第17話 「元一般女性さん、図書室へ行く」
第18話は9/22(火)に投稿します。
よろしくお願いします。
緋夏は図書室という場所が好きだった。
人の過ぎた時間の積み重なりがそこで静かに息をしているようで。人類が一歩ずつ進めてきた研鑽の歴史が本の向こうに見える気がして。
一冊一冊の本のページの上をそれぞれの作者がたくさん考えて、ペンをなぞらせたのは間違いない。全ての作者が本にかけた時間を合わせれば、宇宙規模の時間に到達するのではなかろうか。
ただ、残念なのはそれを理解できるだけの脳みそが自分にないことだ。
緋夏がぽやっと図書室の背の高い本棚を眺めていると、受付の方からアンネリーサが戻ってくる。
「——エメルダ様、あちらに魔導術論の本があるみたいですよ!」
緋夏がどこかにトリップしていても、もう彼女は気にしていない。
「あ…?ああ、ありがとうアンちゃん。」
その様子を横で見ていたティターノ王子が優しげな表情を浮かべて緋夏に声をかける。
「…じゃあ、先にダリウスと僕は向こうの学習エリアに行くよ。——あ、ダリウスも魔導術論の方の勉強をするかい?」
「…そうですね、俺もちょっと自信がないので…。」
「じゃ、僕は先に行って席だけ確保しておこうかな。君らの席もとっておくから。」
「そんな!殿下にそんなことをさせられませんワ!わたくしたちも一緒に参りますワ!」
歩き出したティターノ王子の背を追いかけて、三銃士も離れる。
それを見送りアンネリーサが口を開く。
「…魔導術論の本のおすすめ、司書さんに聞いてきましたよ。」
「そんなことも聞いてきてくれたの、ありがとうね。」
——司書さん。ということは彼に会ったのかしら?でも、この無反応さ。違う人…?
気になって緋夏が受付に目を向けると、本を眺めて座っている赤みがかった茶髪の眼鏡をかけた青年がいる。彼は緋夏の思い描いていたその人だった。
彼の名前はオルビス・アストロラーデ。学院長の孫だ。ただ、コンプレックスを感じてアストロラーデの名前は生徒達には隠している。彼のルートに入るとそのうち教えてくれるのだが——
ますます不可解になった緋夏はなんと尋ねれば良いのかわからないままにアンネリーサに話しかける。
「あ、あの…。アンちゃん?」
「…?どうかしました、エメルダ様?」
「いや、あの人のこと…。」
緋夏はダリウスもそばにいるので、視線だけ受付に向ける。
「……?ああ!まあ、ゆっくりお友達になれれば良いですよね!ご挨拶は済ませてきましたよ!」
——そうか。そうか?アンちゃんにとってはオルビス先輩は恋人候補とかっていうより、天啓で見たたくさんの人の中の一人でしかないのかな?
——そういえば、ティターノ王子に会ったときもそんなに動揺してなかったっけ?
「あの人、中々強いな…。」
ダリウスが目を細めてぼそりとつぶやく。
「ぶふっ。」
緋夏は思わず吹き出してしまう。そして、感じるダリウスの視線。
「ごめんなさい…なんか、んんっ、むせちゃったみたい。」
——そんな武道家気取りの厨二病みたいなセリフ、突然吐かれたら笑っちゃうでしょうよ。勘弁してほしいわ。…まあ、武道家といえば武道家だけど。
「あの、さ。ダリウス君。見ただけでわかるものなの?その…強さってやつ?」
「立ち居振る舞いで大体な。あと、一見細身だが服の下の筋肉もすごい。」
「わたしは見ただけではよくわからないです…。ダリウス様みたいに腕が太かったり、よーく鍛えている姿を見れば、『わぁ、強そう!』って思うんですけど。」
「ふぅん?鍛えてるところ?いつ見たの、アンちゃん。」
「毎朝早くから、トレーニングしてらっしゃいますよ!わたしも一度ご一緒したんですが、半分も持ちませんでした…あはは…。」
「なに、一般の婦女子に比べればよく鍛えている方だ。」
ダリウスが唸るように笑う。
——あらーっ!いつの間にこんなに関係を進めてんのかしら!なるほど、この世界では勇者くんルートってわけね!
——なるほど、それならオルビス先輩に無反応なのも納得ね!
「むふふっ。」
いらぬ妄想まで浮かび思わず声に出して笑ってしまう。
「…エメルダ嬢はいつもこんな感じでいらっしゃるのか?」
ダリウスがアンネリーサに小声で尋ねる。
「はい、そうですね。楽しい方ですよね!」
アンネリーサも小声で嬉しそうに微笑みながら答えた。
◇
先に学習エリアに向かった、ティターノ王子と三銃士。
ティターノ王子は迷いのない様子で窓際の席に向かう。
図書室には割と人はいるのにも関わらずその席の周囲には人がいない。
「あら、たまたま空いていてよかったですわネ!」
コニアは何かを察し、ティターノ王子に配慮して声をかける。
「こちらの日当たりの良いところをどうぞ、殿下!」
それに続くギカーナ。彼女は緊張しているのが誰の目にも明らかだ。
「ふっ、ありがとう。」
ティターノ王子は面白そうに少し笑う。
「……そう、だね。コニア…と言ったか。確か…エメルダとは長い付き合いだよね?」
「え、ええ!おっしゃる通りですワ!幼少の頃から、仲良くさせていただいていますワ!」
「そうか、僕は畏まった場とか、あるいは王城で一緒にお茶を楽しんだことくらいしかないんだ。…だから、彼女のことを聞いても?」
「え、あ、は…い。お答えできることなら…。」
「ああ、それで構わないよ。」
「この学院に入学する半年ほど前に会った時、エメルダは…なんというか年頃の気の強い娘だったと感じたんだが…。最近の彼女は穏やかだよね。」
コニアがティターノ王子の言葉にこくこくと頷く。
「はい、その通りだと思いますワ。」
「少しの間に変わられましたわネ。」
「あたくしはそうは思いませんでしたけど…?昔からあのような感じでは?」
ギカーナが疑問符を頭の上に浮かべる。
「いやいや、明らかに、幼児退行…と言うとおかしな表現ですけど、落ち着きを取り戻されて、それにユーモアもお待ちですわ。」
「ちょっと失言めいたものも多いですけど…なんというか、かっこよくなられましたわ。」
チャリルがおずおずと発言する。
「ふむ、君らもそう思うのか…。まあ、男児…ではないが三日会わざれば刮目して見よ、ということか。」
「そう、ユーモアと言えば。エメルダに言われたんだが、花に例えれば僕はたんぽぽらしい。」
ティターノ王子がにっこり笑う。
「まあ、エメルダ様ってば!らしいといえばらしいですわネ!うふふっ。」
コニアは彼の笑顔につられて笑ってしまう。
「——なに?わたしの話してんのかしら?」
少し不機嫌そうな顔で本を手に現れるエメルダ。
「あぁ、そうだとも。君の”たんぽぽ殿下”は君のお友だちとお話しできてご機嫌なのさ!」
◇
後日。
この図書室でのティターノ王子と三銃士の会話はその場にいた生徒たちに聞かれていたらしい。校内で噂が流れていた。
「公爵家令嬢は失言が多いらしい。ティターノ王子をたんぽぽ呼ばわりしたそうだ。」
「結構子供っぽいみたいだぞ。」
「見た目は上品なご令嬢という感じだが、これだと失言令嬢だな。」
これらの噂が緋夏の耳に入るのは当分先になりそうだ。




