第22話 後編 「元一般女性さん、生物部を見学する」
第23話は10/10(土)に投稿します。
よろしくお願いします。
「あ、コニアちゃん。お疲れ様。——おお!かわいい女の子いっぱいじゃんか!みんな入部希望かな?」
「ご機嫌よう。ウォルター先輩、わたくしのお友だちなので、不躾な態度は控えていただきたいですワ。」
コニアは事務的な笑顔でウォルター先輩を扉の前から押し除ける。
「へえ!お友だち!じゃ、挨拶しないとだ!」
押し除けられたにも関わらず、戻ってくるウォルター先輩。
「えーと?ご機嫌よう?皆様、俺…わたくし?はカイヤンの街のウォルターでございますです。」
ウォルター先輩はお辞儀をする。話し言葉はちょっと残念だが、お辞儀は綺麗だ。やり慣れているに違いない。
「言葉が無茶苦茶ですワ!」
「別に良いじゃない、そんなこと。大事なのは気持ちだよ。それに、そんなの気にする奴周りにいないぜ?」
「諦めてるだけですワ…。」
「カイヤンと言えば、南部の港町…ですよね?」
アンナリーサが尋ねる。
「うん!よく知ってるね!魚がうまいよ!えーと、君は…?」
「あ!ヘルンの町のアンナリーサです!」
「で、ギカーナ様、チャリル様、エメルダ様です!」
「おお!コニアちゃんがよく話してる子たちだね!あ、みんなお貴族様…だ…ですよね?ごめんなさい、俺、敬語苦手で…。」
「…耳障りな話し方されるくらいならそのままで構いませんわ。」
顔を顰めたチャリルが言う。しかし、嫌悪感が無さそうな、そんな感じがする。つまり——
「普通に喋って良いよって言ってるわね。」
言葉通りに聞けば毒しかないその言葉を、緋夏は通訳する。
「それは助かる!敬語って苦手なんだよね、俺。家の手伝いしてお客と話す時とか、親父にどやされ——」
「何か!用があって外に出てきたのではなくテ!?」
コニアが少し大きな声を出す。
「そうそう!俺便所に行くとこなんだ!また後で話そう!」
「まあ!」
ギカーナが声を上げて顔を赤らめる。
「ごめんなさいネ。まだ誰も来ていないと思ったんですけド…。」
「あの先輩、あの通りの人なんですノ。わ、悪い人ではないし、生物学についてはとても優秀な方なんですのヨ?」
コニアが申し訳なさそうな顔をする。
「ぶ、部室に入りましょウ!研究室でもありますので、研究資料には手を触れないでくださいましネ?」
コニアの導きで部屋に入る。
部屋はパーテションで大きく二つに区切られている。何やら器具や剥製の収められた棚のある場所と、紙の資料などが整理された場所がある。資料がまとめられた場所の、手前の壁際に部員の席らしい机と、中央に大机、そして奥にスタッグホーン先生の席らしい場所がある。
その部屋は芳しい香りがした。臭気ではないが、例えるなら森の腐葉土とか、生き物の毛から熱が無くなったような、そんな匂いだ。
「…独特な匂いですわね。」
チャリルが呟く。
「あ、チャリル様、この匂いは大丈夫ですか?」
アンネリーサが呟きを耳にして、チャリルを振り返る。
「別に強い匂いではないから大丈夫ですわ。あ、ありが——」
「ねえ、コニア!こちらの動物はなんという名前なんですの!?」
ギカーナが棚に収められた剥製の一つを眺めながらコニアに尋ねる。
「それは、プランティーヌですワ。植物の特徴が混じった少し変わった犬の魔法生物ですノ——」
緋夏もギカーナの隣に剥製を見るべく移動する。
——あーあ、チャリルがデレたのに遮られちゃった。
——それにしてもすごい部屋ね。見たことない動物ばっかり…。生態系はどうなってんのかしら?
「ねえ、コニア、魔法生物って魔法も使えちゃうわけじゃない。生態系って上手く維持できるもんなのかしら?」
「え?えート…生態系の維持…ですカ?」
たったっだっだっ ばん!
