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第28話 「元一般女性さん、学芸大会を見学する④」

第29話は10/27(火)に投稿します。

よろしくお願いします。

 学芸大会二日目。


 この日は、昨日発表の疲労からろくに回れなかったコニアも合流して、図書室の展示を見に訪れていた。


 図書室は普段授業を受ける教室とは別の棟にある。つまり、何が言いたいのかというと平時は閑散としていて、勉強熱心な真面目人間か、人だかりから逃げてきた人しかいない。

 それがどうだろう。今日という日は妙に人がざわめいていて、室内にたどり着くのも一苦労だった。


「よ・う・や・く、入れましたわネ…。」

 コニアは想定しない行列に並ぶ羽目になったことに苛立ちを隠せない様子で言う。


「どうしてこんなに混んでいるんでしょう?」

 アンネリーサが不思議そうに行列を振り返る。


「…どうしても何も、展示が人気だから以外にありまして?」

 チャリルは早くも疲れさせられるイベントに毒を吐かずにはいられないようだ。


「なるほど、確かオルビス先輩が言ってたのは勇者と聖女の展示——」


「お、おい、あの子。聖女の子じゃないか?」

「失言令嬢も一緒だから間違いない。」

「おい、馬鹿!本人がいる前で言う奴がいるかよ!」


 周囲がざわめきたち、緋夏たちの周りから人がはける。


「おお、モーセの十戒みたい。」

 あんなに混んでいたのに、歩きやすくて結構なことだ。ただ、変に注目されるのは気分が悪い。


「モ…?マーレの海溝ではなク?」

 コニアは逆に少し気分が良くなったらしく、ちょっと悪い笑みを浮かべている。


「ん?うん、それそれ。」


——それにしても”聖女の子”か。やっぱ入学式でエドマンド教授も言っていたけど、いずれは広まっちゃうもんなのね。

——チャリルなんて”失言令嬢”だって。子どもってひどいあだ名をつけるわよね〜。


 ふと、緋夏はチャリルが辛い思いをしていないか、その表情をチラリと覗く。

 しかし、チャリルはいつもと同じように——いや、苛立ちを隠せないで、噛みつきそうに見える。


 緋夏は「まずい」と感じ、チャリルをなだめに入る。

「チャ、チャリル?怒っちゃダメよ。言わせとけばいいのよ。ほ、ほら、誰かが言ってたわ。なんか…自分より下の人見て笑ってるやつは大したことないとかなんとか…。」


「…よろしいんですの?放っておいて…。」


「うんうん、放置が一番!」

 緋夏はチャリルに大人の対応を見せつけ満足する。

 そして、そのままの足でちょうど空いたスペースを使って展示に向かう。


 三銃士とアンネリーサもその緋夏の背を追う。


「っぱり、失言令嬢は格が違うな。」

「…あれじゃ、取り巻きも大変だな。」

「……でも抜けてるとこ可愛くありません?」

「確かに!」


 一行が歩き出すのを見て、背後から群衆の中の誰かの呟きが聞こえてくる。


——なんだろう、馬鹿にされてるような褒められてるような…。

——というか……失言令嬢ってわたしのことじゃね?……。

——知らん知らん!エメルダは〜?気にしな〜い!


 悪口としか思えない酷いあだ名だが、緋夏は涼しい顔で歩き去る。なぜなら、大人だから。そう、気にしてなどいないのだ。


 勇者と聖女についての展示というのは、お客が集まるだけあって見事なものだった。史実に基づきまとめられた展示のブース、逸話や御伽話のブース、そして、魔王との決戦のブース。

