第3話 「元一般女性さん、盗賊に襲われる」
第4話は8/7(金)の深夜に投稿します。
よろしくお願いします。
——お〜ほっほっほっ!わたくし、エメルダ・ブライアロード!すっごい美人で聡明で、闇堕ちするところ以外は欠点なんてありませんわ!
——むつくけき男どもが群がるのも納得よね!
「あれ?むけくつき?むくつけき?なんだっけ?」
「——嬢様、エメルダお嬢様!」
エメルダお付きのメイド、リィサがエメルダ(緋夏)の肩を揺さぶる。
彼女の逞しい肩越しにいかにも盗賊でございという格好で騎乗した男たちが刃物やら武器やらを振り上げて「うおお」なんて言っているのが緋夏の目に映る。
緋夏とリィサ、そして馬車を操る御者ジョージは聖アウロラ魔法学院の入学式に向かう道中、なぜか盗賊に襲われる羽目になっていた。
「落ち着いてください!こういう時のため、このリィサがいるのですから!」
——リィサさん、さすがっす。メイドだけでなく、護衛まで務まるなんて。
聖アウロラ魔法学院が全寮制であるが故に、貴族の子女は侍従を二人まで連れて行けることになっている。内訳は身の回り世話要員と”護衛”だ。ブライアロード公爵家令嬢であるエメルダも当然のように二人の侍従を連れて行くことになっていたのだが——
緋夏は当初、「侍従なんていらない」と断った。一週間ほどお嬢様をやってみた所、恭しく扱われるのに慣れる気がしなかったのだ。何より誰かとの共同生活なんて息苦しくて仕方がない。
だが、ばあやは許さなかった。「他の貴族の手前、ブライアロード家が軽んじられる行動は許されない、公爵閣下に迷惑が〜」とのことだ。
ダメ押しで自分の首を絞めながら「どうかばあやの命で勘弁してくだされ!」なんて言われたら、飲むしかあるまい。
渋々一人だけ連れて行くことを了承すると、長身で筋肉質なメイドのリィサが来てくれることになった。
——リィサは一人でメイドも護衛もこなせる超超有能メイドなのだ!すっごく強い!
「お嬢様!頭を低く!」
——ああ、またトリップしていた。この世界の治安どうなってんの?いちおう公爵家令嬢よ、わたし?
しゅぱあああぁぁぁ…ん
「や、矢!?矢が、飛んで来てるんですけど!」
馬車に横付けした盗賊の仕業だ。
射られた矢は窓を突き破り、ガラスと共に床に落ちる。
盗賊どもは恐れ知らずなのだろう。当然のように貴族を殺す気で襲ってくる。
——よく知らないけど貴族を殺したなんてなったら重罪は確実でしょうに。後先考え……ないからやってるのか。
「二の矢が来ます!……!まずい!!!」
リィサは緋夏の体を自らの体で覆うように隠す。
しゅぱああぁあ……
「ぐっうぅ!ゴミムシどもめ、エメルダ様に対する不敬だぞ…!」
「ぁばばばばっ!リィサさん!か、肩に矢が!」
今までどこか小道具にしか見えなかった矢が急に色味を帯びてくる。
——だめだ、頭がバカになってる!これはゲームじゃなくて現実なんだ!リィサが死んじゃう!?
「心配いりません、お嬢様。いつものようにふんぞりかえっていてください…!」
そう言うリィサだが、額には汗が吹き出ている。
——怪我人を盾にするなんて、そんな非道、エメルダだって…しそうだけど!わたしにはできないわ!
——そうだ!あれを試してみよう、この一週間で身につけた魔法の成果を!
「わ…わたしに任せて、リィサさん!——お願い上手くいって!コモフォイヤー(火よ、来たれ)!!」
緋夏の手の平に、赤の閃光が集まり、一つに集束する。そしてそれを追いかけてくる盗賊に使って投げる。いつもならゴミ箱に向かって投げたちり紙すら入らないのに、この時は上手く弓を放った者の額に命中した。
「ぐわぁあ!くそっ、入学前なのに魔法が使えるだと!?聞いてた話と違うじゃないか!……あ?なに?後ろからもだと?ちっもういい、割に合わん!——退けえ!!」
先頭の男が馬を止め、盗賊連中に命令を出すと散々追いかけて来ていた癖にあっという間に散り散りになった。
——最初っから魔法使えば良かったのか…。じゃなくて!
