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第6話 後編 「元一般女性さん、王子様と踊る」

第7話は8/19(水)の深夜に投稿します。

よろしくお願いします。

 会場内は舞台場であることもあり、入り口から向かって奥に階段状に傾斜があり、最奥に檀があった。まだ、そこには誰もいないがきっとここから、祝辞だのなんだのと誰それが話し出すのだろう。

 そして、どこから上がるのかよくわからないが一階の天井の三分の一程度を覆い隠すように二階がある。ティターノ王子が入って行った扉から、その二階へ上がれるのかもしれない。


 エメルダが会場に入ると先に入っていた生徒たちの視線が集まってくる。魔力測定の儀ではあまり意識せずに済んだが、エメルダは公爵家の令嬢なのだ。当然貴族の子女は彼女のことを知っているし、面識まではない者も社交界で彼女を見かけたことはある。要は有名人なのだ。

 その彼女が、入学式で大いに目立った聖女を脇に連れて入場すれば否が応でも意識する。「何か政治的意図があるのか?」とか「聖女を引き立て役に自分が目立とうとしているのでは?」などと邪推されてしまうのだ。

 実際のところは、たまたま知り合った聖女に懐かれて、お友だちになって仲良く入場しただけなのだが。


「エメルダ様、これって座るところとか決まってるんでしょうか?」

 アンネリーサが少し不安げな声音を出す。外向的な彼女でもこういう場で一人きりになるのは心細いらしい。


「先ほど見かけた案内看板には、『席は決まっていないので前から詰めてください』と書かれてましたよ。」

 メイドのリィサが二人の浮き足立つ少女のフォローをしてくれる。あらためて頼もしい人だと感じさせられる。


「——ちょっと!?庶民がエメルダ様に馴れ馴れしいわヨ!」

「そーよそーよ!あたくし達のエメルダ様に近づかないで!」

「ちょ、ちょっと優しくされたからって勘違いしてるんですわね…。」


——こいつらは!?エメルダの腰巾着三銃士!!


 ゲームではエメルダの後ろにべったりで、時々彼女にさえ、うざがられていた。そして、アンネリーサに直接嫌がらせをしていた連中だ。


「あぁ、ご挨拶ね。ご機嫌よう。——えっと…腰巾着だから、こ、コニア、ぎ?ぎ…ギカーナ!で、チャリルだ!!」

 再び失言を繰り返してしまう緋夏だが彼女らに配慮するのもアホらしいので、気づいてもやめなかった。


 ゲームでは割と容赦なく可愛くない感じにされている三人だが、現実に見ると思っていたよりは可愛らしい感じだった。所詮子どもだと思ってしまうからだろうか?


「エメルダ様ぁ〜、腰巾着だなんてそんな酷いですワ!」

 ちょっと口が大きくふくよかなコニア・リヴァリエ。語尾が変な感じに上がるのはゲームと変わらないみたいだ。


「先週のお茶会、エメルダ様が来られなくて寂しかったんですよ?あたくし達だけじゃ盛り上がらないですわ!」

 細身で爬虫類系の顔立ちの、遠目で見れば美人なギカーナ・グレインフォード。


「え?盛り上がってたと思ってたんですけど…。」

 背が低くて、引っ込み思案に見せかけて実は一番過激派なチャリル・ミストヴェイル。


「はあ、ごめんなさいねしんどかったのよ。エメルダ嘘つかないわ。」


「お体はもうよろしいノ?」


「よろしいから来てんのよ。この子はアンちゃん。あんまり舐めた口きいたらつぶすわよ。」

 緋夏は特に意識はしていなかったのだが、思ったより毒がのってしまう。いやよいやよも好きのうちというあれだ、おそらくは。


「え、ぁ、冗談ですわヨ!冗談でなければ、そんな…エメルダ様のお友だちにそんな意地悪言いませんワ!」

「わたくしはコニア ヨ!」


「こんばんは、アン、ちゃん?あたくしはギカーナですわ。」


「どう考えてもアンちゃんはあだ名でしょうに…。わたくしはチャリルですわ。お名前お伺いしても?」


「アンネリーサと申します!実際平民で、お作法とかも教わりはしたのですが、目に余るところがあれば教えてくださいね!」

 アンネリーサは三銃士の手を一人一人取り、にぎにぎと握手を交わしていく。


「な、なにこの子、全然物怖じしないのネ。さすがは聖女といったところかしラ。」


「聖女ってすごいですわね。心まで強くなるのかしら?」


「わ、わたくしとしては聖女がどうとかはあんまり関係ないと思いますけど…。図々しいのは生来のものでは?」


「わたし思うんです!世界にはたくさん人がいますけど、仲良くお話ししてみんなとお友だちになれたらなって!」

 アンネリーサは三銃士の口撃をひらりとかわし、にこやかに笑う。


 だが、ゲームをしていた緋夏は知っている。アンネリーサは明るく振る舞うが、心では泣いていることも多いと。この世界においてもそうなのかはわからないが、それでも泣かせたくはない。


「あんたたちさあ、つまんないことばっかり言ってないで世のため人のためになることの一つでもしたらどうなの?貴族としての振る舞いって平民の方に偉そうな顔をすることではないとわたくしは思うの。」

「わたくしのお友だちならかっこよく振る舞ってくださらない?」


「あ、あ…。し、失礼しますわネ!」

 コニアはバツの悪そうな顔をし、踵を返す。ギカーナとチャリルもそれに続いてそそくさとその場を後にした。


——今までのエメルダもそうだったのかもしれないし、彼女らもお友だちのつもりで話しかけてくれたのかもしれないけど…。

——それでもムカつくものはムカつくし、悪役令嬢になる気なんてないから、良いわよね!


