第18話 「元一般女性さん、生活魔法を覚える」
第19話は9/25(金)に投稿します。
よろしくお願いします。
一年生の前期もおよそ半分が過ぎた頃。
魔法薬品庫爆発事件がなんだったのかと感じるほど穏やかに、何事もなく時は過ぎ去った。
ただただ、毎日の授業の方が激しい。そもそもこの世界の常識というものに慣れない緋夏にしてみれば、一般教養や王国史は受け入れられても、魔法系の授業は脳が中々受け付けてくれない。考えずに勘でやった方が上手くいく気がするくらいだ。
ちなみに、この時期のゲーム中では、エメルダがちょこちょこアンネリーサをいじめていた。
『あなた、光魔法が使えるんでしょう?』
『ですワですワ!おまけに聖女!』
『そうそう、いかな庶民といえど聖女様…。学院に入ってさぞ上達したでしょうね…ぷくくっ!』
『あたくし見てみたいですわ!』
『光魔法といえば、治癒ね。そうね、聖女なら骨折の治癒くらいは容易いでしょう?』
しかし、こんな悪どいことを言いながら人を階段の最上段から突き落とすイカれた令嬢はこの世界のどこにもいないのだ。
当人たちは仲良く食事をしている。
——アンネリーサ?ああ、あの子なら、わた…俺の横でご飯を頬張ってるぜ?
「やっぱりウンメーの強制力(笑)さんは息してないのかしらね。」
緋夏はアンネリーサの口についたソースをハンカチで拭いながら呟く。
所作は綺麗なのに口元が汚れるのはなぜかと考えていたが、アンネリーサの口が小さいからだと最近気がついた。
アンネリーサは拭われながらも、普通に答える。
「ええと、前に言ってたやつですか?そうだと良いですけど…。」
「アンちゃん様!ずるいですわ!あたくしもエメルダ様にソースを拭ってもらいたい…!」
ギカーナが横にいる緋夏に唇をむっと突き出す。
「ギカーナはテーブルマナー完璧じゃない。拭うまでもなく綺麗でしょ。」
緋夏はギカーナの頰を押して前を向かせる。
「それより皆さん!来ましたわヨ〜?いよいよ午後ですわネ!ようやく魔法使いらしいことができますわヨ!」
「って言っても、あくまで生活魔法ですわよ…?」
「フラン先生一体何の魔法から教えてくれるんですかね…?」
「あたくし、物を浮かべる魔法からが良いですわ!頑張ったらその魔法で自分も浮かせられるって聞きましたの、お兄様に!」
ギカーナが目をキラキラとさせて言う。
しかし、顔も知らぬギカーナの兄の信用は、緋夏たちの間で既に地に堕ちている。素直で可愛い妹に適当なことを吹き込んでいるらしいのは側から見れば明らかなのだが、当の妹が気づいていない。
「…よくは、知らないわよ?でもね、自分の力で自分を持ち上げるってすごく大変そうよ?ああもしかして、だから”頑張ったら”なのね…。」
緋夏は我慢ができず、ギカーナを傷つけないように真相らしきものを教えてあげる。
「結構大変かもしれないと…。頑張らないとですわね!」
「そろそろお時間ですよ、みなさん!教室に移動しましょう!」
一番最後まで食べていたアンネリーサが「さあさあ」と全員を急かすように立ち上がる。
チャリルが「やれやれ、これだから平民は…」という顔をしている。
だが、彼女も最近は口の端を少し歪めて笑うようになってきていて、関係が育ってきているのを緋夏は嬉しく感じた。
———
「さて、みなさん!今日からいよいよ魔法を使っていくわよ!」
フラン先生が手をぱんぱんと叩いて生徒の注目を集める。
「生活魔法といえど、使い方を誤れば危険なものよ。しっかりお話を聞いていてね。——まずはおさらいをしましょうか。そうね…クロード君!『生活魔法とは』に続けて簡単に説明してもらえるかしら?」
フラン先生がクロードという男子生徒を指名する。
彼は悪魔族の生徒だ。額には漆黒の角が生えているが、それ以外は人と変わらない。
クロードはしゅばっと立ちあがり、ハキハキと答え始める。
「はい、先生。生活魔法とは、属性魔法とは違い魔力をただ燃料として使うもので、魔力効率は悪いものの多岐に渡る用途に使われます。主にゴミを吹き飛ばす小さな風を起こす、薪に火をつける、身の回りのモノを浮かべる、文字を写しとるなどがあります。」
フラン先生がにっこりと笑い小さくぱちぱちと拍手する。
「ええ、素晴らしいわ!これが試験なら、満点ね!」
「クロード君が教えてくれたように生活魔法は属性魔法とは違って誰にでも同じ魔法現象を発現させられるわ。あと、生活魔法と違って属性魔法は各個人の持つ魔力の属性に合わせた術式で最適化〜っていうのは今は余計ね。こほんっ。」
「現象としては小さいものの、魔法を学んだことのある大人たちはみんな便利に使っているわね。みなさんもこれからそれができるようになるわ!」
「わたしたち貴族には掃除なんてする機会ないけどね…。」
チャリルがボソリと呟く。
「そうね、他者の仕事を奪わない、仕事の創出は貴族の方々の責務ともいえるからね!でもね、チャリル嬢。お勉強の時に文字を手で書く必要がないというのはとっても便利なのよ!」
「それに芸は身を助けるというでしょう?できるようになっていて損なことはないわ!」
フラン先生がチャリルを嗜める。
結構な小声で呟いているのに聞こえているのは読唇術でなければ何らかの魔法なのかもしれないと最近緋夏は思っている。
「今日、覚えるのは生活魔法の基本、モノを動かしたり浮かせる魔法よ!操り玉での訓練がいきてくるわね!もっとも動かすのは魔道具ではないし、術式の構築も必要だから格段に難しくなるわよ〜。」
「呪文はヴェクト(動け)。」
「教科書の56ページ、物体に作用する魔力の章にあるわ。術式の見方はわかるわね?」
「指定する対象物を、指定する方向へ動かすというものよ。この指定というのが肝ね。」
「きちんと魔力操作ができていれば発現するはずよ。うまくいかないなら、術式となる呪文が安定していないか、魔力操作がきちんとできていないかだわ。」
「——では、筆記用具を動かしてみましょう!はじめ!」
フラン先生が開始の合図を告げる。
教室のあちらこちらから「ヴェクト!」と呪文を唱える声が響く。
緋夏も早速唱えてみる。
術式となる呪文。その音に魔力を乗せるイメージ。
動かす目標は羽根ペンだ。発現した魔法はペンを向こうへ押す——
「ヴェクト!」
ぼっ!
