第20話 「元一般女性さん、魔法薬学の授業を受ける」
第21話は10/3(土)に投稿します。
よろしくお願いします。
一年生の前期もまもなく終わりになろうという頃。
ある朝にリィサが二枚の書状を受け取ってきた。その書状の差出人は両方とも聖アウロラ魔法学院となっている。
「お嬢様、こちらお開けしましょうか?」
リィサが緋夏に尋ねる。既に手にはペーパーナイフを持っている。
「うん、お願い。なんかしら、こんな時期に。」
こういう手紙を開けるだの開けないだのというやり取りは二人の間で何度かしている。それでも尋ねてくるのは、やはり使用人が勝手に主人に宛てられたものを覗き見るのはまずいかららしい。
緋夏が「勝手に開けてくれていいから、内容だけ教えて」と言ったら、リィサはそう教えてくれた。
「前期の成績の送付には早いですしね…。」
「まず一通目です、どうぞ。」
「んーっと…。学芸大会開催…。ああ例のあれか。ふーん?何か発表するなら、申し込み…と、お!見るだけなら誰でも参加していいんだって!」
「誰かお招きしたい方がいるのですか?」
「何言ってんの、あんたが参加すんのよ。」
「わ、わたしですか!?わたしは仕事もありますから…。」
「一日くらい休んだっていいじゃないの。別にそんなお世話してくんなくっても大丈夫よ。」
「いや、まあ、お嬢様のお世話だけなら休んでもいいでしょうが、他の仕事が…。旦那様とお婆様に相談してみますか…。」
「あ、これ、二通目です。どうぞ。」
「ん、ありがと。えっと、これは〜?」
「魔法薬学、開講…。へえ。」
ようやく魔法薬学の授業が始まるという案内だった。
新学期早々に魔法薬品庫爆発の憂き目に遭い、一年生の緋夏たちはまだ授業を受けてもいなかった。それがようやく再開に漕ぎ着けたということだ。
魔法薬学の教室は例の薬品庫の隣、地下の教室らしいのだが、臨時で植物学の教室を間借りして行うと案内には書いてあった。
「別に無理せずに後期からでいいんじゃないの?」
「魔法薬学が、ですか?カリキュラムの問題とかもあるでしょうし、ちょっと無理しないといけないのかもしれませんね。」
「試験まで前期中にやったりしないでしょうね。つめこみで授業されたらたまんないわね。」
緋夏は渋い顔をして呟く。
「そろそろ出る時間ですよ、お嬢様。」
リィサが時計を見て、緋夏に時間を告げる。
「あぁ、そう?また帰ったらちゃんと見るわ。机に置いといて。」
———
翌々日。
緋夏とアンネリーサ、三銃士は校舎に併設された植物園に来ていた。
魔法薬学の教室は、植物学のものを間借りしているためで、その植物学の教室がこの植物園の中にあるからだ。
そして、植物学は三年生時から選択での授業であるため、緋夏たち一年生がこの植物園に足を踏み入れるのはこれが初めてだった。
植物たちが植っている部屋の隣にあるその教室はむせ返るほどの濃密な香りに包まれている。
「すっごくいい香りですねえ…。お花畑の中にいるみたい…。」
アンネリーサが嬉しそうに呟く。
「…どちらかといえば香水の中に沈められたみたい、が正しいんじゃなくて?」
チャリルは少し気分が悪そうな顔をしている。
「チャリルは相変わらず香水が苦手なんですのネ。」
「まあ、これはお花の匂いですからまだ我慢できますけど…。」
席に着いてお喋りをしていると教室の扉ががらりと開き、神経質そうな女性が入ってくる。緋夏たちより少し年上、リィサと同年代くらいに見える。長い黒髪を後頭部で一つのお団子にまとめていて、気の強そうな美人だ。——そして、緋夏の知らない人だった。
「初めまして、皆様。早速ですが、自己紹介をさせていただきます。」
「わたしはメディカ・レメディ。魔法薬学教授が先日の事故の怪我から回復せず、復帰されないまま退任されたとのことです。そういう経緯で、わたしは外部の人間ですが講師に就くこととなりました。」