「リィサさん!大丈夫!?」
「………はっ!?ええ、問題ありません。毒も塗られていなさそうですし…。ふっ…くっ…!」
「ふうぅぅぅ…。」
リィサが矢を引き抜き、顔を顰める。肩口からだくだくと流れる鮮血が痛々しい。
「ちょっと、リィサさん抜かない方がいいんじゃ!——おじさん!どこか安全そうなところで止めてくれる?」
緋夏が御者席に通じる小窓を叩く。
「〈そうですな、かしこまりました!〉」
———
馬車は結局、大きめの街道沿いまでは止めるところがなく、小一時間ほど走り続けた。
街道は通行は少ないがちらほらと人通りもあった。
ジョージは「さすがにここまで来れば」と街道沿いの行き先看板の後ろの空き地に馬車を停めた。
馬車の陰でジョージがてきぱきとリィサの手当ての準備をするのだが——
リィサの傷から流れる血は未だ止まらない。緋夏が手で患部の圧迫を続けているが、「これは縫わないとダメかもしれない」と感じる。はたして、物知らぬ自分に何ができるだろうと必死で考える。
——患部を圧迫して、冷やして、とか?それから、お医者に見せるのが一番だけど、ここにはいない。どうすればいいの…!
——光魔法が使えれば治せたかもしれないのに…。
エメルダに光属性魔法の適正はないらしく、ゲーム中でアンネリーサが唱えていた呪文も屋敷で試したが、使えなかったのだ。
リィサは、痛みに耐えて青い顔をしながらも冷静だった。
「ジョージ殿、すみませんが救急セットと酒を。お嬢様、申し訳ありませんが、裁縫セットを使っても…?」
「あぁ、すぐに…!」
ジョージは頷きながら馬車の荷台に向かう。
「え!?まさか、自分で縫うつもり?…それは無茶よ!せめて、わたしが…!」
傷を縫ったりなんて経験、緋夏には当然ない。ないが、当人に自分でやらせるよりは遥かにマシなはずだ。
「いや、流石にわたしも女なので、焼くのはちょっと…。」
「だからって、自分でやるなんて無茶よ!——ん、やく?」
緋夏が大声で騒いでいると、馬車の陰から一人の女の子が顔を覗かせる。そういえば先ほど遠目に人影を見かけたがそれはこの子だったらしい。
ストロベリーブロンドの髪をハーフアップにした女の子。その女の子のことを緋夏は初めて言葉を交わすというのにも関わらずよく知っていた。
女の子はおずおずと口を開く。
「あのお、通りから聞いちゃったんですけど、大丈夫、ですか?…お怪我、されてるんですか?」
「ア、アァ!!」
「ア、ア、アンネェぇえ、困ってんの!!」
驚きで滑りそうになる口を緋夏は一抹だけ残った理性で押さえ込む。
——聖女アンネリーサ!なんでこんなとこにいんのよ!
「エェ…!?それは、大変ですね!!」
「わたし、治癒魔法を使えるので任せてください!」
——さすが聖女!話が早い!ゲームでも思ったけどとっても良い子!なんでほとんどのエンディングでうんぬんかんぬん——
「おねえさん、肩失礼しますね!」
アンネリーサはリィサのメイド服の肩部分を躊躇なく裂き、唱える。
「リッヒデアグナーデ(慈悲の光よ)!!」
聖女アンネリーサが呪文を唱えると目が眩むような光が生じ、リィサの肩に注ぎ込まれる。
側から見ていると、空中に元からある陽光が意思を持って形を成し、アンネリーサの手元に集合するように見えた。
「…治った?」
今度は緋夏がおずおずと尋ねる。
リィサは驚きに満ちた表情を浮かべて呟く。
「…治りました…。」
「はぁぁ、良かったぁぁあ〜!お医者もいないし、わたしが縫わないといけないかと…。」
緋夏は安堵のため息を漏らしながら、地面に座り込む。お嬢様の貫禄なんてどこへやらだ。
「あ、でも、一応お医者さんには見せてくださいね。わたしもまだこの魔法には不慣れなので…。」
アンネリーサは地面にへたり込む緋夏の顔をおそるおそる覗き込む。
——やばい。そうだった。アンちゃん忘れてた。リィサのことでいっぱいいっぱいだったから…。
——運命的なやつで闇堕ちするかもだし、近づかないようにしようと思ってたのに……。




