第5話 「元一般女性さん、聖女ちゃんと改めてお友だちになる」
お盆休みの最終日ということで、8/16(日)に第6話を投稿予定です。
第6話は前後編となります。
時間帯はいつも通り深夜に連続投稿いたします。
よろしくお願いします。
名前なんてほとんど知らない貴族たちの魔力測定も佳境に入ったころ、緋夏の知っている名前が呼ばれた。ゲームでは勇者と呼ばれた男だ。
「ダリウス・カーセル殿。前へ。」
「押忍!」
——押忍ってあんた、どこの空手家よ。ってゲームでも思ったっけね。でも、王国騎士団長の息子の益荒男くんだからあながち間違いでもないのよね。
ダリウスが手をかざすと、噴水からは水が噴き上がった。いや水ではないのだが、吹き上がったそれには色が付いていない。無色透明なのだ。
「なんと!」「あの方が例の…。」
生徒たちから再びどよめきが上がる。エメルダの時とは違い、驚きの色が濃かった。
「勇者の再来と聞いていましたが、無属性というのは本当なのですな!」
「物を知らぬ者が見れば何かの間違いで水が出てきたと思うでしょうなあ!」
「諸君の中には知っている者もいるだろう。無属性というのは基本的にありえないのだよ。個々人の魔力は体内で生成され、魔法を発動する際に体質などによって五属性のいずれかに寄る。だが、無属性はいずれにも属しない。過去に存在した無属性の者は勇者のみという訳だ!」
魔法史教授のエドマンドは嬉しそうに顔を綻ばせ講義のように話す。
「はあ〜、あの人が勇者なんですね。お友だちになれたらいいな…。」
アンネリーサは魔泉杯の前で勇ましく拳を上げているダリウスを眺めて呟く。
「お友だちねえ。」
アンネリーサの横顔を見守りながら、緋夏はゲームでのダリウスを思い出す。
——友だちどころか、場合によっては恋人だけどね。
——友だち…?
「貴族の方々は以上だな。そして、次は…また興味深い方だ。」
「ヘルンの町アンネリーサ嬢!」
「行ってきますね。」
アンネリーサは不安と期待の混じる強張った笑みをエメルダに向けた。
「構わないのだね?」
エドマンドがアンネリーサに歩み寄り、念を押すように確認する。
「はい、大丈夫です!」
——アンちゃんの番ね。一つのターニングポイント、よね。ゲームならここで、エメルダはアンちゃんに嫉妬する…。鎮まれ、わたくしの中の”エメルダ”!
アンネリーサが石板に手をかざすと、これまでとは少し違う反応を見せた。噴水からは水ではなく光の粒子が溢れ出したのだった。そして、その量も段違いだ。噴水の受けになる杯からも溢れ出し、生徒たちの足元を暖かく包む。
——ふわぁ…綺麗…!おとぎの国にでも迷い込んだ気分…。
まるで天上の足湯にでも浸かったかのような感覚に襲われる。人が見ていなければ、全身に浴びるために横になりたいくらいだ。
「——!」
「うふふ、子どもの頃行ったススキ野原を思い出すなぁ。」
「——ですか?お嬢様、しっかり!人前でしてはいけない顔をしています!」
側に控えていたリィサが周囲から隠すようにしてエメルダの肩を支えていた。
「は!?わたし、なにが…?」
「はー、流石は聖女というものだ。このような貴重な体験ができたこと、感謝しかない。」
エドマンドも少し快感に浸ってらしく、目がとろんとしている。
「ここしばらく巷で勇者の出現と共に、聖女の出現も囁かれていたのを知っている者もいるだろうか。彼女がそうだ。内密にとの通達も下っているが、同じ学院にいればいずれはわかってしまうことだからな。合意のもとあえてこの場で公表する形を取らせてもらった。人の口に戸は立てられんとは言え、ここでのことは口止めしておく。『彼女の身の安全のため、”決して”彼女が聖女だと口外してはいけない』もちろん諸君らの家族にも、だ。良いかな?」
生徒たちが頷くのを確認したエドマンドがアンネリーサを送り返し、次の生徒を呼ぶ。
魔泉杯から戻ってきたアンネリーサは少し申し訳なさそうな顔で緋夏に頭を下げた。
「ごめんなさい、きちんとお話ししなくて。わたし聖女、なんです。でも、生まれた時からとかじゃないんですよ?」
「いやいやいや!初めて会ったの今日のお昼前じゃない!それにいくらお友だちでも隠しごとの一つや二つ…。」
「…じゃあ、これからもお友だちでいてくれますか?」
アンネリーサが雪のように白い頬を赤く染め、両手を胸の前で組み、指先をもじもじと絡める。
——もちろんよ!
