第12話 「元一般女性さん、悩む」
第13話は9/6(日)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
ガルドリック学院長の部屋を退出したすぐ後。
緋夏とアンネリーサは夕食に行く前に寮の自室に戻ることにした。
道中アンネリーサは少し気まずそうに緋夏に謝った。
「申し訳ありませんでした、エメルダ様。ここ数日お見舞いに行きもせずに…。」
「いやまぁ、わたしもなんだかごめんね。気軽に協力するなんて言うのは無責任だって思っちゃったの。」
「……正直言って協力したい気持ちはあるけど、やる以上は失敗は…とか考えちゃって。ほ…保留ってことに、してくれないかしら。も、もちろん相談とか未来のこととか考えるのは一緒にするから!」
——アンちゃんが死んでしまう未来。それを回避する方法はわからない。何にもできないくせに横に立って手柄だけもらうみたいな真似したくないから…。だから保留。
アンネリーサはそんな緋夏のぐつぐつとした暗い心をよそに、明るく笑う。
「い、良いんですか!?というか、それで十分というか…とにかく!嬉しいです!!」
緋夏はその笑顔を見て、少し救われた気持ちになる。
「良かった…。これからもお友だちでいましょうね。」
「はい!親友です!!」
「し、親友、うへへっ。おほほっ。」
さっきまでの会話はなんだったのかと自分でも思う。だが、ゲームで大好きだったキャラが目の前にいて、その子に親友だなんて言われれば、もう、嬉しいやら照れるやら困ってしまう。
「う…おほんっ。——さ、さっきの学院長との話なんだけど、どう思う?本当なら”エメルダ”が、わたしがその…やらかすわけじゃない?でも、魔法生物——魔耐ラットだっけ?——は事実脱走して起きなかったはずの薬品庫爆発も起きたわ。」
「そうですよね。うーん……ラットちゃんたちは、既に脱走しやすかったんじゃないでしょうか。元々誰かが触ればすぐに壊れるくらい鍵が古くなってて、別の未来ではエメルダ様がわざと壊しただけとか?この世界では、自然にか、それか誰かがぶつかっちゃってとか。」
「で、薬品庫からはたまたまなんかいい匂いとかして掘り進んだとかじゃないですかね。」
一生懸命に考えるアンネリーサ。推理の内容も善性に富んでいる。
「…たまたま?」
「た、たまたまです!ご飯の匂いがしたのかも!」
緋夏に指摘されて、推理が穴だらけなことに気づき顔を赤らめる。
「まあちょっとありえないくらいのことがあれば、偶然事故も起きるかしら。」
「事件なら…事件ならどう?犯人がいたなら、元の未来で起きたことは起きるべくして起きるなら。」
——運命の強制力が洒落や冗談じゃなく、あったなら…。
「犯人、ですか?わざとやった人ってことですよね。」
「元の未来でも、同じようにやろうとしていた人がいたけど、エメルダ様がたまたま先回りしてやる機会なくなっちゃってた、とか?」
「うん、そんなんなら良いんだけど、さ。あいえ、ね、事故が良いとかじゃなくって、これからの学院生活でも毎年何か事故とか事件があるじゃない?怪我人とか、ね?運命みたいなもので絶対に怪我しちゃうようになってたりとかしたらって、考えて…考えられないかしら?」
「…運命、ですか。わたし、は…。」
「これから先の未来で起こることは避けられないってこと、でしょうか。今回のように、原因と結果が少しずつ変わるだけ…?」
「け、けがをしたり、死んでしまう人たちは、たすけ、られ…。」
アンネリーサの歩みが止まり、顔から血の気が引いて青くなっていく。その姿は庭園の草木の闇にのまれていくように緋夏には見え——
「アンちゃん、落ち着いて、落ち着いて…ね?仮説よ、あくまで仮説。」
「まだ誰も死んでないし、助けられるのよ。ぜ、絶対に助ける、から。」
運命の強制力。
ゲームのエンディングで絶対に死んでしまう聖女。 運命の強制力の強さを裏付けるような、そんなことを思い出してしまい、緋夏の声が震える。
「そう、ですね。時々耐えられなくなってしまって…。ごめんなさい。エメルダ様がいてくださって良かった…。」
聖女だからと天啓を押し付けられ、回避に成功すればいいが、失敗すれば確実に生じる人死。
——多少は目を瞑る?自分にできるだろうか。
