けてもらいますからね。」
「えぇ…。まあ仕方ないか。そうだ!アンちゃんたちは無事、よね?」
寝ている時に聞こえた、みんなの声。「もしかして」と、ベッドの周りに目を向けてみるが彼らの姿はない。
「はい。ダリウス殿がみなさんを素早く救い出してくださいましたし、フランチェスカ先生がすぐに鎮火と排煙を行ってくださいましたので。」
「後日、エメルダ様とアンネリーサ様は学院長室に来るようにとのことです。」
「はあ…なんか表彰でもされたりして?」
もちろん緋夏は別に期待はなどしていない。何より何かする前に倒れてしまったのだから。
緋夏はすっかり動く気を無くした手足に喝を入れるように伸びをしながら、リィサに「何用か知っていれば」というつもりで尋ねる。
「寝ぼけてるんですか?わたしはお叱りではないかと。『生徒の身分なのに、無茶なことを!』みたいな?」
リィサは緋夏の様子を確認して、視線を医務室の外に送りながら枕元から立ち上がる。
「なにぃ?わたしお父様だけじゃなく、学院長にまで怒られるわけ?」
「今回の件も、公爵閣下には連絡済みなので怒られるイベントが盛りだくさんですね!」
「やめてよ、気が滅入るわ。…お腹すいたんだけど、何なら食べていいの、わたし。」
リィサがベッドを離れるらしい様子なので、その背中に声をかけた。なんとなくもう少し彼女の声が聞きたいと思ったのだ。
「学院医の先生のご指示でミルク粥の用意がありますので、そちらを。——あとその先生にお嬢様が目を覚まされたと伝えてきます。」
「あぁ、そう。いってらっしゃい。…別に寂しいとかじゃないからね?」
リィサは緋夏の言葉にわずかに頬を緩める。
「そうですね。お嬢様はお強いので…。では行って参ります。」
———
その日の夜。
明日の朝もう一度経過観察してからの退院とのことで、緋夏は大人しく医務室で寝ていた。
何日か目を覚さない日が続いたみたいなドラマチックなこともなく、緋夏は事故があった当日に目を覚ました。午後の授業を受けられず夕食を逃しただけで済んだ。ちょっと痛い気もするが、仕方のないことだと、不幸中の幸いだと割り切る。
ぼんやりと高い天井を眺めながら夕食を思い出す。
夕食はミルク粥に具のないスープだった。正直に言って割と美味しかった。ただ、美味しいのは良いがお腹は溜まりそうにない食事で少し不満だった。しかし、後は大人しく眠るだけだ。「納得しない」なんて言っても誰もわがままを聞き届けてくれる人はいない。
リィサも寮の彼女の寝室に帰ったので今は一人だ。転生してからはおよそ一人になれる時間はなかったので、静けさが冷たい壁や床に染み入るような、そんな感覚を覚える。
一人暮らしの自分の散らかったアパートの部屋を思い起こしていると、こつこつと靴音が耳に入る。
——こんな夜更けに誰だろう?リィサか、学院医の先生かな?
——夜の遅くまでお仕事本当にお疲れ様!過労死なんて最低な死に方しないでね!死んだらおしまいなんだか……でもないか?
かちゃりと扉の開く音が聞こえる。ふわりと、気のせいかもしれないが、春の暖かさを感じさせるような匂いが鼻孔をくすぐる。
アンネリーサだった。彼女は静かに扉を閉めて医務室の部屋の中を見渡す。
「こ、こんばんは〜。お邪魔しまーす。」
彼女の振る舞いに釣られてなんとなく緋夏も声を出さないでいると、枕元までやってきた彼女と目が合う。
「あ、エメルダ様、起きていらしたのですね。」
「どうしたの?アンちゃん。お見舞いに来てくれたの?」
「あー…はい。そうですね。先生には『今日は使っちゃダメ』って止められたんですけど、治癒魔法で少しでもお身体の調子が戻れば……。」
「……ごめんなさい。嘘をつきました。どうしても確かめたいことがあって来ました。」
「確かめたいこと?あー……?」
——なんだろうか、思い当たることがない。…もしかしてお嬢様らしくないけど、偽物って疑われてるとか?でも、リィサが疑ってなさそうなのに、アンちゃんが?
「エメルダ様。…そ……はぁ、すー…はぁ。その、エメルダ様も、天啓を受けておられるのではないですか?」