「良かったのですか?エメルダ様…。わたし本当に気にしないですよ?」


「まあ、あまり良くはないですね。彼女たちのご実家は公爵閣下の後援者兼商売仲間だったりしますし。また叱られますね、お嬢様!」

 静かに控えていたリィサはやけに嬉しそうに見える。彼女のこれまでの言動からして、彼女らの態度には辟易していた被害者の一人なのかもしれない。


「あー、諸君!これより、入寮式と入学パーティーを始める。進行役はわたしエドマンドが引き続き行う。」

 魔法史教授エドマンドがいつの間にか舞台上に上がり、例の拡声器のような声を出す。今度は外ではなく屋内なのでその声の反響は生徒たちのざわめきを瞬く間に止めてしまう。

「まずは、我が聖アウロラ魔法学院学院長より、祝辞の言葉をいただく。——学院長。」

 エドマンドの呼びかけで、舞台袖から青い生地にたくさんの星があしらわれた派手なローブに身を包む老爺が現れた。彼はゲームにもチラチラと登場するので緋夏も見たことがある。

 ただ違うのは、老爺とは言ったものの、緋夏が今までに見たことがあるお年寄りより遥かに高い年齢を感じさせるのだ。強い生命力と健やかな身体によって押さえつけられた”老い”がようやく彼の年齢になんとか食らいついている印象だ。


「おほんっ、わしが聖アウロラ魔法学院学院長のガルドリック・アストロラーデじゃ。長い名前じゃからの、ガル先生とか呼んでくれて良いぞ?」

「まずは、入学おめでとう!魔力測定の儀はどうだったかな?思わずにやりとしてしまった者、結果が思うようにならずがっくりとした者、色々いることじゃろう。じゃが、例年通りならエドマンド君が言ったはずじゃ。これからの習練が大切なのじゃと。その通りじゃ。」

「でもそれだけだと息が詰まってしまうからの。わしからはよく遊びなさいと伝えておこう。これからの5年間は諸君らには長いものとなるじゃろう。よく学び、よく遊び、諸君らにとって人生で最も輝いた日々の思い出の一つとなることを願う。」

「祝辞は以上とさせてもらうが……今年は加えてこれも言っておかねばならんな。もう既にここにいる生徒の多くは知っておるのかな?勇者と聖女が入学してきたことを。これが意味するのは、魔王の復活が近いということじゃ。前回の封印より、もう400年と少しが経過しておる。まもなくだとここ数十年言われておったが、その時はもう目の前まで迫っておるのかもしれん。魔王の手先というのはどう諸君らに接触してくるかは誰にもわからん。だからこそ諸君らは心身ともに健やかに過ごす事。それが何よりの備えじゃ。今度こそジジイの長話は終わりじゃ。ご清聴ありがとうございました、じゃ。」


「学院長、ありがとうございました。では次は新入生代表より答辞の言葉をいただきます。ティターノ・サンクトフレイム・サターニア殿下、どうぞ!」


 ティターノ王子も舞台袖よりすっと現れる。服は着替えていて、先ほどの旅装よりも落ち着いた濃紺の礼装になっている。白のシャツの胸元と袖口に金糸でワンポイントの刺繍がされているだけで派手さはそれほどないのだが、圧倒的な存在感を放っている。

 何度見ても異様な人間だ。顔は美形で、細身と見せてその実よく鍛えられた身体。完成度が高すぎて、芸術品の域に入っている。


——わあ、遠目で見てわかる凄み。どうしてあんなに足が長いんかしら?どう…胴?


「先ほどお会いしたのってやっぱり王子様だったんですね…。とっても足が長いです…!」


「多分足が長いんじゃなくて、胴が短いんだと思うわ…!」


「ど、胴…ですか、そう考えたことは無かったです、ふふっ。」


「ご紹介に預かりました、ティターノでございます。当学院では父上よりの勅令で身分の上下に関するしがらみは取り払われています。よってここではわたしもただのティターノです。先生方も生徒諸君もどうか王族としての扱いは控えてもらえると嬉しいです。」

「さて、ガル先生、エドマンド先生ありがとうございます。学びには謙虚さ、好奇心、遊び心が必要とわたしも認識しております。学び始める前に驕っていてはいけませんし、学びの道中でもできるようになったことばかりを数えて驕ってしまうかもしれません。自分を叱咤し、知らないことを楽しく吸収し、遊びの心を忘れないように努めていきたいと存じます。先生方、何卒、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」