 そのブースの中で五年生らしき美男美女の先輩たちが解説を話してくれるのだ。一際賑わっている魔王との決戦のブースにはオルビス先輩がいた。


「おや、新たな見学者が来てくれましたね。みなさん、少し場所を空けてあげてください、彼女たちは一年生ですから…。」

 普段よりよく響く、良い声に迎えられる。拡声魔法だろう。ゲームでもよく登場していた。


「えー、続けますね?サターニア王国各所に点在した魔王信仰者たちの村で内紛が勃発し続けていたわけです。それを鎮静に向かいたい王国軍ですが、現在のブライアロード領となる国境地帯では魔王軍との睨み合いの状況が続き、うって出られなかったのです。国内は荒れに荒れて、酷い状況でした。そこで魔王の居城のある、はるか北方のクラーク海に向けて勇者カストロと聖女ジョアンヌ、そして土魔法使いオーギュストは旅立つわけですね。サターニア王国を出た先は魔王軍が至る所に存在する危険地帯です。そんな中彼ら三人は一年という時間をかけてクラーク海に辿り着きました。この道中幾度となく戦闘になり、まともな休息というものは取れなかったとオーギュストは妻に宛てた手紙の中で言っています。」


——ブライアロード!へ〜、わたしの住んでたとこ戦場だったんだ。

——それにしても人の名前でいっぱい。誰が誰だよ。勇者カリオストロさんと、ジョセフィーヌのねえちゃんに、オーギュストじいさん…?


 オルビスが熱心に解説してくれているが、いかんせん後ろの方にいる緋夏たちには文字が見えない。かっこいい勇者一行の絵も見えはするのだが、顔の識別もつかないのだ。


「——魔王軍の居城の周囲には、魔王による支配の魔法で魔物と化した魔法生物が放たれていたそうです。昼夜を通して、凶暴な魔物に襲われ続け、およそ一週間、戦闘を続けながら、魔物を食らいながら、彼らは居城を目指します。」

「ここから先は、魔王軍の捕虜の証言となります。彼ら自身の手による記録は残っていません。」

 オルビス先輩は解説していた展示を外に移動させ、代わりに何十枚とあるボロボロの手紙らしきものを映した絵を持ち出してくる。


——何百年と経ってもあんな紙、残ってるもんなのね。…あーでも、日本でも秀吉とか信長の手紙、残ってた…っけ?


「今皆さんにお見せしているのは、決戦時魔王の居城内にいたとされる兵士たちの家族に宛てた手紙や遺書ですね。」

「内容から推測される事実を列挙すると、居城内で爆発。次に空に山が出現し、城が半壊。ここで勇者一行が魔王軍に発見されます。」

「こちらの手紙には、数分前まで一緒に食事をしていた男が急に立ち上がり、呪文の詠唱を始めたと書かれています。この男がおそらくオーギュストです。」

「ここで、魔王が勇者の襲撃を伝達。しかし、再び勇者たちは姿を眩まします。連日捜索が行われ、勇者と疑わしき者たちは魔王の手で処刑されていったそうです。」

「しかし、ある時突然に、目も開けていられないほどの光が城を包み、気がつくと魔王の姿は無くなっていた。すなわち封印されていた、とのことです。」


——え、終わった?


 静かに解説を聴いていた学生たちがどよめく。

「え、終わり?魔王との一騎打ちは?」

「カストロ様が重傷を負いながらも、魔王の腹を貫いたシーンとかは?」


「おっしゃられているのは有名なカストロ戦記のワンシーンですね。それらは、あったかもしれない場面の創作です。」

「しかし、まるきり嘘とは言えない。ただ、確認できる事実は今お話ししたものが全てということです。勇者一行は誰も帰らず、居合わせた者たちの記録頼りなので…。」


——なーんか、尻切れ蜻蛉ね。肩すかし——


「なんという壮絶な旅なんでしょう!!勇者様たちは自分の命もかえりみず……!」

 アンネリーサが滂沱の如く涙を流している。


 ギカーナも隣でハンカチを使って顔を覆い隠し、肩を振るわせている。


 緋夏の隣からアンネリーサの言葉に反応が返ってくる。

「言われてみれば、確かにそうだよな…。一年も休む間もなく戦い続け、その後魔王城に突入して…。たった三人の旅だったんだろ?いつ死んだっておかしくない。でも、やり遂げたんだ…。」

