第19話 後編 「元一般女性さん、雨の休日を過ごす」
第20話は9/30(水)に投稿します。
よろしくお願いします。
校舎内になんとなく居場所がなくなった緋夏は、当初の予定の通りにぶらりと外に出かける。目的地などないが、とりあえず部活棟に向かって歩いてみる。校舎からも、寮からも遠いので授業でもなければ、中々足を伸ばさないところだ。
もちろんどの部活にも入部する気——というより気力はないが、見ている分には面白かろうという考えだ。
——この世界特有の謎スポーツとかないもんかしら?ゲームではなんか魔法使った競技みたいなの、ちらっとだけ出てたけど…。
部活棟の横は何度か通ってきたが、そういうのは見た覚えがなかった。
部活棟のそばで何やら練習に勤しんでいる部活は走ってみたり、跳んでみたり、球を取り合ったりしているばかりだ。正直ルールも、そもそも競技名も知らないのだが、野球とかサッカー、陸上と大差はなさそうだ。
ふと思い立った緋夏は近くの木陰で見物している小柄な、いや小柄すぎる女生徒に声をかけた。未就学児くらいの背丈しかないが、利発そうな目をしている。
「あの、こん…ご機嫌よう?あの聞きたいんですけども、あの人たちは何をしているのかしら?」
「うん?お…。しつげ…。失礼、エメルダ…様でしょうか?」
不意に話しかけられた女生徒は話す準備ができていなかったらしい。
そんな彼女から自分の名前が出た緋夏も緋夏で、変に逡巡が生まれる。
「え?あ…ああ、知ってくれてるんですね。そうですわ、わたくしがブライアロード公爵家令嬢エメルダ・ブライアロードですわ。…で、あなたは?」
「お…重ね重ね失礼致しましたですわ!フィアですわ。ラケット男爵家の末娘ですわ。なので、わたくしはただのフィアですの。」
——ただのフィア?…末の娘には姓がないとかかしら?まあ嫁がせるからとか色々あるんですかね。
——…え?わたしブライアロード名乗っていいんよね?
変な不安を覚えた緋夏だが、フィアに聞くわけにもいかないのでひとまず忘れることにする。
「は…はあ。フィアさん、よろしく。で、あれは?」
「あれはカリオ・チャーという球技ですわ。一つの球を取り合いながら400メートルからのトラックで、ゴールを目指すんです。魔法使用可と使用不可のルールがあって結構面白いんですよ!使用可なら、男女混合ルールもあってすごく白熱するんですの!」
フィアはエメルダが興味を持ったことに興奮しているらしく、説明に熱が入っている。
「へえー。使用可になるとどうなるの?ですか?」
「単純に妨害が激化いたしますわね。攻撃と認められなければ良いので…。えーと、相手選手の足元を沼にして自分がゴールするまで沈めておいたなんてこともありましたわ。」
思っていたより、魔法使いの世界だった。沼に沈められても生きていられる人たちだから成立するのだろう。
「はあ〜ん。えぐいわね。お話しありがとうございました。」
緋夏はスポーツなどという、痛くて苦しそうなものを娯楽にできる気はやはりしないので、話を切り上げる。引き止められたくないから、ゆっくりと歩き出しながら。
「あ…あっ!今度の学芸大会でカリオの試合も行いますの!興味があればぜひ観に来てくださいまし!」
背後から聞こえるフィアの声に、緋夏は頭だけ振り返って会釈した。
———
部活棟に入ると運動部たちの喧騒から遠ざかる。インドアの部活も遠目に何をしているか見られればそれが一番だが、難しそうなら部活案内の掲示板を眺めて出るつもりだ。
「魔法薬学部、新聞部、美術部…吹奏楽部?どこで練習してんのかしら。それに魔道具部…ねえ…。魔道具とか見学させてもらえたら楽しそうだけど…。」
掲示板には様々な部活のポスターがあるが、前回訪れた時にはなかった気がする真新しいポスターがさらに上から貼られていた。
「学芸大会…。前期試験後、即時開催コンサート…?」
「…うーん、初めてのデートイベントだったけど、わたしには関係ないしねえ…。」
「——おや?エメルダ嬢ではないですかね?」
緋夏の背中に中性的な声をかけてくる人。ちょうど部活棟に訪れたラッキー先輩だ。もうフードを被っている。
「あら、ラッキー先輩。ご機嫌よう。今から部活ですか?朝っから大変ですわね。」
緋夏は振り返って挨拶する。
「といっても僕一人だから、部室に遊びに来たようなものだけどね。」
「どう?また占いしていかない?」
ラッキー先輩は定位置の階段裏に潜り込む様に入って行く。
なんとなく緋夏もそれに着いていく。占ってほしいからではなく、「面白い話でも聞けたら良いな」という考えで。
「また、何かの犯人に仕立てあげられるのかしら?別に良いけど。」
「あははっ。あいやー、申し訳ない。あれは忘れてくれると嬉しいんだけども。——今日は恋愛運とかどう?一番人気の占いだよ。」
「恋愛、ねえ。わたくし、ティターノ王子と婚約してるんですけど?どうすんのよ、他に相性バッチリな人がいたら。わたしは気にしないけど、王族絡んだら流石に不味いんじゃないの?ですわ?」
緋夏はラッキー先輩を揶揄うつもりで言ってみる。
「まあここだけの秘密で良いんじゃない?君は…エメルダ嬢はそんなの言いふらさないだろう?」
ラッキー先輩は特に気にした様子もない。
——変に豪胆なのは彼女の素質か、占い師としての矜持かどっちなんだろう?