 ティターノ王子は最初に述べた言葉通りに王族としてではなく一生徒として、身分が下である教授たちに最敬礼を取る。

 そして、振り返り生徒たち一人ひとりに、いや流石にそんなわけはないのだが、そう感じさせるように視線を送りにやりと笑う。

「——生徒諸君もどうか、ただのティターノと仲良くしてやって欲しい。これにて答辞とさせていただきます。」


 ティターノ王子の答辞は堂に入っていた。そしてそれは生徒たちの心を優しくノックするようで——


「「おお〜!流石王子!」」

「「ぜひお友だちに!!」」

 そういう声が自然と生徒たちから湧き上がった。


——はあ〜、立派ねぇ。おんなじセリフ吐くのは誰でもできそうだけど、この会場と同じ空気を作れる人は中々いないでしょうねぇ。


「ティターノ殿下、いやティターノ君、ありがとうございました。生徒諸君の期待を裏切らない最高の教育を用意することをわたしはここに誓いましょう。」

「では、このあとは入学パーティーとしよう。その最中に入寮”式”ではないが、寮長より寮についての説明を行ってもらう。」


「ほっほっ、ではパーティー会場へ皆を案内しよう!」

 ガル先生が手を打ち鳴らすと——


 舞台場の階段状の床が動き出し傾斜が無くなっていき、木目調の床から継ぎ目のない大理石のような床に変化していく。

 また、床からキノコでも生えるかのようにテーブルが出現し、その周りに自動的に生徒たちの座る椅子が配置されたのだった。

 そして、それを何処かで確認していたらしい、給仕たちが一斉に料理を運び込む。料理はどれも豪華だが、エメルダたち貴族が屋敷で食べるような上品さよりも、食べ盛りの学生たちが満足できるような配慮がされた、そういう料理ばかりだった。


 また、舞台上ではピアノ、管楽器、バイオリンを持った煌びやかな衣装に身を包んだ若者たち、おそらく学院の先輩たちが楽しげな演奏を開始した。


「エメルダ!!」

 ティターノ王子がただの大声とは違う、良く通る、しかし不快さを感じさせない声で緋夏を呼び、舞台の脇から手招きするのが見える。


 緋夏は目の前の久しぶりのジャンクな感じのご馳走に「早速いただこうかしら」と膝にナプキンを敷いているところだった。


 緋夏は慌てて立ち上がり、目の前のご馳走に残心を置きながらティターノ王子の元へ急ぐ。リィサにドレスの裾を踏んづけられて、怖い目で睨まれたのでもちろん走ったりはしていない。

「な、なんですの?ティターノ王子。」


「すまないね、エメルダ。お腹が空いているのに。学院では、王族ではないと言ったが生徒たちに楽しんでもらえるように努める責務が僕にはあると思うんだ。手伝ってくれるかい?」


「…何を、するんですか?」


「なに、ちょっと踊りを披露するのさ!——エメルダ!手を!」


——ちょ!わたし踊れない!中身、緋夏だもん!


「ちょ、待っ!わたし踊れっ…!」


 緋夏の躊躇う声など気にしないで、ティターノ王子は踊り始める。彼はとてもダンスが上手だった。緋夏がリズムに乗れていないと見るや否や、彼女の腰に回した手と互いに握り合った手だけで彼女を意のままに動かしてしまった。

 しかもそれだけに止まらない。緋夏に触れる手でリズムを教えてくれるので、段々と緋夏も動き方がわかってくる。そして、溌剌とした笑顔を緋夏に向けて「どうだい、楽しいだろう?」などと、顔が近づいた時に言ってくるのだ。


——さすが、攻略対象。イケメンぶりに拍車がかかりっぱなしだわ。高校生くらいの男の子でなければ、本当に好きになっちゃいそうだもの。


 ひとしきり踊った後、弾む息を抑えながらティターノ王子を緋夏の手を引き、壇上を降りる。代わりに何組かの男女が壇上へと上がっていく。

「ありがとう、エメルダとても楽しかったよ!君のたんぽぽ殿下はうまく踊れてたかな?」


「ええ、殿下がお上手なのでとても楽しかったです!…あの、さっきはたんぽぽなんて言ってしまって申し訳ありませんでした。決してバカになんかしてないですし、わたくしたんぽぽ大好きなので!」


「ふふっ、それは安心したよ。君の好きな花に例えてもらえたならむしろ光栄だね。——付き合ってくれてありがとう。」

「お友だちとの食事、楽しんで!」

 そう言って、ティターノ王子は緋夏を元いた席までエスコートして、美しい仕草で周りの目を惹きながら去っていった。


 その後、緋夏はアンネリーサや何人かの学生たちと学院で何を勉強したいとか、将来就きたい仕事だとか、今日の食事の何が美味しいかったかなど、他愛のない話をたくさんした。

 ただ、今日の学院長の話でも出てきた魔王復活の話が静かに緋夏の腹の底で首をもたげていた。


——自分は知っている。魔王がいつ復活するのか。もはや他人とは呼べない関係になったアンちゃんの、彼女の命が失われる未来を。

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