第10話 「元一般女性さん、学院長を訪ねる」
第11話は8/31(月)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
魔法生物脱走並びに魔法薬品庫爆発事件から三日が過ぎた。緋夏はようやく退院の許可が下りて授業に復帰することになった。
三銃士の三人は呼んでもないのに、頻繁に病室を訪れて「今日は何の授業で〜」とか、「ノートは取ってある」だとか言ってくれる。正直ゲームでの彼女らと同一視して邪険にすることは、緋夏にはもうできなかった。
ティターノ王子もダリウスを伴ってお見舞いに来た。ダリウスは「あのとき、俺が〜すれば」とかずっと謝ってきた。緋夏自身が判断ミスをしただけで、彼は何も失敗していないどころか、とても頑張っていたというのに。少し困っていると、ティターノ王子が申し訳なさそうに笑いながら彼を連れ帰って行った。
そして、アンネリーサはお見舞いには来なかった。初日の夜に来て以来ぷっつりと。三銃士によれば誘っているけれど「わたしは〜」とか言って来ようとしないらしい。チャリルが「所詮は恩知らずの庶民ですわね」とか文句を言うのを緋夏は上手く止められなかった。
——恩知らずの庶民。それはわたしだ。仕事でどれだけ大変でも頑張れたのはアンちゃんのおかげだ。ゲームの中の”アンネリーサ”は幸せを犠牲に辛い運命に立ち向かっていた。辛い社会人生活も「アンちゃんなら」って思えば耐えられた。
——なにより、アンネリーサはリィサの命を救ってくれた。恩を受けて返さずにいるのはわたしだ。
今日の授業終わりにアンネリーサとガルドリック学院長を訪ねることになっている。そのときに話そうと心に決めて緋夏は放課後を待っていた。
「エメルダ様はこれから学院長の所ヘ?きっとお褒めの言葉ですわネ!」
コニアが口をおさえてムフフと笑う。
「あたくしたちが慌てる中、お姐様が『慌ててはいけない』と力強い言葉で励ましてくださったの、忘れられませんわ!」
ギカーナは授業で使った教科書をしまう手を止めて、代わりに緋夏の手を取る。
「お姐様、ねえ。ほんとに…姉でしたら良かったのに…。」
ギカーナに捕まる緋夏の背側から、ぼそりとつぶやき声まで聞こえてくる。
悪意が無いのは承知の上だから、余計に恥ずかしくなってしまう緋夏。
「やめてよ、ついちっちゃい子たちに話しかけるような感じで言っちゃっただけなんだから。——じゃ、行ってくるわ。」
———
ガルドリック学院長の部屋は聖アウロラ魔法学院の尖塔群の最も高い塔にあるとコニアから聞いた。ただ、実際その部屋を訪れる生徒は少ないらしく、実在を危ぶまれているなんて噂話も教えてくれた。
どちらにしてもそこの一階へ来るように通達もあったので、その尖塔のある校舎の一階で緋夏は”一人”でぼんやりと待っていた。
——アンちゃんも呼ばれてるって話だったけど、同日とは限らない、のかしら?タイミングずれ込んじゃってるなあ。疎遠になるパターン入っちゃってんじゃないの、これ…。
「——エメルダ嬢、いらっしゃい。そこの小部屋へ入ってくれるかな?」
緋夏が座っていた大窓の桟のそばに立つガーゴイル像が口を開いた。
——不意をつくのはやめてほしい。
だが、この魔法のある世界では今さらの今さら、テンプレートだ。どきりと心臓が跳ねるが、跳ねるのが徒労だと心臓すらも気づき始めていた。
——テンプレートのプレパラートの十枚目だわね。テンドンもいいとこだわ。
「はいはい、そういうパターンね。小部屋?どうせ入ったら訳のわかんないスピードで動いたり、なんかワープしたりすんでしょ。」
「な、なんか荒んどるのう。——そうじゃよ。ワープというやつじゃ。わしの部屋へ繋いだから、そこからおいで。」
ガーゴイル像の恐ろしげな顔から老人のとぼけたような声がするので、緋夏は笑いそうなる。視界まであるのかはわからないが相手に気づかれないように口をへの字に曲げて、笑いを噛み殺し小部屋の戸を開けて入った。
小部屋は物置きではない、待受室というのが正しいだろうか。必要なもの、机と椅子ほんの少し絵などの装飾品だけ置かれた部屋だった。
小部屋に入ってすぐに目に入ったのは、飴玉の盛られたバスケットだった。机の上に置かれたバスケットの脇にやけに達筆なメッセージが置いてある。
〈飴でもいかが?お好きにどうぞ。〉
「飴…ねえ。すぐ噛んじゃうし、なんとなく歯に悪そうな気がしてあんまり好きじゃないのよね。学院長も飴なんて配ったりして…子ども相手にすんのも大変ね。」
緋夏は小部屋の飴をスルーして、奥に見える小洒落た可愛い扉に手をかける。
手をかけるとずしっと体にGがかかったような感覚を覚える。しかし、そのずしりとした感覚は薄荷の後味のようにすっと消えていく。
そうして、扉を押し開くと今度は森の中に入ったかのような錯覚を緋夏は覚える。
見れば、部屋を入って右側の窓のそばには鉢入りの観葉植物をたくさん置き、奥の壁際にはぎっしりと重そうな書物でいっぱいの本棚があった。本棚の前の大きな書斎机で書き物をしていたらしいガルドリック学院長はペンを置き、柔和な微笑みを浮かべ立ち上がった。
