第11話 「元一般女性さん、戸惑う」
第12話は9/3(木)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
「あ…こ、こんにちは。エメルダ様…。」
アンネリーサの飴を転がす舌の動きがカロンという音の後に止まる。
「アンちゃんて、そんなに飴ちゃん好きなの…?」
緋夏はアンネリーサのスカートのポケットからこぼれ落ちる飴袋を目で追ってから、目を合わせる。
「え、や!これは違うんです!学院てご飯もデザートもたくさんですけど!スイーツって感じのはあっても、お菓子って感じのやつないじゃないですか!」
「…なるほど?」
緋夏は言われてみればそうかもしれないと思った。単純に異世界だからかと考えていたが、飴やクッキーも見かけなかった。お菓子は好きだが、出されるケーキやゼリーで十分満足だったし、どちらかといえば辛党なのでそこまで気にならなかったのだ。
「それで、エメルダ様も好きだったりするかなって…。」
アンネリーサは恥ずかしそうに顔を赤らめて俯く。
——つまり、わたしにくれようとしてたって事?あらかわいい。16歳なんてまだまだ子どもだもんね。
「おっほっほ。でも、それ一応一人ひとつとかじゃないの?——ねえ、学院長。」
緋夏は止められないにこにこ顔のせいでお嬢様みたいな笑い方になってしまう。いや、お嬢様だからわざとなのだ。
「え?でも、〈お好きなだけどうぞ〉って…。」
アンネリーサは困惑の表情で学院長を見る。
二人の視線にガルドリック学院長は肩をすくめて答える。
「お好きにどうぞと…。まあ、似たようなもんじゃ。構わんよ。小部屋のバスケットで持って行くと良い。落とさんようにな。——あと、わしのことはガル先生と呼んでくれてよいぞ?」
にやりと親しげな笑みを浮かべるガルドリック学院長。
「良かったわね!アンちゃん!ガルドリック・アストロラーデ学院長、全部持っていって構わないって!」
当てつけるようにフルネームで名前を言う緋夏。嫌っているわけではないが、なんとなくだ。
「ふふっ、エメルダ様ったら…。——ごめんなさい、勘違いしてました、ガル先生。本当にもらってもいいんですか?」
「妻のお手製なんじゃ、だから構わんよ。うちのもむしろ喜ぶ。」
「〈おほんっ!そろそろ挨拶しても良いかな?エメルダ紹介してくれるか?〉」
ウィルストンの咳払いに緋夏が振り向くと、水鏡の中で彼は椅子に腰掛け、啜っていた紅茶を机に置いたところだった。
「あぁ、忘れてましたわね。——アンちゃん、こちらわたしの父上のウィルストン・ブライアロード公爵よ。40歳くらいで、娘との付き合い方が分からないのが最近の悩みよ。」
「そして、この可愛らしい子がアンネリーサちゃんですわ。聖女になって日々奮闘中なのよね!」
「〈まだ、38歳だよ。本当に頭が痛くなってきた。〉」
ウィルストンは苦笑して、額をおさえる。
「〈こんにちは、お嬢さん。エメルダの父ウィルストンだ。一応公爵だが、婿入りの成り上がり公爵だからね。そうかしこまらなくていいよ。〉」
ウィルストンは優しげな声音でアンネリーサに気軽な挨拶をする。しかし、緋夏には少しどこか冷たさを感じる響きがあった。他所の家の子どもだからなのか、貴族としての振る舞いから来るものなのか——
そのような事には気付いていないらしいアンネリーサは元気に挨拶をする。
「エメルダ様のお父様、はじめまして!ヘルンの町のアンネリーサです!先月16歳になりました!聖女になったのは半年前です!」
アンネリーサが勢いよく頭を下げて、その拍子に飴がいくつかこぼれ落ちる。
「〈知っているとも。例の魔王の件でいずれ君とは顔を合わせることになるだろうが、その前に友人の父という立場で会っておきたかったんだ。エメルダは難しい子だが、仲良くしてやってくれたまえ。〉」
「難しいだなんて…エメルダ様はとてもお優しい方で、平民のわたしにも良くしてくださいます!」
「〈ほぉう、エメルダが…。〉」
ウィルストンは娘の新たな一面を知ったというように、驚いたような感心したような表情をして、緋夏に視線をちらりと向ける。
緋夏は澄ました顔で、合った視線に事務的に微笑みを返す。
「〈ふむ、そろそろ時間だな。——ガル先生、今日はありがとうございました。そして、エメルダ、冬には領地に帰れるから、またその時話そう。…最後に君から何か話しておきたいこととかはあるかい?〉」
「…そうですわね…。これって、時間がくればすぐに通信?が切れますの?」
緋夏の頭には、ずっと心に鎮座するひとつの重石が思い浮かんでいた。
エメルダの時間を気にする様子をいじらしそうに見るウィルストン。