「では、早速授業を始めます。本日は魔法薬学の基礎知識を学び、使用する器具、そして実験に欠かせない協力者をお見せする予定です。」
メディカ先生は眉をぴくりとも動かさず、つらつらと話を進めていく。
「教科書の一ページ目を開いてください。」
——あ、あー、なるほど。あの爆発で退任しちゃったんだ。また、ゲームとは違う展開が…。
緋夏が困惑の表情を浮かべ唇を噛んでいると、隣で唾を飲み込む音がする。
横を見ると、アンネリーサがチャリルの背中を摩りながら遠い目をして渋い顔をしていた。
それを見て緋夏は気づいてしまう。
——わ、たしときたら…。この子は助けられなかった人を…。
———
「——本日の座学はここまで。色々説明しましたが座学まとめはこちらに記した通り。必要なら板書してください。次の内容に入るため五分後に消します。」
『魔法薬とは、生体の魔力に作用するもので、術式を用いない魔法である。』
『主な効用は三つ。一、魔力で細胞を刺激し活性化する。二、一の逆。魔力で細胞の活性を阻害する。三、魔力の生成を促す。ただし、三については魔力を利用する薬物ではないので、厳密には魔法薬の定義からは外れる。』
——字も綺麗で読みやすいんだけど、先生って感じじゃないっていうか…?他の先生方も教えるのの上手い下手はあるけど…。
授業内容とは関係ないことを考えながら板書を写す緋夏。
淡々と話すメディカ講師の座学は単純明快でわかりやすい。わかりやすいが、とっつきにくさを彼女自身に感じてしまう。
気づけば時間は過ぎ、メディカ講師は黒板の前に立ち——
「そろそろ消して進めて良いでしょうか?みなさん書けましたか?」
「あ…。」
緋夏の喉から細い息が漏れる。
「あとで、お見せしますよ。エメルダ様。」
アンネリーサが緋夏を見てこくりと頷く。
「——次回は簡単な魔法薬の生成を試すので、ここからは使用する器具を手にとって使い方を教えていきます。」
「今日覚えてもらうのは三つ。」
「一つ目は薬草を刻むこのナイフ。薬華ナイフと言います。切れ味が特殊で、薬草、種などは刻みやすいですが、生き物の肌が切れたりはしません。といっても、金属製のナイフなので扱いは慎重に。」
「二つ目は温熱石。調合時、温度調整に使う魔道具ですね。」
「三つ目は調合鍋です。名前のまま、薬を調合するための”ちょっと”丈夫な鍋です。」
メディカ講師が少し微笑んだ——ように見えた。
再び、すんと澄ました表情に戻り説明を続ける。
「基本はこの三点セットです。他は適宜お教えしていきます。」
「では、隣の準備室で器具類と協力者を見てもらいます。移動をお願いします。」
メディカ講師は教室の入り口とは真逆の扉を開いて入っていく。
「さっき笑ってなかった?」
「さぁ…どうでしょうカ?わたくしには家庭教師たちにありがちなお澄まし顔に見えましたけド…。」
———
準備室はまた違った香りが——いや臭いが漂っていた。土と肥料の臭いだろうか。先に入っていった生徒たちに続いて入った緋夏たち。入ってみると生徒たちが臭いのことで少しざわついているのがわかる。
「こっちはこっちでくっさいですわね…。」
チャリルが呟く。チャリルの顔は青くなってきていて、額には汗が浮かんでいる。
「大丈夫、チャリル?先生に言って休ませてもらう?」
「いえ…お気遣いなく、エメルダ様。ありがとうございます…。」
準備室は少し手狭で、メディカ講師の姿が生徒たちに阻まれて見えにくい。不調を訴えるのも苦労しそうなので、「ちょっとも耐えられないほどでないのなら良かった」と緋夏は思う。
そのとき、前方にいた生徒たちの間でざわめきが大きくなる。そして——
「——せ、先生!協力者って、魔耐ラットですか!」
男子生徒の狼狽えた声が響いた。




