第9話 「元一般女性さん、聖女ちゃんと話す」
第10話は8/28(金)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
「エメルダ様も、天啓を受けておられるのではないですか?」
——テンケイ?あ、天啓か。天の神様からの預言みたいなやつ?
「なんで?天啓とか受けたことないけど。」
「え!?てっきりそれでエメルダ様らしくないのかと…。」
「じ、じゃあなんでそんなにお優しいんですか!?」
「優しいも何も、初めて会う人に意地悪するなんてそんなエメルダじ……あ!そういうこと!?」
——確かにゲームではアンちゃんは天啓を受けたと言っていた。でもそれはあくまで魔王復活が近いとかそういう話だったんじゃ…。この世界ではもっと色々知ってる…?
「て、天啓っちゅーか、なんちゅーか…。プレイ済……未来予知?」
「えっ……と?つまり…?」
アンネリーサは緋夏の言葉の意味を図りかねて、眉がすごい形になっている。
——ふっ、一昔前のアメリカのコメディ俳優みたい。
ちょっと見ていたい気持ちもあるが——いや気持ちを誤魔化そうとしても緋夏の心がそれを許さない。
「天啓受けたってことで良い、かな?」
「…!やっぱりそうですよね!」
「初めてお会いした時から、不思議だったんです!だって、エメルダ様と会うのは学院に入学した日の魔力測定の儀が初めてになるはずだったのに!」
「アンちゃんも驚いてたんだ…。」
緋夏は自身の動揺でアンネリーサの驚く様子に気づけていなかった。ただ、エメルダが”エメルダ”でなければ、「アンちゃんと友だちになれるんだ」なんて呑気なことを考えていた。
「アンちゃんは…。アンちゃんは今回の件も天啓で知っていたの?」
「いえ、魔法薬品庫の爆発まで起きるとは知りませんでした。ただ、その…エメルダ様が少し…。」
——アンちゃんもエメルダが魔法生物を逃がす騒動を起こすことは知っていた?でも今のわたしは大人しくしてたから…
——あぁ、だからあの時「そんなはず」って言ってたのか。あ、じゃあアンちゃんは自分の未来も、知って……?
緋夏の胸がじくりと痛む。この世界で目覚めた時から蓋をして見ないふりを続けていたパンドラの箱がきしりきしりと音を立てて開き始めた。
「……アン、ちゃんは未来についてどれくらいのことを知っている、の?」
緋夏は確かめたい気持ちで、痛みに耐えながら尋ねる。
「大まかな事件とかだけですけど——」
「えっと、一年生の秋ごろの魔法実技の試験で暴発事故があって怪我人が出ること、それがエ、エメルダ様の手引きによるものであること。二年生では、外部での実習授業で魔物に、わたしとダリウス様がいない時に生徒たちが襲われます。それは犯人がわかりませんが…。三年生のときは、魔王軍の四天王を名乗る魔物が学校を襲います。そして、エメルダ様は——」
——同じだ。ほとんどわたしの知っている流れ。でも聞きたいのはその先で…。
「——四年生で魔王の復活が確実と世間でも騒がれ、次第にサターニア王国のあちこちで火の手が上がり、国は困窮し諸外国からは見捨てられて…。サターニア王国は魔物の侵攻を受けます。五年生になったころようやくわたしとダリウス様の実力が追いつき、一年かけて魔王のいるクラーク海へ、そして……。」
アンネリーサは各学年で起きる特に大きな事件について、列挙していく。
しかし、肝心な魔王の封印の話については口ごもる。
だから、緋夏は聞かないといけない。
「…そう、知っているの。」
アンネリーサが、彼女自身が迎える未来について。
「ほ、他には?」
「他……ですか…。」
「魔王を封印します。絶対に。ヘルンの町のお父さんとお母さん、そして、お隣のローズおばあさん。アスタくん、ミレイユお姉ちゃん。エメルダ様もリィサさんも。コニア様、ギカーナ様、チャリル様。みんな、みんなのために絶対にわたしは魔王を封印して誰も傷つかない世界を…。みんなを守るんです…!」
「そう、なの…。」
——アンちゃんは知らない…?いや、ここまで知っているのにそこだけ知らないなんて、ありえ…ないよね。
「エメルダ様はどのくらいご存知なんですか?」
アンネリーサは縋るような表情を浮かべて、エメルダの手を取る。
「ぇえ?えっと、わたしが辿るはずだった未来を…す、少しだけ。」
緋夏はアンネリーサの覚悟を、選択を蔑ろにしたくない——いや、覚悟ができていなかった。だから、彼女に踏み込むことができなかった。
「なるほど、それでエメルダ様は…。」
アンネリーサが口元に手をやり、思考を巡らせるのを見ながら、直前の誤った返答を訂正してたまらない気持ちになる。だが、解決策のわからない、どうにもならない問題に安易に自分が触れて良いとはどうしても思えない。
「て、天啓ってさ。何度も得るものなの?例えば、未来が変わるようなことがあれば、もう一度天啓があったりはするの?」
緋夏が知るだけで22種類ものエンディング——つまり未来があるのだ。しかし、既に緋夏も知らないエメルダが完全に何もしないルートに入ってしまっている。アンネリーサが都度天啓を得て未来を選び取り、最善を目指せるのなら、あるいは——
「いいえ、今のところはないですね。聖女となった半年前の夜に一度受けたきりです。」
「そ、れじゃあ、もう何が…お、起きるかはわからない?」
「…未来なんてもともとわからないんです。わたしはわたしのすべきことをするだけです。たくさん力をつけて、魔王を確実に封印するだけ。」
「でも、できれば道中の被害者を減らしたいんです。エメルダ様、お願いします。どうか、どうかわたしを手伝ってはくれませんか…!」
「なんてことだ」と思った。
緋夏はたかがゲーム、やり直しのきくゲームですらハッピーエンドに辿り着けなかった。アンネリーサの手を取らない選択肢はないというのに、向かう先は——
「……ア、アンちゃんを手伝う…?でも、わたしに何が……?」
「…そう、ですよね、ごめんなさい。困らせてしまいましたよね。」
「…わたし独り善がりでした…。同じように先を知ってるならって。わたしの戦いなのに、一人が怖いからって…。」
「忘れてください…!」
アンネリーサは寂しげに笑い、立ち上がる。そして医務室から走り去った。緋夏にはアンネリーサが泣いているように見えた。
緋夏は追いかけるべきだとは思った。でも、瞬間追いかけない理由を思い浮かべてしまった。
——体が万全でないから。
——できもしないくせに、約束を?
——今は夜中で騒いだら迷惑だから。
——それから、それから…。
アンネリーサが閉め損ねた医務室の扉を、緋夏は静かにずっと眺めていた。何かを、それこそ天啓を待つようにじっと眺めていた。




