第29話 「元一般女性さん、学芸大会を見学する⑤」
第30話は10/30(金)に投稿します。
次で学芸大会編は終了となります。
夏休み編に入る前に間話を一話入れます。
どうぞよろしくお願いします。
学芸大会最終日。
緋夏はなぜか早朝に目が覚めた。夜はまだ明けておらず薄暗い。
モゾモゾとベッドの中でみじろぎしながらぼんやりまた眠りに入ることを期待していたが、どんどん目が覚めてしまう。
——だめだ、こりゃ。
そうして、体を起こすと寝室のドアの隙間からは灯りが漏れているのが見える。どうやらリィサはとうに起きて色々と仕事をしているらしかった。
なんとなく、リィサに気づかれないようにそっとベッドから起き出す。
寝室の窓のカーテンを開けて外を眺めてみると、水平線が見える。昇り始めた朝日がその線を金に縁取っている。
その光を見た途端、不意にもう帰えることすらできない故郷を思い出す。
二度と顔を見ることのできない両親の顔。二人の声。
心が軋むように痛くなる。しかし、涙は出そうになかった。
ふぅと、ため息を溢して緋夏はカーテンから手を離した。
そして、早めの朝の支度をリィサに頼むことに決める。
「おはよ、リィサ!ちょっと早いけど散歩したいから適当に支度してくれる?」
———
窓から見えた景色が明るいせいで、すっかり勘違いしてしまったが、学院にはまだ日が昇っていなかった。
まだ仄暗い石畳の道をゆっくりと足元を確認しながら歩いていく。行き先は決めていないが、その足はなんとなしに部活棟に向かっていた。すると背後から——
たったったっ!
「お!はようございます!エメルダ様…ですよね!?」
弾む息を整えながら緋夏に挨拶をするのはアンネリーサだった。
「わお、アンちゃんじゃない。ずいぶん早起きなのね。」
「エメルダ様はお散歩ですか?」
「うん、アンちゃんはトレーニング?」
「はい!少しでも鍛えたいなっていうのと、朝に走るの気持ちいいですから!」
「どこに行くかは決めてるんですか?」
「ん?んーとね、なんとなく部活棟の方に行こうかなって。ほら、この前魔法史の展示でティターノ王子に行くって言っちゃったし、一回も行かないのは良くないかなって感じで…。」
「確かに、言ってましたね、ふふっ。でも、ティターノ君はデートのお断りのための方便だってわかってたと思いますよ?」
——王子を君付けかあ…。もう友だちになってんのね。
「ま、ま、良いじゃない。ティターノ…君に次会ったとき、どうだったか聞かれても困るしね。」
「ごめんね、トレーニングの邪魔しちゃって。」
「いえいえ、エメルダ様も良かったら今度一緒に走りましょうね!」
「じゃあ、また食堂で!」
そう言ってアンネリーサはまた走り出した。
日の昇りきらないうちからトレーニングに勤しむアンネリーサ。
どんな気持ちで、あるいはどんな理由で走っているのか勝手に想像するのはきっと失礼なことだ。
——わたしに何が……。
緋夏はその後を言葉にしないままに振り払うようにして再び歩き出した。
———
部活棟まで来ると、朝日がようやく学院の足元を照らし始める。
そして、すれ違う人も増えてくる。部活のため運動する人、仕事のため道具を持ってどこかへ行く人。
今日で前期は終了で、明日からは夏休みなのに最後の日まで勤勉なことだ。
部活棟まで来たとき、わかっていたようでわかっていなかったことを思い知る。
——鍵が…開いてない。
当然である。
人がいない深夜に開けておく道理などあるわけがないのだ。
「帰ろ。またお花眺めながら戻ろかな。」
できれば展示があったのかどうかだけでも知りたかった。だが、目標の半分くらいは、いや三割くらいは達成できただろうから良しとする。そして、くるりと振り返ったところで——
「——いいね。お花。僕も毎朝ちょっと楽しみなんだよ。」
ラッキー先輩がいた。
「ぅぎゃあ!!」
「ひっ…。ち、ちょっとそんなに驚かないでよエメルダ嬢。」
ラッキー先輩は余裕綽々ないつもの表情を歪ませる。
「突然声かけるからでしょーが!」
「こんな朝早くに何やってんです!?」
どきどきする胸を押さえながら緋夏は尋ねる。
「学芸大会だからね。いつお客さんが来てもいいように早く来てるんだ。」
緋夏の脇を抜けて、扉の開錠をするラッキー先輩。
——誰も来ないのに、たった一人で朝早くから…?かわいそう…。
「今、かわいそうって思った?」
ラッキー先輩は振り返り目を細める。そして、訝しげな顔をしたまま部活棟に入っていく。
ぶんぶんと首を振って否定する緋夏。
「いいええ?まさか!」
「ふふんっ、これでも毎日お客さん来てるんだよ。今日も、もう一人目に来てもらえたしね。」
そんなふうに言いながら、ラッキー先輩はいつもの階段下に潜り込んだ。
緋夏は後ろをついていき、そこの簡素な椅子に腰掛ける。
「へ〜。すごいですね……。——今日の一人目って、もしかしてわたし?」
ラッキー先輩がにやりと笑って頷く。
「はぁ…あのですね?ラッキー先輩。そういうの押し売りって言うんですよ?捕まえた人を勝手に占ってお客と言い張るのは——」
「——さて今日は何にしようか、誕生日占いとかにする?夏休みの吉兆を占う感じで。」
緋夏の言い分など聞く気はないらしい。
「はあ。夏休みの吉兆…。どうでもいい…。」
——使用人しかいない屋敷に帰って、ぐうたら過ごして終わりなのに吉兆って言われてもね…。破滅フラグなんてバキバキのぐちゃぐちゃのボロボロだし…。
——あっ、そういやアンちゃんの誕生日夏休み中だったっけ。…なんちゅうことを忘れとるんだ、わたしは!
