第21話 前編 「元一般女性さん、ついていく」
第21話後編は明日に投稿します。
よろしくお願いします。
「——せ、先生!協力者って、魔耐ラットですか!」
準備室の大きな机の上の籠が置かれ、その中で体長二十センチほどの大きなネズミが鼻をヒクヒクとさせていた。
魔耐ラット。
件の爆発の原因となった魔法生物だ。脱走後は学院内を闊歩し、生徒たちの部屋にも侵入して大変だったという噂だ。そのとき緋夏は医務室でひっくり返っていたので、事件の時に足をかすめたあと、一度も接触の機会はなかったが——
メディカ講師は籠の上に手を添えて説明の体勢に入ったところで固まっていた。そして、生徒たちのざわめきに眉を顰める。
「…?あぁ…。」
「——はい、そうですよ。」
メディカ講師が何かを察した顔をする。しかし、言及する気はないらしく、話を続ける。
「彼らなくして魔法薬学の発展はありませんでした。魔法薬学の歴史は魔耐ラットの歴史と言っても過言ではありません。」
「彼らには魔法耐性があります。そう…適正属性の話を少ししましょうか。属性は遺伝で決まらないと言うのが通説ですね。それは一部正しいですが、一部間違いです。生物が魔法を使用するとき、魔力を体外に放出します。この放出の際に通るのが魔孔ですね。魔孔によって属性が決定します。この魔孔がどうであればどういう属性に決定されるかはまだ研究途上です。少なくとも形状は遺伝するのですが…。遺伝が無関係なはずはないのに、無関係とされる所以ですね。」
「そして、魔耐ラットは各属性への耐性を持つラットの選択交配の結果、生まれた生物なのです。」
「魔法薬は生体に投与してその効用を確認するという過程をどこかで行う必要があります。」
「そこで、彼らラットに——特に魔法に強い耐性の持つ彼らに投与させてもらうのです。」
「かわいそう…。」
生徒たちの間から、そんなささやき声が漏れる。
「ええ、もちろん、これまでの歴史の中で失われた命は数多くあったでしょう。生命の営みは他の生き物を害することと言っても差し支えないと思います…が、彼らに対する感謝の心を忘れてはならないでしょう。」
メディカ講師は目を細めて俯く。今日一番、表情に感情が出ている。
「実験動物だからと言って軽々に扱うことのないよう。彼らは”協力者”です。」
「まあ、ご安心ください。学術のために協力してもらいますが、命を奪うような危険な薬の実験は行いませんから。」
今度は明らかに少し微笑み、話を終わらせた。
「もう少し詳しく彼らのことを知りたい方は、スタッグホーン先生に尋ねるか、学院の図書室を利用すると良いでしょう。この学院の蔵書量は王国最大級ですので…。」
魔耐ラットの紹介を終えた後、今度は生徒が各自で実験器具を手に取りメディカ講師は説明を続けた。
——魔耐ラット、ねえ。…解剖しましょうとか言われなくて良かった…かな。
———
授業後。
お昼休みになるため、少し時間に余裕のあった緋夏たちは植物園から校舎に直接向かわないで、庭園を少し歩いて帰ることにした。
チャリルに外の空気を吸わせてあげたかったからだ。それに魔耐ラットの境遇に少し心が痛んで、気分転換をしたかったのだ。
「わたくし…もう少しラットちゃんたちのこと知りたいですワ…。今までわたくしたちはあんな可愛い子たちの犠牲の上に胡座をかいていたなんて…。」
コニアがぽつりぽつりと話す。
「まあ、ね。」
「わたしたちはご飯食べるし、その食材になってくれる生き物、そして畜産や農業に従事する人がいて、国を運営する人がいて。たくさんの人たちの仕事でわたしたちは生活できてるのよね。」
「頭では理解していたつもりでしたけど、心で理解しましたワ…。」
「あたくしは家が農地運営をしているので…。もちろん大切に扱いますわ、でもあまり気に病んでも仕方ないですわよ。」
ギカーナは普段と変わらない様子で言う。
「…わたくし、もう少しラットちゃんのこと知りたいですワ。図書室に寄ってもよろしいかしラ?」
「あ…チャリル様は、どう——」
「わたくしのことはいいですわよ、みなさんで行ってらして…。先に食堂でゆっくり昼食をいただいていますわ。」
チャリルはアンネリーサの心配の言葉を遮ってしまう。いらぬお世話——いや、心配ご無用ということだろう。
「ごめんね、チャリル。本を借りてきて一緒に見ましょうカ。」
コニアが謝る。
チャリルは何も言わず「気にしないで」と手を振る。そして、食堂に向かってゆっくりと歩いて行った。
———
図書室。
以前、間違って扉を開けてしまってから緋夏は近づいていなかった。しかし、今回は平日の昼日中。扉は常時開放されている。
コニアが図書室に入っていくのに続く緋夏。
今日も”その人”は入ってすぐの場所に座っている。緋夏の中で、現実に会ってから苦手意識がむくむくと育ってきている彼は図書室の受付に腰掛け、本を眺めていた。
「あの、少しお尋ねしたいことがありますノ。」
「む、なんでしょう?」
オルビス先輩が顔を上げる。そして、眼鏡を親指でくいっとかけ直す。
「授業で魔耐ラットのことを学びまして、あの子たちのことをもう少し詳しく知りたいト…。」
「なるほど、お嬢さんは…一年生かな。ふむ…なら、生物学の本より…。」
オルビス先輩は受付の机から蔵書をまとめた索引を取り出してペラペラとめくる。
「うん…。おすすめは『魔耐ラットは勇者なのか』と『夢を見るねずみ』、『薬学博士ラット』。このあたりですね。」
「本の場所は、月の棚、115、325。花の棚の1168です。」
「どうします?ご自分で取りに行かれるのなら、このまま借りて行っても構いませんが、後日寮に届けることもできますよ。」
「自分で取りに向かいますワ。皆様、少しお時間いただいて構いませんかし、ラ?」
緋夏たちはこくこくと頷いて答える。
「あ、あの…月の棚と花の棚って、どこに…。」
アンネリーサが囁くように小声でオルビス先輩に尋ねる。
「ああ、すみません、気が利かなくて。一年生だとそうだよね。」
「俺が案内しましょう。」
オルビス先輩は読んでいた本に栞を挟んでからパタリと閉じて立ち上がる。
「あ…!そんな申し訳ないですワ!自分で——」
「なに、今は昼休みです。それにわたしもここで働かせてもらっていますが、まだ学院に籍を置く学生ですよ。」
「気にしない、気にしない…。」
——はあー!やっぱりイイ男ね。自分と合う気はしないけど。
緋夏は案内を買って出てくれたオルビス先輩にずいぶんと失礼なことを考えてしまう。
一方で、かつかつと歩いて行くオルビス先輩の背中に着いていくコニアは少し浮き足だっているように見えた。