——失敗すれば、誰も自分を責めなかったとしても自責で潰れてしまいそう。それをアンちゃんは…ひとりで、どうにかしようと…。
震えるアンネリーサの持つバスケットから飴玉をふたつ緋夏は取り上げる。ひとつを自分の口に押し込み、もうひとつをアンネリーサの口に押し込む。
「ほら、口を開けて?あーんして。」
「運命は、変えられるはずよ。今食べた飴玉は本当なら今食べられることはなかった。でも、確実に今ふたつ無くなったわ。そもそも、今日呼び出しにならなかったら、飴玉は今もあの小部屋で取り上げる人を待っていたはずなのよ。」
「ふ、ふふっ。…エメルダ様は、運命を変えるのがお上手ですね。——起きてもいないことで落ち込んでちゃダメですよね!」
「着替えたらご飯行きましょう!」
アンネリーサは緋夏の手を取り、再び寮へと歩き出す。
寮の入り口にはリィサが待っていて、緋夏の顔を見つけると物申したげに目がぎらりと光る。だが、アンネリーサの顔も認めると、その眼光の鋭さをおさえて迎え入れてくれた。
———
一週間が経った。
授業の内容もそれなりに進み、基礎の基礎、レクリエーションみたいなものはなくなり、座学に圧倒され始めた。
教養系の授業は、まともな社会人だった緋夏からすれば大したものではなかった。数学だって所詮高校一年生レベルだ。文学はこの世界特有の言い回しや価値観がなんとなく理解しにくく、少し手間取ってしまうものの、難しくはなかった。地理、王国史は初見とはいえ、ただの暗記科目だ。一夜漬けでほぼ満点を取ったことのある緋夏に死角はない。
ただ、魔法系学科の授業は流石の厄介さだった。
今日の午前の一つ目の授業は魔法力学だった。授業の前半に座学を行うのだが、それが難しい。
「前回の続きから始めていきますわね。」
「おさらいをすると、魔法現象の発生には必要なものが大まかには三つありましたわね。一つは魔力、二つ目は魔力操作、制御、では三つ目はなにかしら?…ギカーナ嬢?」
フラン先生は、黒板に今上げた二つを書き込む。書いた文章や単語の最後がくるんとなって尾を引くのが彼女の癖だ。今書いたものは少し短かった。
ギカーナは早速当てられたので驚いて体が少し跳ねる。
「あ、はい!えっ…と、呪文です!」
「うふっ、よく勉強できているわね。その通りよ!ただ、もう少し詳しく言いかえると、音声による、魔力を用いた対応する魔法現象の術式の構築、ね!」
フラン先生が正解だとにっこり微笑む。ギカーナは少し照れたように笑って緋夏と目を合わせる。緋夏は微笑み返して口パクで「やったわね!」と伝える。
「今日の座学は、この術式に対する数式でのアプローチよ!…魔力損失のお話は前回少ししたわね。覚えているかしら。…エメルダ嬢?」
フラン先生は今の二人のやりとりを見ていたようで今度は緋夏に質問を投げる。
緋夏は授業ノートをぺらりとめくりながら、思い出して答える。
「えぇと、確か…呪文に魔力を載せれば、誰でもある程度は術式を構築できるけど、ざっくりとした設計になるから、効率が良くないとか、そういうのだったかと…。」
「そうそう!素晴らしいわ!魔力制御で、望む形での術式の構築を確かに行えば損失が起きず、少ない魔力で同じ魔法でも大きな成果を得られるの!ただ少し惜しいわ、エメルダ嬢。もう一つ魔力損失が起きるところがあるわ。それは…ではティターノ君!」
フラン先生が教室の後ろに座るティターノ王子に向かって声を張る。
ティターノ王子は勇者のダリウスと後ろの席で並んで授業を受けている。
「はい!フラン先生!魔力損失は魔法現象発動後の維持の最中にも起きます。構築した術式に対して必要以上の魔力を供給してもそれは溢れて損失となり、場合によっては暴発を引き起こします。」
「その通りよ!流石ですわ!通常の詠唱による魔法の行使では、一般的な魔法使いで大体使用魔力量の15%は損失になるわ。まだ不慣れなあなたたちだと大体30%くらいは損失が起きちゃうのよね。」
「では、今日はその魔力損失量を数的にアプローチして、計算してみましょう!」
「後半はまた、楽しい魔力操作、制御の練習だからね!頑張ってついてきてね!」