勢いよく扉を開ける音がする。
「——かわいいお嬢さんの質問には俺が答えよう!」
ウォルター先輩が戻ってきた。
騒がしいウォルター先輩に、ちょうどコニアに聞いた質問をもう一度投げかける。
ウォルター先輩は真剣な表情になり、一度目を瞑ってから話し始める。
「——ふんふん、なるほど、生態系の維持について知りたいと。」
「君の言うとおり、魔法が使えると身体の大小に関わらず、食物連鎖が狂い、生態系のピラミッドが崩壊してしまいそうな感じがするよね。でも!魔力の保有量で考えると、小さな身体の生物が発現させられる魔法現象はごくごく限られたものになる。それは主に逃走や、身を隠すのに使われるね。逆に!身体の大きな生物はどうだろう?魔法、必要かな?身体が大きいというのはそれだけでアドバンテージだ。魔法は主にその巨体を上手く操るのに使われているね。飛んだり、跳ねたり、まあ時々は狩りで火魔法だの土魔法だの使ったりするけどね。」
「へ、へえ。」
情報量の多さに目を回してしまいそうな緋夏。
「お詳しいんですね!ウォルター先輩!」
アンネリーサが目を輝かせて言う。
ウォルター先輩が少し照れたように笑い、口元を手で覆う。
「ふふん!まあね!もっと聞きたいなら、今度一緒に食事でもどうだい、アンネリーサちゃん!」
「やめてくださイ!ウォルター先輩!アンちゃん様もあんまり煽てないでくださいまシ!」
コニアが憤慨する。
「なんだいなんだい、嫉妬かい?嬉しいね、コニアちゃんならいつでも大歓迎だよ。」
ウォルター先輩はにこにこしてコニアに言う。
「むきーっ!わたくしそんな軽い女ではありませんワ!」
コニアは手を振り回しながら抗議する。
——わあ、コニアむきーって言った。怒ってあんなこと言う人現実にいるのね。
そして、抗議を聞いたウォルター先輩は至って真剣な表情になる。
「なにを!俺は真剣だよ!コニアちゃんみたいに賢くて優しくて、誇り高い女性、なかなかいないよ!」
その声音に嘘の色は感じられない。
「お、お、おだまり!この平民がッ!」
コニアも本気らしいのを感じ取ったらしく、みるみる顔が赤くなる。怒っているはずなのに、言葉尻はちょっと柔らかく聞こえる。
緋夏はちょっと助けてあげる気持ちでコニアの肩を抱いて、ウォルター先輩に背を向ける。
「まあまあ、落ち着きなさいよ、コニア。この手の輩は適当に相手すんのが一番よ。嘘…とまでは言わないけど、本気と考えるのもアホらしいわよ。」
「俺は本気だよー、エメルダさん。」
ウォルター先輩が後ろで何か言っている。
「…”エメルダ様”ですわ。この国のナンバー2のお家のご令嬢ですわよ。」
チャリルが少し怒気を感じさせる声音で訂正する。
少しだけ、空気がピリつく。
そんな空気を壊すようにアンネリーサが躍り出る。
「あぁ…!わたしとは遊びだったんですね!先輩!」
アンネリーサは少し嬉しそうに、芝居がかった言い方をする。
「おお…!アンネリーサ、ちゃん!遊びだなんて、そんなこと!君と過ごした時間はどれも艶やかに僕の中で輝いているよ!」
ウォルター先輩もアンネリーサのノリに合わせて返す。
「ふん、アホくさ、ですわ…。」
チャリルはアンネリーサが場をとりなしたことに溜飲を下げ、そっぽを向いて部室の椅子に腰掛けた。
「そんなことよりさ、生物部の見学に来てくれたんだろう?コニアちゃん案内した?」
ウォルター先輩はさっきまでのやりとりが無かったかのように、話を切り替える。
「はあ?——ま、だですワ…。お話を始めようとしたところデ…。」
「ダメじゃないか!部活動の内容、実績、部員数とか色々話すことがあるでしょう!」
ウォルター先輩がびゅうびゅうと先輩風を吹かせる。
——どの口が言うんだろう。線路上に置かれた石のくせに、脱線したことを詰めてくるなんて。
不服そうな顔のコニアが紹介を始める。
「…生物部の活動内容は主に二つ。生物の研究及び学習、付随して生物学会への発表。それと、魔法生物の飼育管理ですわネ。まあこちらはスタッグホーン先生と学院の職員の方のお仕事とのことですので、お手伝いですけどネ。」
「わあ、真面目。」
感想をそのまま口にする緋夏。
「大変そうですね…。」
真剣な表情で聞き入るアンネリーサ。
「ちょっと興味あったんですけど、かわいい動物と触れ合いたいとか、そんな浅い気持ちでは難しそうですわね。」
残念そうなギカーナ。
そんな三者三様の引いた様子に、ウォルター先輩が口を開く。
「コニアちゃん!これもいわば営業、生物部を売り込むんだ!部員になりたくなるようなそんな説明をしないと!」
「え、えぇ…?難しいですワ。」
「生物の研究と言ったね。具体的に何を研究するかにもよるけど、俺の場合は生態の解明に重きに置いている。つまり、フィールドワークさ!珍獣を追って野を越え山を越え…。山奥の静かな広場にテントを張って、虫の音を聞きながら穏やかにコーヒーを淹れたりね。そうして調べたことをいい感じの梗概にして、発表すりゃいいのさ。簡単だよ。」
「それに、学内で飼われてる子たちのお世話も楽しいもんさ。世話してりゃ、やっぱり顔を覚えて懐いてくれるんだ。ご飯入れたバケツ持って近づけばモテモテだよ!ふわふわの毛並みも触り放題!」
「そう聞くと、なんだか楽しそうですね。まあ、野宿みたいなこと、ちょっとできませんけど。お風呂入りたいし。」
緋夏は気のない答えを返す。元々、部室に興味があっただけで部活動に興味があるわけではないから仕方がない。
「持ち帰って検討させていただきますわ。——じゃ、そろそろお暇しようかしら。」
それなりの時間を部室で過ごした気がする。なんとなくお腹が空いてきたからだ。
「ああ…もうお帰りになりますノ?また…先輩のいない時に見学だけでもいらしてくださいましネ?」
「ちょっと、ちょっと!除け者にしないでよ!」
ウォルター先輩はコニアの肩をぽんぽんと叩く。
「コニアはこのまま部活?」
鬱陶しそうにウォルター先輩の手を振り払いながら、コニアは答える。
「ええ、そういたしますワ。」
「また遊びにきますね!」
アンネリーサがにっこり笑って言う。
そうしてコニアに「また夕食のときに」と声をかけて、緋夏たちは生物部の部室を後にした。
———
半月ほど経った頃。
当初は、部室が遠いのであまり訪れることはなさそうに感じていた緋夏だった。
だが、時が過ぎれば状況は変わるもので、研究の発表資料まとめが追いつかなくなったコニアは、緋夏たちに助けを求めた。そうして、アンネリーサたちと共にコニアの試験勉強の方を手伝いにちょくちょく生物部を訪れるようになっていた。