「まあ、いいわ。占ってみて?」
「もちろん。じゃ始めるよ。」
今日のラッキー先輩はタロットカードを使って占いを始める。
「今日はカードなのね。」
「気分で決めるからね。それに恋愛だから、数字なんかより、こういうのの方が雰囲気あるだろう…?」
「——はい出た!今回は簡単だね。君はある人に出会う。彼は…君が何をしてるのか、その行く先に興味があったらしいね。振り返ればそこにいる…らしい。その人と一緒に話をして恋が芽生える…のは君ら次第だね。」
「これ以上突っ込んだこと言うとクレームが来ちゃうから。」
「今、カード見てました?」
ラッキー先輩の占いは的中率脅威の3%。当たらないのが平常運転だ。だが、占いと言いつつ占いをしないで情報を教えてくれる時はよく当たる。今回の彼女の振る舞いはそれのような気がする。
「見てた見てた。できれば外れないうちにお帰り。多分当たってると思うんだよ。」
緋夏を早めに帰したいらしいラッキー先輩。
——振り返れば?一人でぶらぶらしてたつもりだけど…。
「ふうん?外してやろうかしら。帰らないと外れるんでしょ?」
誰が自分に興味があるのか知らないが、子どもたちとの恋愛なんてゾッとしない。恋愛するなら同年代くらいのイケメンがいい。
「え、えぇえ…?」
「…そんなら僕が帰りますよ。話し相手もいない占星術部の部室にいるかい…?」
「そんなに的中させたいの?仕方ないなあ、帰るわよ。」
帰る帰らない以前に緋夏はもう少し散歩しつつ、部活棟を見て回りたかった。だが、「”どちらかと言えば”良いことが起きる」という占いの結果も見てみたい気持ちもむくむくと湧き上がってきた——気がしないでもない。
「うんうん、それが良いよ!良い一日を!」
ラッキー先輩はにんまり笑って緋夏を送り出した。
———
思っていたより早く部活棟を出ることになってしまった緋夏。校舎にまっすぐに向かって帰るのも癪な気がして、庭園の中を歩いて帰ることにする。
本当に誰かと出会うというなら、こんな隠れるような帰り方をしても自分を見つけてくるはずだ。相手は結局いなくて探してもいないかもしれないが。
逃げる様に入り込んだ庭園には色とりどりの花が咲いている。水気を含んだ土と植物の青臭く、それでいて甘い様な香りが鼻腔を刺激する。
——甘い香りはどの花からしてるのかな?