 同級生で悪魔族のクロードだ。見れば彼も二人の友だちと解説を聴いていたらしい。


「ちょっと人間離れしてるよな。」

 小人族らしい、ツリ目の男の子が言う。


「俺、クロードとヨハンとじゃ、一日と持たない気がするよ…。」

 額からの一本角が特徴的なブロンドの髪の男の子は項垂れる。


「うるさいぞタコ。」

 クロードがブロンドの髪の子の頭をはたく。


——ひどっ、きょうびタコなんて罵倒、お笑いでしか聴かないわよ?


「タコさんたちは他の展示はもう観たんですか?」

 アンネリーサがハンカチを片手に問う。


——まさかの本名、タコ。角の生えたタコ…。


「うん、結構面白かったよ。たださ、この展示、赤髪の先輩んとこがイッチバン面白かったよ。じゃあな、アン、俺たち別んとこ行くよ。」

 タコはクロードたちに目配せして人だかりをかき分けて去った。


 緋夏も正直人混みと立ちっぱなしなのが辛くなってきていたので帰りたかった。だが、三銃士たちは思った以上に乗り気で楽しんでいた。

 途中、アンネリーサが以前借りた本を返しに行くと言い出した時、一緒に移動して図書室を出ようかとも考えた。しかし、なんとなくそれをするのはやめて、黙って付き合うことにしたのだった。


———


 夕方。

 日は傾き、茜色の空が眩しい。いよいよ、聖アウロラ魔法学院を乗せた亀は海岸までほど近いところにいるらしい。波の音もうっすら聞こえる気がする——というのは流石に嘘だ。ただ、海が近いのはなんとなくわかる。


 茜色の空の中、魔法学院のデートスポット、庭園の中を緋夏たちはゆっくりと歩いていた。庭園では『珍しい植物展』が開かれていて、その帰りだ。


「綺麗なお花がたくさんでしたわネ!」


「十年に一度咲くお花が見れたのは奇跡ですわ!あたくしたちを祝福してくれているに違いないですわ〜!」


 前を歩くコニアとギカーナがきゃあきゃあとお喋りしているのを緋夏はぼんやりと聞いていた。


——家族サービスは昨日して今日は友だちと遊んでるつもりだったけど…。なんていうか…子どもいないけど娘と歩いてるような気になってくるわね。


「…エ、エメルダ様。もしかして…朝のこと、気にしておられますの?」

 チャリルがおずおずと尋ねる。


「……?えっ…と——」

 心当たりが思い浮かばない緋夏は、唐突な話題転換についていけず、その答えに窮してしまう。


 アンネリーサが緋夏の手を取る。

「や、やっぱりそうですよね…。わたしもエメルダ様のあだ名広めないでってお友だちには言ってるんですけど…。」


「ぁ、あぁー!酷いあだ名つけるわよね〜、子どもって!」


 アンネリーサは緋夏の顔を見て、抱きついてくる。

「エメルダ様!そんな強がりを言わなくて良いんですよ!わたしたちには弱音吐いたって良いんです!お友だち、いいえ、親友なんですから!」


——うひょー!アンちゃんの抱擁!アンちゃんの抱擁!


 チャリルは遠慮がちに緋夏の腕を取って抱き寄せる。

「エ、エメルダ様!チャリルだって…頼りないかもしれませんけど、お話を聞くくらいはできますわ!」


「あらあら、うふふ、気にしてないわよ、おほほほっ。」

 思わず漏れる緋夏の下卑た笑い声。


「——あ、ずるいですワ!わたくしもエメルダ様とハグしたいですワ〜!」


「あたくしだって!」


 コニアとギカーナもくっついてきて、緋夏たちはお団子になって寮に帰った。


 服をくしゃくしゃにして帰った緋夏を、リィサは少しだけ物言いたげな顔を浮かべたものの、「楽しかったんですね」と一言だけ言って迎えてくれた。

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