第23話 「元一般女性さん、久しぶりに試験を受ける」
投稿が遅れてしまい失礼しました。
第24話は10/12(月)に投稿します。
よろしくお願いします。
唐突だが、緋夏は決して頭が悪いわけではない。
ただ、勉強にやる気が湧かないのだ。特別興味もないことを一生懸命に取り組むなんて苦行なんてものではない。つまり、学校の授業は授業中の退屈凌ぎに一応真面目に聞いて、あとは一切勉強しなかった。親が怒るので「赤点だけは取らなければ構わないだろう」という気持ちで試験に臨んできた。
結果そこそこの中の上くらい学力の大学で、興味もなにもない経済学を適当に勉強して、何となく卒業し、何となく受けて内定をもらった電気設備の施工管理の会社に就職した。
だから、エメルダ・ブライアロードとなり、この世界で学生に戻った時、緋夏は魔法を学べるという一点のみでうきうきする気持ちもあったものの、勉強することについては何よりも「面倒くさい」という気持ちが強かった。
魔法の実技の練習をひたすら繰り返しているくらいが性に合っていたのだが——
魔法系の科目というのは分類するなら、もちろん理系科目だ。ただ、この世界では魔法系科目と呼ばれ、理系科目は理系科目で存在している。文理魔に分かれるというわけだ。聖アウロラ魔法学院は魔法系に力を入れている学校だ。だから、いくら文理の成績が良くても、魔の成績が悪ければ進級も危うくなる。
そういうわけで、文系の緋夏にしてみれば魔法系科目は厄介極まりない科目になる。
少し救い——と言えるかわからないが、一年生時点では魔法実技の評価はない。二年生以降で本格的に魔法を学び始めてからようやく評価を受けることになる。だから、一年生ではあくまで筆記試験で成績を残さないといけないわけだ。
エメルダの若い脳みそがなければ、おそらく落単してしまうに違いない。
試験内容は思った通り小難しい。
魔法力学の試験なら、授業で習った魔力損失の計算を、ややこしい魔力回路の問題で解かさせられる。魔法生物学はまだ優しいかと思えば、遺伝形質や、魔法生物の発生について、あるいは魔法生物の分布などを問われた。
試験中。
ひとつ空けて隣の席には授業でよく発言している、悪魔族の生徒クロードがいる。学籍番号順なので、アンネリーサも三銃士の席も緋夏の席から遠い。
「え〜と?表題の魔力回路はなんの魔法現象を表しているか答えよ。これはまだ良いわね。——で?また、この魔力回路で想定される、魔力損失量を求めよ。魔力つり合いの公式を使うこと〜?…はあ…。」
試験中なので、緋夏は口の中で呟く。
——出たでた、出ましたよ!わかってはいたけど、しちめんどくせぇ〜!魔力損失なんか求めて何になるってのかしら?損失を少なくなるように工夫したらいいじゃないの。第一、ある程度は目安表だってあったじゃないのよさ!
「エメルダ嬢、私語は慎むように。」
試験手伝いの上級生の女生徒に叱られる。
緋夏が彼女の言葉に顔を上げる。すると、クロードが気まずそうに視線を逸らして自分の答案用紙に目を落とすのが目に入る。
——何よ、何よ!い〜っだ!考える時には口に出して整理した方が分かりやすいんだもん!けーっ!
終始こんな感じで、緋夏は試験の悩ましさで疲れるというより、問題解答の面倒さに苛立って前期試験は終えた。
———
「みなさん、試験はいかがでした?」
アンネリーサが問う。
試験が終わった足で、緋夏たちは食堂に向かいお茶を飲んで一息ついていた。
「どうもこうも、なるようにしかならないかな。」
緋夏がため息混じりに答える。感触は悪くない。それなりに頑張ったので、赤点はないはずだ。ただ、「公爵家令嬢として〜」なんて追求が誰かからあるような気がしてならない。
——リィサは…そういうことでは怒ったりしない気がする。でも、他のお父様やらが、キレてきそうな気が…。するような、しないような?
「エメルダ様ならきっと大丈夫ですわ!」
ギカーナが言う。
「わたくしは、魔導術論がわからなくって、そればかり勉強していたので、逆にそれ以外の科目の対策がちょっと……」
「ふっ…ギカーナらしいですわね。でも、あなたのことだから当然に良い成績な気がしますけど…。」
チャリルが微笑む。
「そういえばコニア、発表って——」
緋夏が、コニアに学芸大会での予定を尋ねようとしたとき——
パーパパッ パーパパッ パッパーン
「何…?ラッパの音?」
どこか聞き覚えがあるようでないような、その破裂音に緋夏は警戒してしまう。
しかし、コニアは心当たりがあるようで朗らかに答える。
「試験終了後すぐにコンサートをするというあれではないでしょうカ?」
「あぁ…!そういえばなんかどっかで聞いたような…。」
緋夏たちと同じように食堂にお茶を飲みに来ていた生徒たちもにわかに色めき立つ。
屋外から聞こえたラッパのような管楽器の音色の後に、コニアの予想通りに吹奏楽部の演奏が始まる。
それは学芸大会の始まりを告げるものだった。
———
試験終了後に始まったコンサートは、肩の荷が降りた生徒にとっては解放感溢れるものだった。
学院の庭園横の広場には生徒が集まり、演奏に合わせて踊ったりしている。
それを遠目に見ていると、緋夏もなんだか楽しくなってくる。
ただ、これは文化祭みたいな気軽なイベントではない。この後に控えるのはお祭りではなく、研究発表や文化活動の紹介だ。
「そう。さっき聞き損ねてたけど、コニアはいつ研究発表するんだっけ?明日でいいんだっけ?」
緋夏は頬を緩ませて音楽を聴きながら、改めてコニアに尋ねる。
コニアは表情が少し固くなり、低い小さな声で呟くように答える。
「明日の朝一番ですワ。五分間の発表と三分間の質疑応答があります、ノ。」
「あぁ。どうしましょウ。緊張してきてしまいましたワ。」
コニアの声が震え始める。
緋夏は何気なく話を振っただけだが、コニアの様子に申し訳なくなってくる。
「そう…。あの〜、良かったら発表の練習付き合おっか?今晩にでも…。」
いつになく縮こまって見えるコニア。
「そんな、も、申し訳ないですワ…。でも、お願いしてもよろしいでしょうカ…?」
「うん、もちろん!」
緋夏は微笑んで答える。
「わたしたちもお付き合いしますよ!」
アンネリーサがにっこり笑って、コニアの手を取る。
「途中、何度も手伝ったんですわよ?最後まで手伝うのは当然だと思いますわ。」
アンネリーサの隣でお澄まし顔のギカーナもお茶を手に持ったまま言う。
「…試験も終わってようやくゆっくり眠れると思ったんですけど…。はあ。仕方ありませんわね。」
口だけの憎まれ口を叩くチャリル。「いやいや」言いながらも付き合ってくれる彼女は、もしかすると一番友だち思いかもしれない。
その夜。
緋夏たちはコニアの部屋に集まった。
貴族令嬢にとって完全な私室とも呼べる部屋に他人を入れるのはタブーらしく、訪れるのはこれが初めてだった。しかし、コニアが「今晩ばかりは」と招いてくれたのだ。
緋夏は「いつかは自分も彼女たちを招こう」とそう思ったのだった。