「いらっしゃい、エメルダ嬢。そちらへおかけ。」
ガルドリック学院長は見るからにふかふかなソファを指差す。
「あ、はい。どうも失礼します。」
緋夏はソファに案内され、座る前にガルドリック学院長に視線を合わせる。
ガルドリック学院長は再度視線で座るように促しながら、自分も緋夏の対面にゆっくりと腰を下ろした。
「今日は暑いのう。体調はどうかな?復帰したばかりだからの、無理しないでゆっくり慣らしていけば良いからの。」
「はい、気をつけますわ。——あのなんか用があると聞いたんですが…。」
緋夏は社会人経験はあっても、営業はしてこなかった。親しくない相手とのアイスブレイクみたいな会話は苦手だったので、早いところ用件を済ませたかった。
緋夏の気まずそうな様子を受けて、ガルドリック学院長は察したのか、話を進める。
「おお、そうじゃな。わしも用があるが、まずは君のお父君からじゃな。」
「へ?お父様がいらしてんですか?」
——まずいわね。お父様なんて言っておいてなんだけど、肖像画でチラッとしか見てないのよね。……ま、なるようにしかならんわね。
「すまんのう、変に期待をさせたかな?言い方が悪かった。ここにはいらしてない。」
「そっちの姿見の魔道具は知っておるかな?水鏡というやつじゃ。」
「あぁ、知ってます。酔狂な水鏡ですね。」
ゲーム中にも出てきた、魔道具。テレビ電話みたいなやつ。
「す、酔狂かどうかは知らんが、そうじゃ。」
「お父君と繋いで良いかな?」
「すぅ、はぁ…どうぞ。」
「〈……あー、聞こえているかな?ガル先生、お手を煩わせて申し訳ありません。〉」
水鏡に映った人物は鏡から少し離れた位置に移動して、学院長に向かって頭を下げる。
初めて聞くのに、なんとなく知った声のような気がするのはエメルダの身体だからだろうか。名前だけ知っている人、ウィルストン・ブライアロード公爵だ。
鏡の向こうの人物は執務椅子を鏡の前に用意して、座る。
「〈エメルダ、盗賊に襲われた上に爆発事故にも遭ったそうだが…。我が娘ながらトラブルに巻き込まれながらも無傷とはな。運の良いことだ。〉」
——嫌味…ではないのかしら?よく分からんわね。
「はあ。ご機嫌よう。なんか用ですか、お父様。」
「〈ふははっ、なんか用と来たか。大きくなるにつれお前の母ロゼリアに似てきたな。〉」
「お母様は?王都でご一緒なんでしょう?」
ブライアロード領の広大な屋敷には、エメルダと大勢の使用人しかいなかった。公爵夫妻ともなると王都での仕事に追われて領地にはほとんどいないようだ。緋夏はこの世界で目覚めてから一度も両親には会っていなかった。
「〈今日話すとは伝えてあるが、おそらく来ないだろうな。『無事なら良いわ、また会った時に』だそうだ。〉」
——エメルダの母って感じだ。淡白というかなんというか。娘が転生してきた変な奴に人格ごと乗っ取られてるなんて思いもしないのでしょうね。
——そういえば、元のエメルダってどうなってんのかしら?まさか、死んだわけじゃあないよね?
「〈——どうかしたか?長くは時間が取れなくてな、手短に話すが、聖女に接触してもらいたい。あわよくば友だちでもなんでもなってくれ。〉」
「アンちゃんに?なんで?」
「〈おお、もう知り合いなのか。聖女が見つかってからな、すぐに聖教会が囲い込んでしまったせいで国家からの手出しができなかったんだ。来る魔王との戦いの際に聖女との連携は無視できん。カーセルの息子にも話はしたが、あいつに政治なんて理解できそうもない。だから、頼んだぞ。なに、聖女に軍隊に入れというわけじゃない。関係性が欲しいだけさ。〉」
「気が進みませんわ。では、エメルダ元気なので。」
緋夏はソファからすっと立ち上がり頭を下げて去ろうとする。
——いくら公爵閣下でお偉かろうが、ね。アンちゃんを利用する気ですって言われると…。
「〈待った待った!全く!わがままはやめてくれ。国のためだ。別に彼女を食い物にするってわけじゃない。俺からの指示があったとかも別に言ってくれて構わん。その辺は任せる。頼むよ、エメルダ。〉」
「…ウィルや。その件の聖女も間も無く来よう。直接頼んでみてはどうかな?」
「え!?アンちゃんはそのために呼ばれてんの?ク、クソジジイ…。」
「〈エメルダ!ガル先生に失礼だろう!〉」
「クソジジイな自覚はあるが久しぶりに言われたのう。ロゼリアを思い出すわい…。——言い訳させてもらうと、アンネリーサ嬢とエメルダ嬢に事件のことで聞きたいことがあったから呼んでおるんじゃ。ウィルの話はわしも今聞いたのじゃよ…。」
「あら、そうですか。『身分の別はこの学院では〜』とか言ってたのに、癒着まみれのタヌキジジイかと思うところでした。違ったようで安心しましたわ。」
エメルダの身体だからか、脳が思春期だからか毒が止まらない。
「はぁ、ブライアロード家の女性は恐ろしい…。——おお、助かった。アンネリーサ嬢も来たようじゃ。」
緋夏が入口の方へと目を向けると丁度がちゃりと扉が開いた。
アンネリーサは飴で頬を膨らませながら、ポケットにも飴をいっぱい詰めて現れたのだった。