「わ、わたしは良いからさ、アンちゃん占ってくださいよ。」
「聖女を?吉じゃない?どうせ。意味あると思うかい?」
ラッキー先輩は軽く息を漏らし、占いの準備の手が止まる。
「まあ確かに?」
——実際どうなのだろう。神に選ばれた聖女の運勢が吉以外なんて嘘みたいな気もする。そりゃまあ、その最後は…。
「じゃあ誕生日プレゼント何がいいとか良くないとかは?」
どんどんつまらなさそうな顔になっていくラッキー先輩。
「誕生日プレゼント?彼女の?君の方がよく知っているでしょう…。」
「んん…何あげても喜びそう。お菓子とかすごい喜びそうだけど、それがプレゼントってのは…ねえ?」
「食べ物が駄目なら、アクセサリーじゃない?指輪とかイヤリングとか。」
ため息混じりに答えてくれるラッキー先輩。
顔をあげてみると、ラッキー先輩のネックレスや、指輪が目に入る。占い師然とした珍奇な品だ。どこで買ってくるんだろうか。
——はっ!まさか、高額商品を売りつけられるんじゃ…!
——相談に乗ってくれたのは、このための布石…!
「ア、アクセサリーとかは好みが別れそうだし、恋人じゃないのにそんなの贈るのは、ねえ?ハンカチくらいなら使ってくれるかな?」
——ハンカチなら未使用の上等なやつ、部屋にあるだろうし。
「いいんじゃない?」
ぶっきらぼうに言い放つラッキー先輩。
「ありがと、先輩。じゃあこれで。」
緋夏はがたりと席を立つ。
ゲームでもたまに変なものを買わされるイベントがあったが何の役にも立たなかった。むしろ運が悪くなったくらいだ。
「ちょっ、占い…。まあ良いか。」
「良い一日を。」
そそくさと占星術部を後にする緋夏。
自分の目的は果たせたし、ラッキー先輩も客入りを主張できる口実ができたのだ。ウィンウィンの関係だ。間違いない。
———
朝の食堂にて。
「さてまずは!今日はカリオ・チャーを観に行きます。」
早朝の散歩のおかげで、いつもよりしゃっきり目を覚ましている緋夏が宣言する。
朝食を食べている手を止めてみんなが顔をあげる。
「はい…?もちろん、構いませんわ。でもエメルダ様、スポーツにご興味あったんですか?」
ギカーナがポツリと言う。
「無いわ。見たことないから興味本位ね。」
「…初日にギカーナと観ましたけど、今日が決勝だそうですからちょうど良いと言えばそうですわね。」
チャリルが言う。その日は研究発表ばかりを見ていたわけではなかったらしい。
「ギカーナのお兄様、カリオやってましたわよネ?」
「ええ、なんかチームを作ってやってますわね。『危ないからお前はダメ』って言われちゃいましたけど。」
「実はわたしも見たことないんです…。お父さんは競技場によく行っているんですけど、子どもが見るもんじゃないからって連れてってもらったことないんですよね。」
アンネリーサも見たことはないらしい。
「お金賭けたり、流血あったりで確かに子供の見るものではないですわね。」
チャリルが口の端を歪めて笑う。
——流血あるんだ…。攻撃じゃなくて妨害ならしても良いって言ってたけど…。
——日本で言うプロレスだとか競馬みたいな感じかな?
「ま、まあ、色んな魔法の使い方見れて楽しそうじゃない!」
「…そんな多彩でもないですわよ。まあ、ご覧になってみればわかりますわ。」
「じゃ、昼食のときにまた集まる、でいい?正直大体は展示見たでしょ?」
学芸大会は規模の大きいイベントであるが三日も見物できるほどのボリュームはない。既にほとんどの生徒は飽きて、昨日から広場でだべっている姿が見受けられた。
「「「構いませんわ。」」」
アンネリーサも三銃士も頷く。
「あ、そうそう。——コニア、ギカーナ、チャリル、あんたたちに言いたいことがあんの。ちょっと残ってくれる?」
緋夏はアンネリーサ以外と話したいことを思い出す。アンネリーサには帰ってもらわないといけない。
「な、なんですノ?最近はお利口にしていたつもりですガ…。」
不安そうなコニア。ちょっと申し訳ない気持ちもあるが仕方ない。
「だまらっしゃい。——アンちゃんは帰っていいからね。」
「えーと、あんまりいじめては、駄目ですよ?」
「だいじょぶだいじょぶ、お疲れアンちゃん。」
「お疲れ様です…?」
食卓を立つアンネリーサ。
その姿が食堂を出たのを確認して緋夏が口を開く。
「あんたたち、アンちゃんのことだけど——」
その話し合いはほとんど昼前まで続いた。四人で何度も話し合ってなんとなくの結論を得た頃に、一度解散した。しかし、あまり間を置かないで昼食の時間を迎えることになった。