甘い香りの正体を突き止めたくなった緋夏。適当な花の首を優しく手に取り、鼻を近づけてぴくぴくやってみるがわかりそうもない。そのうちムキになって、片っ端から香りを追いかけていた。
香りの正体が一際高い位置に生えている花樹であることを突き止めて満足した頃。ようやく我に返った緋夏は長い時間そうしていたことに気づいた。
そうして、見上げた空はどんよりと曇り始めていた。
「なんか曇ってきたなあ。そういやリィサ、傘持ってけって言ってたっけ?…そうだ、一度寮に帰ろうと思ってたのは、傘取りに帰ろうって…。」
「はぁ…。ま、いいや。濡れて帰ったってささっとお風呂に入っちゃえばいいし。水道代なんて気にしなくっていいもんね。」
緋夏はぼんやりとそんな呟きを漏らしたとき、木の影から人が現れた。
「——おや?エメルダ…じゃないか。」
そう言って緋夏に声をかけたティターノ王子。
「はい?あーっと…ティターノ王子。ご機嫌ようですわ。」
面食らった緋夏だったが、おそらく完璧な愛想笑いを披露する。
——わぁお、いつからいたの、この子。一人言ぶつぶつ言ってたの聞かれてないでしょうね。
「…き、君も花が好きなんだね。今日は…ドレスじゃないのか、なんだいその服?」
「これは元乗馬服ですわ。メイドのリィサがいらないもの外して、作ってくれましたの。」
「ふっ…作って…。なるほどね。いいね。動きやすそうだ。」
「そう言うティターノ王子はちょっと動きにくそうですわね。」
「うん?運動用の服ではないからねえ。そういうのは僕もきちんと他に持ってるさ。」
「あ、そうですか。そんなことより、雲行きが怪しいですわ。そろそろ…雨が降るんじゃ——」
緋夏が話を乱暴に切り上げようとした時。
ぽっ
雨が庭園の木々の葉を打つ音がした。
———
緋夏とティターノ王子は庭園に設けられた小さな東屋にいた。雨はざあざあと東屋の頼りない屋根に容赦なく打ちつけている。軒下には屋根に降りかかった雨がとめどなく流れ落ち、まるで滝の様になっている。
降り始めてすぐ、緋夏は一思いに走って校舎に戻ることも考えた。だが、ティターノ王子が「東屋で雨宿りしていこう」と提案してきたのだ。おそらく配慮してくれたのだろうが、緋夏にとっては要らぬお世話であった。
「エメルダ、そんな端にいたら濡れてしまうよ。こっちに来て座ったらどうだい?」
ティターノ王子が白のガーデンチェアをぽんぽんと叩いて、座るようにすすめてくる。
「わたくし、雨が好きだから結構ですわ。」
緋夏はわざと少しだけつっけんどんに返す。
いかにもそれらしい雰囲気になってしまい、誰かさんの思惑通りにことが運んだ気がしてならない。
おまけに相手は婚約者とは言え、はるか年下の男の子だ。
「うっ…。」
「雨、ね。そう雨の音って落ち着くよね。僕も雨は好きだよ。」
「——ティターノ王子はなんで庭園にいたんですの?お付きの人…というかダリウス君とかは?」
緋夏はラッキー先輩の言う相手がこのティターノ王子なのか確認してみたくなって尋ねた。
「エメルダ、僕のことはティターノでいいよ。君は婚約者なのだから。誰も文句は言わないさ。」
「はいはい、ティターノ君。そんで、一人でこんなところでなにしてたんです?」
「いや、花を見に……。」
「…ごめん。お見通しだったかな…?図書室に君、来たでしょう?慌ててどこかへ行ったから、僕の婚約者は今日は何をするんだろうって気になってね。」
「つけてきたわけですね。…はぁ。」
緋夏はため息が出てしまう。
「怒らせたなら謝るよ。別に君の私生活を不躾に覗いてやろうとか、やましい気持ちがあったわけじゃないんだ。」
ティターノ王子は普段の様子を崩し、慌てて謝る。
「いや、別に見られて困る様なことは…。な、いと思いますけど…。」
「そうじゃなくって!別にティターノ王…君が悪いとかではないですわ。ただ——」
「ただ?」
「——ただ、運命に逆らってやりたかったのに、その通りになってしまったようで不愉快ってだけです、わ…?」
「ふぅん?よくわからないけど、僕と出会うのは運命だと思ってくれてたってこと…かな?」
「君って…思っていたより、ロマンチストなんだね。」
——なんだか、意にそぐわない解釈をされた気がする…。けど、訂正するのも面倒くさい。適当でいいでしょ。
「めんど…くさい雨ですわね。早く止んでほしいですわ。」
緋夏がどんよりとした空を睨む。
緋夏の言葉に矢継ぎ早にティターノ王子が口を開く。
「うん。それなんだけど、実は僕は傘を持ってきているんだ。これで帰ろうか。」
ティターノ王子は服のどこかに仕舞っていたらしいそれを取り出して笑う。
「……。」
緋夏は一瞬、思考停止する。そして、子どもだと思っていた若造にどうも一杯食わされたらしい事実に苦い気持ちになる。
「…この学校にはたぬきがたくさんいるようですわ。ティターノ王子も化かされないようにお気をつけくださいね。」
「ぷっ、あははっ。気をつけるよ…。」
「君に任せたらこの学校は動物園になってしまいそうだ…。」
ティターノ王子の傘は二人で入るには少し小さくて濡れてしまったが、校舎までの雨除けには十分だった。
その後、お昼を盛大に過ぎて寮の自室に帰った緋夏。
迎えてくれたリィサに呆れた目でため息をつかれて、少しだけ涙目になった。




