第26話 「元一般女性さん、学芸大会を見学する②」
第27話は10/21(水)に投稿します。
よろしくお願いします。
魔法史の教室の中は静然としていた。展示物が丁寧に飾られており、普段の授業をしている時の面影はなさそうだ。
あらゆる資料が挿絵と共に壁際やパーテーションに飾られ、脇にその資料の解説が書かれている。
順路が決められているようで、足元の矢印に従って見学を始める緋夏とリィサ。
挿絵を見ていると、ファンタジーでよく見る魔法陣で魔法を使っているような様子も見られた。床に広げた紙に描かれた魔法陣が発光してにょきにょきと植物のようなものが伸びているような絵だ。
「魔法陣ねえ。描くの大変そう。」
ポツリと呟く緋夏。隣にいるはずのリィサに話しかける——というほどのものではないが、感想を漏らす。
しかし、それに応えたのは——
「うむ、エメルダ嬢の言う通り、魔法陣は描くのが大変なので廃れたな。それに魔力の損失が多く、使い勝手も良くなかった。そこから研究が進み魔導術論という学問に発展したわけだ。」
後方で見守っていたらしいエドマンド先生だ。
ほんの少しどきりとした緋夏は軽く飛び上がる。
「へ!へえ。呪文はなかったんですか?」
——他の見学者のとこ行くとか、呼び子続けりゃ良いのに…。
そう思って見回すが、他の見学者は静かに控えているリィサを除けば数人しかいない。
「もちろんあったとも。しかし、術式に関する研究はまだ進んではいなかったため、極めて単純な魔法現象を起こすのみだった。今でいう基礎魔法しかなかったのだ。ただ、侮ってはならん。魔力制御に関する技術は今とは比較にならぬ程に優れていたと言われている。単純が故に発現する魔法の規模は大きかったそうだ。」
——そういや、どっかで昔の魔法使いは凄かったみたいなの読んだ気がするなあ。
——魔王がやたら強いのもそんな時代から生きてるからとかなんとか…。あっ、なんで強いのかってもしかして…。
「魔力損失が少ない…みたいな?」
エドマンド先生は緋夏との会話が楽しくなってきたようで、にまーっと笑顔が広がる。
「そう!史料から試算した研究では、損失率がなんと!2%を切る魔法使いが大勢いた!らしい!」
「中でも、特に優秀な魔法使いには属性を冠する名を贈られるのだが…。」
——ゲームでは特に出番なかったあの設定かな?
——ちょっと恥ずかしいミドルネーム…。
「あ、あのサンクトフレイムみたい、な…?」
「うむ!その通りだ!嬉しいことに現代には四人もいるのだよ。」
「まず、火属性の権威、”サンクトフレイム”を冠するのはティターノ・サンクトフレイム・サターニア王子だ。」
「そして、土属性の権威、”テラ”の名を持つ我らが学院長、ガルドリック・テラ・アストロラーデ!」
「光属性と無属性は名前ではなく、称号になるが…聖女と、勇者だな!」
エドマンド先生は「こんなにも話せる子がいるとは」と、それはもうハッスルしている。
だが、ちょうど話題の人物たちが教室に入ってきて——
「エドマンド先生、ちょっと語弊がありますのでやめていただきたいですね。」
ティターノ王子は無表情に努めた顔でエドマンド先生を嗜める。
隣にはダリウスと、なんとアンネリーサまでいる。
「む、ティターノ王子。」
「わたしは王族で、火属性に適性があるがゆえにサンクトフレイムを名乗らせてもらっていますが、対外政策のためでしかありません。本来なら名乗るべきではないのですから…。」
ティターノ王子は毅然として言う。その表情には僅かな悔しさが滲む。
「し、しかしティターノ王子も大変優秀な魔法使いだとわたし、は…。」
エドマンド先生は食い下がる。だが、ティターノ王子の瞳を見て言葉を続けられなくなる。
そこで、口をつぐんでいたダリウスも口を開いた。
「先生。ティターノ君は聡明な方だ。実力に見合わぬと彼が言うなら、それに間違いはないのだろう。」
「俺たちにしてもそうだ。優秀だからなどではない。まだ、役割を与えられたに過ぎない。」
「む、むう…。大変失礼致しました。」
まるで叱られた子供のようにしょんぼりとするエドマンド先生。
まるで四面楚歌なエドマンド先生を可哀想に思った緋夏は続きを話させてあげることにする。
「…水と、風はなんでしたっけ?」
「”マーレ”と、”アウラ”である。——昔、わたしらが若い時分は誰もがこの名を目指したものだ…。」
エドマンド先生は答えてくれるがすっかり肩を落とし、覇気を無くしている。
なんとなく重くなった空気を破るようにアンネリーサが口を開く。
「——エ、エメルダ様とリィサさんもこちらにいらしてたんですね!」
「うん、アンちゃんこそ。お友だちってダリウス君と…ティターノ王子?」
「そうですね、ちょっと…一緒に周らせていただいてます。」
「エメルダ、こんにちは。”王子”はやめてね。」
ティターノ王子は緋夏の目を見てにっこり笑う。それはもうニコニコだ。
——何が面白くって笑ってんのかしら…って言ってあげるのもあれか…。
——ってーか、なんでこんなに懐かれてんの?見た目は…まあリィサのおかげで?エメルダだし?良いけどもさ!
「…ご、機嫌よう。魔法史はとても興味深いですわ。展示をよく見て行かれると良いと思いますわ。」
「だから、わたくしたちはこれで失礼しますわ。」
気取ったお澄まし顔で、適当にあしらおうとする緋夏。
「おや、もう行ってしまうの…。次はどこへ見学に行くんだい?」
ティターノ王子は拍子抜けした顔をする。
緋夏が想定していない質問がくる。”どこでも良い”が、”どこか”は答えないと流石にまずい。
「つ、次は…あの、あれですわ。なんか部活棟行きますわ。」
「へえ…?あそこ何か展示していたかな?僕も一緒に行っても良い?」
「えぇ!?…きっ…今日は!この子とデートなんで!ごめんなさい!」
緋夏はすっかり影のようにその姿をどこかに隠しているリィサを見回して指差そうとする。だが、見つからない。
——あれぇー!?いない!
——いやだ、行きたくない!変に緊張するし、何より、なんかこう…”なんか”なんよ!
「デート…。あー…そうか。すまないね、突然。困らせたね。」
「——じゃあ、また…。」
「——君たち行こうか。」
混乱したらしいティターノ王子は、ダリウスとアンネリーサに声をかけ、入ってきたばかりの教室の扉に向かって歩き出す。
「…ごめんなさい、せっかくなのでわたしはもう少し見て行きます。」
アンネリーサはぺこりと頭を下げる。せっかくの両手の花を手放すらしい。花と思っているのかはわからないが。
ティターノ王子は混乱したままのなんとも言えない顔でこくこくと頷き、ダリウスを連れて教室を後にした。
エドマンド先生は、せっかくの展示を披露する機会を一つ失い、さらに残念そうにしていた。