「かわいい!」
緋夏はこのときのアンネリーサの困惑の表情を見て、頭の中の黒歴史ノートが1ページ分厚くなるのを感じた。
———
魔力測定の儀の後、入寮式の予定だったがティターノ王子が遅れていることもあり、夜の入学祝いの立食パーティーで入寮式も済ませることとなった。
通例では入寮式後に割り当てられた部屋に入り、送られてきた各人の荷物の整理をすることになっているが、今年は逆になった。
と言っても、貴族であるエメルダの荷物の受け取りから整理まではメイドのリィサが行うため、要は暇を持て余していた。
豪奢な寮の2階の部屋の片隅で緋夏はリィサが淹れてくれた紅茶を啜りながら、日が傾き始めて黄金に染まりつつある、眼下の庭をぼんやりと眺めていた。
「魔力測定、か。」
——そういえば、ゲームではエメルダが魔法を使うところってほとんど描写がなかったのよね。
——アンちゃん殺害のシーンのスチルでは、血の海に沈むアンちゃんとナイフを握りしめたエメルダが描かれてるだけだったし。
「お嬢様、今日はありがとうございました。」
「え?なにが?」
「盗賊からお救いいただいたことです。」
「火魔法お見事でした。いつ習得されたんですか?」
「ああ!いや、気にしないで!リィサが無事で良かったわ。わたしも必死だったし…。」
「火魔法はあれよ、書庫で魔法書を見つけてね?使えるかなって試したらできたの。」
「あんまり簡単にできるもんだから、間違って本を一冊燃しちゃったわ。」
緋夏は思っていた以上にすごいことができているらしい事実に気を良くして、つい口が滑ってしまった。
「は!?ぇっ…ま、ずはありがとうございます!」
「…本を…燃やした!?お嬢様!一冊いくらすると思ってるんですか!公爵閣下に叱られますよ!!」
「ひえ!!し、仕方ないじゃない!あんなに簡単にできるんなら、『魔法は別の部屋で使いましょう』とか、きちんと貼り紙しておきなさいよ!」
「いやっ、簡…単て言いますが、普通は魔力そのものを扱う練習からなので、就学前にできないはずなんですよ…。」
「…はぁ、わかりました。ドロシーお婆さまにお伝えして、なんとか修繕できないか聞いてもらいます。」
「何を燃やしたか、タイトルはお分かりになりますか?」
「ふ、ふんっ!わたしは悪くないもの、簡単に燃える本が悪いわ。」
緋夏は思わず、子どものように反論してしまう。エメルダの姿に慣れてきつつあるのだろうか。
「タ・イ・ト・ルは、なんです?」
「なんか、歴史書?かな。覚えてないわ。」
——ゲームのフレーバーテキストにも出てきたような内容ばかりだから、適当に読んでその辺に置いてたら火が移っちゃったのよね。
「歴史書ですか…。その燃やした本は捨ててないですよね?どこにあるんです?」
「だから、燃えちゃったのよ。跡形もなく。」
「い…一冊だけ!だから!」
申し訳ない気持ちもきちんとあるのに、なぜだか素直になれないのは思春期の体だからだろうか。「跡形もなく燃えた」と言った時のリィサの目ときたら、視線だけで彼女は人を殺せるのではなかろうか。
「はあぁあ…。では、修繕ではなく、写本にするしかないですかね。書庫の在庫を洗うところからお願いしないと…。」
「本そのものに価値があるので、見つかったら閣下にはきっと叱られるでしょうけど…。」
申し訳ない気持ちで居た堪れなくなった緋夏はリィサに邪魔だと言われながらも、荷物の整理を手伝った。貴族令嬢の無駄に多い荷物は重苦しい沈黙の時間をやり過ごすにはちょうど良かった。
本作とはまた別の作品の告知です。
ホラー短編も執筆中です。
「ファントム・バイブレーション〜鳴り止まない通知〜」
こちらも間に合えば、8/16(日) の深夜に投稿します。
確約できないため、こちらはあくまで予定とお考えください。