緋夏の愛用してきた羽根ペンの先に火がつく。
「あわわ!なんで火がつくのよ!」
緋夏の脳裏には火に沈む父ウィルストンの蔵書が浮かぶ。よくない思い出だ。忘れたいのに。
緋夏の元にフラン先生がぱたぱたと走ってくる。
「あらあら、いけない。コモアクア(水よ、来たれ)。」
フラン先生の魔法の水で、じゅっという音を立てて火は鎮火する。
「怪我は…してないわね?」
フラン先生が緋夏の手を取り確認する。
ふうと息を吐き出し、助言を始めるフラン先生。
「張り切りすぎちゃったようね。落ち着いて魔力を調整してみて。エメルダ嬢の魔力は火属性だから少し発火しやすいみたい。」
「はあ、発火しやすいんですか…。難しいですね。…すんっ。」
緋夏は鼻をすする。涙までは流していない。
——ぽいから使ってたけど、羽根ペン卒業かしら…。
しょんぼりする緋夏の肩をアンネリーサがぽんぽんと叩く。
「エメルダ様、わたし聖教会で教えられたんですが…最初はすっご〜く、ゆっ〜くり唱えるのも良いですよ!」
アンネリーサの助言を横で聞いていたフラン先生がはっとした顔をする。
「…あ〜、なるほどね。それも確かにありね。初心者の子には術式の構築が早すぎて魔力操作が追いつかないから…。ふむ。」
「癖にならないようにだけ注意が必要だけど、まずは勘を掴むためにやるにはいいかもね!いいことを教えてもらったわ、ありがとうアンネリーサ嬢。」
アンネリーサに向かってにっこりと笑い、彼女の手をきゅっと握ってお礼を伝えるフラン先生。
「おほんっ。——みんな!上手く魔法が使えないときはゆっくり呪文を唱えて術式の構築と魔力操作を合わせるようにしてみて!」
フラン先生の声に、教室内から今度は非常にのんびりとした「ヴェクト」が響く。
ギカーナが真剣な表情で0.5倍速「ヴェクト」を唱えていてチャリルがくすくすと笑っていた。
「流石に笑うのは良くないですわヨ、チャリル。みんな一生懸命なんですもノ。」
コニアもにまにまと笑いそうになっているが、表情筋を揉みしだいて誤魔化している。
「あら、ギカーナを面白がってる暇はないわよ。エメルダも参戦するんだから!」
「——ぅぅヴヴェーークトゥゥゥォオォーー。」
緋夏はちょっとふざける気持ちで思いっきりゆっくりと呪文を唱える。
横目に三銃士たちが涙を浮かべて笑いを堪えているのが見える。貴族令嬢なので大口を開けて笑えないのだ。
ふざけてゆっくり唱えてみたものの、この方法の有用性がわかった。呪文が術式の形を取るのが感覚で伝わってくる。ゆっくりと形を成すので魔力操作のタイミングがかなり合わせやすい。ただ間延びしているので、術式としては不完全になってしまったらしくぴくりと羽根ペンが動いただけだ。
しかし、些細な魔法とはいえ成功したのは素直に嬉しい。確かな手応えに緋夏は笑みを浮かべる。
「これは…!手応えありね!」
「今きちんと動きましたわヨ!見ました?ギカーナ!」
「流石ですわ!あたくしも続かなきゃ!」
「うそお、わたくしそんなお馬鹿な真似したくないですわ…。」
「チャリル様も恥ずかしがらないでやってみてください!単純に術式と魔力操作のタイミングがつかみやすくなるんですよ!」
とぼけたような呪文が教室中に響き渡る。側から見れば滑稽だったことだろう。しかし、授業の終わり頃には上手くいっていなかった生徒たちも全員、大なり小なり魔法の成功に漕ぎつけることができた。
入学前に火属性魔法の「コモフォイヤー」は覚えたものの、よくわからないまま使えていた緋夏。しかし、本当の意味で初めて魔法というものを使えるようになったのは今日だと緋夏は感じたのだった。