「〈そういうわけではないが、この後会議でね。もう行かないとってだけだよ。——なんだい、君も別れを惜しんでくれるのかい?〉」
「いえ!そういう訳では…。実はお父様に言っておきたいことがありまして…。——書庫の本一冊燃やしちゃいましたわ!おほほほほっ!では失礼!」
隠し事ではないが、どうやら大切らしい本の件を緋夏は報告する。黙っていて怒られるなら、あっさり白状しておいた方が傷は広がらないのだ。しかも彼はこの後用事があるらしい。今が絶好のチャンスだ。
「〈な!?俺のコレクションじゃないだろうね!?そういえば!ドロシーから写本を作るとかなんとか連絡が来ていたらしいが、それか!〉」
「ガル先生、もう通信切ってもらって大丈夫ですわ!!」
緋夏はガルドリック学院長に目配せをする。
ガルドリック学院長は疲れた顔で微笑みながら、水鏡に手を伸ばす。
「ウィルや、切るよ。また会える日を楽しみにしているよ。」
「〈まっ…!次帰った時、お土産はなしだからね!では失礼、ガル先生!〉」
ウィルストンは今日の会話で一番感情がのった顔でキレのある礼をして、水鏡から消えた。
「はぁ……エメルダ嬢。本はモノにもよるが、騎士団の精鋭一人の年収くらいはするんじゃよ?」
「さて、知りませんわね、騎士団の方の年収なんて。それに、なくなって困る宝物はしまっておけば良いのですわ。」
「学院で使用する備品に壊れて困るような高価なものはあまりないが、燃やさんでくれよ。」
緋夏に注意だけして、ひとつの役目を果たしたガルドリック学院長は表情が真剣なものに変わる。
「さて、二人を呼んだ本来の用件をすますかの。」
「二人に聞きたいことがあるのじゃが、薬品庫爆発の折、不審者は見なかったかのう。」
「不審者、ですか?わたし怪我した方を助けなきゃって必死だったので…。学生の方は見かけましたけど…。」
「わたしもですわ。途中すれ違った学生の方が一人とダリウス様くらいしか見ていません。あ!あとは魔法生物らしきものが足に触れました!」
「ふむ、学生と魔法生物のみ…か。あぁ、エメルダ嬢。安心のために言うが、魔法生物は魔耐ラットという、魔法耐性があるだけのほとんどただのネズミじゃから心配いらんぞ。それに全部捕獲が終わっておるからの。」
「あら、そうなんですね。全然そういうのは気にしておりませんでしたわ。」
怪我もしていなかったので忘れていたし、医務室でも何も言われなかったのだ。緋夏はそもそも心配していなかった。
「その……事故では、なかったんですか?」
尋ねるアンネリーサの顔が曇る。
——そうだ、エメルダが手出ししていない以上起きるはずのない事件。たまたま起きた事故ではないなら——
「調査中じゃ。そもそもラットの飼われておる部屋は魔法薬品庫とは別の階段で地上から行かねばならない。しかし、今回ラットは地下の厚い壁をわざわざ掘り進んで、薬品庫に入り込んだのじゃ。確かに、ラットが魔法薬品庫を荒らすことは全くありえんとは言えん。…言えんのじゃが……。」
「考えにくいって話ね。…不審者ねぇ。そもそもそんなの入り込めるものなの?ですか?」
「学院関係者以外が入れば、わしにアラートが来るのじゃが、それはなかった。ただ、のう、新入生が入るタイミングというとアラートがきかんかったりするからのう。」
「関係者以外が紛れ込んでしまっていても、気づかない、と。杜撰な管理ですわねぇ。アラートなんか信用しないで、入退の管理人でも置いた方が良いんじゃないですか?」
緋夏は工事現場での煩雑な作業を思い出す。各会社から名簿だの、健康診断の結果だのと提出してもらったりと、施工管理の自分と職長と連携して管理していた。
「耳の痛いことだ。実際に問題が起こっているのだからの。——承知した。二人とも助かったわい。もう帰ってよいぞ。そろそろ夕食の時間じゃろう?」
「——あぁ、そうじゃ、エメルダ嬢。さっき言っておった、すれ違った学生についてじゃが、名前はわかるかな?その子にも話を聞いておきたい。」
「えぇと…名前は聞かなかったはずですわ。でも男子でした。多分。話し方的に?あれ?どうだったかな?」
緋夏はあの煙の充満する空間を思い出してみると、ただの人影しか見ていないことを思い出す。
「うぅむ、ダリウス君に尋ねてみるか。——すまんの、引き留めてしまった。」
緋夏とアンネリーサは、帰りは一緒に部屋を出た。小部屋のバスケットにポケットの飴玉を移すアンネリーサを見ながら、緋夏は思案する。
今回の一件が事故ではなく、事件なのか。そして、犯人が誰なのか。先日まで冗談半分に考えていた、エメルダが動かない場合は運命の強制力のようなものが働く可能性について。
しかし、どれだけ考えても材料はまだ何も揃っていなかった。