術式の求める魔力量の算出の公式だとか、魔力つり合いの公式だとか、これまで学んだものをなんとか飲み込んだところに、今度はそれを使って魔力損失を求めるらしい。だが、緋夏はもっぱら文系なので、イメージができないものは頭に入ってこない。魔力みたいなあるのかないのか(ありはするのだろうが)はっきりしない目に見えないものは理解が追いつかないのだ。
——フラン先生の言うように解けば答えは出るんだけどねえ。もう一回条件を変えたやつをってなったら、解けないのよねえ…。
緋夏は自分の机の上のノートを見ながら唸る。
「——難しい顔をしてらっしゃいますけど、エメルダ様しっかり正解されてますわヨ?」
緋夏の隣に座っていたコニアがノートを覗き込んで不思議そうな顔をする。
「ぅうん?まあねえ。解けはするのだけど、理解ができてないっていうか…。」
続いてアンネリーサは口を真一文字にして、泣きそうな声を出す。
「…わたしにはちんぷんかんぷんです。お店の手伝いとかで、お釣りの計算は得意なんですけど…。」
「ちんぷんかんぷん、ね。どこがわからないのかしら?わたくしに…説明してみてくださる?」
チャリルがため息をつきながら、アンネリーサのノートを覗き込む。隙あらばちょっと指摘しにくい嫌味を言っていた彼女も最近は丸くなってきたものだ。
「——なんですの?そ〜んなこともわからないの?おほほっ。まず魔力量の計算をして総量を求めないと!供給する魔力と魔法の使用魔力量はつり合わないとおかしいでしょ?だからつり合いの公式を使うんですのよ!それから——」
——そうでもなかったかもしれない。チャリルはチャリルだ。教えてんのには変わらないからまあ黙っておくけど…。
そうしてひとしきり頭を悩ませた後は、魔力操作と制御の練習だ。今は操り玉を浮かせたり舞わせたりする練習だ。
緋夏も随分慣れてきてはいるが、魔力操作に癖があるとフラン先生に指摘された。独学で魔法を使う練習をしたせいだった。
「はぁ、魔法なんて呪文唱えりゃパーッと使えるもんかと思っていたわ…。」
「小説を読んでいる限りではそんな感じですわよネ。幼少から魔法に触れて慣れてて、魔力量を成長とともに増やしまくり!で、新しい大規模魔法を開発!人には扱えなさそうなそれを、そのとんでもない魔力量にものを言わせて使って、敵を大爆破!ですワ!」
コニアが、立ち上がり格好良く手を前に突き出してポーズを決める。
「でも、現実は持てる量に限度があって、いかに節約してここぞという時に使うか、でしょう?夢がありませんわよね。あたくしも風魔法で空を切り裂き、敵の大群を一刀両断!ってしてみたかったですわ。」
ギカーナも手刀を作りノートの真ん中の谷にパシッと振り下ろす。
「て、敵って…ぷっ、何ですの?魔王だって復活してないのに…。仮想敵国とかにやったら戦争になっちゃいますわ。」
その二人を見てチャリルはひとりでぶつぶつと言いながら含み笑いをしている。
アンネリーサは三銃士の様子を眺めて微笑んでいたが、チャリルの「敵」という言葉に顔が渋くなる。
「敵…といえば、先週の事件やっぱり犯人がいたんでしょうか?先生方から何もお話がないですよね…。」
「ガルドリック学院長も魔耐ラットの偶然の事故か違うのかの話しないわよね。」
緋夏が指先で羽根をつつきながらぼやく。
「魔耐ラットのこと、午後の魔法生物の授業で聞いてみてはいかがかしラ?」
コニアが名案と緋夏たちの方へと視線を向けたとき、彼女たちの背後には口をへの字に曲げたフラン先生を見つけた。
「——お嬢様方?おしゃべりもいいけれど、今は授業中よ!魔法は楽しいけれど、扱いを間違えたら危ないの。包丁と同じよ。集中してね!」
「す、すみませんですワ!」
「すみません、フラン先生。ちょっと注意力が散漫でした。——わたしの魔力操作の癖ってやつ、マシになりました?なんだかよくわからなくって…。」
「ふぅ…む。直ってきてはいますけど、どうにもチカラが入り過ぎてますわね。操り玉を浮かせるのに魔力をまとわせていますわね?確かにそれも浮かせる工夫としてはありなのだけど、魔力操作や制御の練習としては力業と言わないといけないわ。」
「ダメですか…?これ…。」
緋夏がわざとらしい泣き顔を浮かべる。
「…えぇ、残念だけど…。」
フラン先生はちょっと吹き出して、残念そうな顔をした。
——魔法を魔法の様に使える魔法が使えたらな、なんて。




