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第16話 「元一般女性さん、理解に苦しむ」

第17話は9/19(土)に投稿します。

いつもより少し早めの時間に投稿することを考えています。

よろしくお願いします。

 世の中には手を伸ばしたところで手に入らないモノはあると思う。そういう時そのモノは酸っぱい葡萄だと考える方が賢いと思う。童話にもあるのだから間違いない。


 緋夏は目の端をピクピクとさせながら黒板を睨んでいた。

 年若い魔導術論の教授ネイト・オルターが教科書の要点を板書していく。しかし、その内容はほとんど書き写しただけに見える。

「えー、魔導術論とは。我々魔法使いが呪文を唱えれば発現する魔法を別のアプローチで実現するものだ。具体的に言えば、魔力を魔力回路に通しあらかじめ記しておいた術式通りの目的の現象を発現させること、これが魔導術だ。魔導術論がわかれば簡単な魔道具なら作れるようになるぞ。では、魔力回路とは何か。これは血管だとか水路だとかで例えられることが多いな。つまり”高いところから低いところへ水が流れるように"基本的に一方向にしか進まないのだ。基本的にというのは例外があるというわけだ。ただこれは相対的に見た時の話で、魔力が同時に双方向へ流れるというわけではなく——」


 ネイト教授は板書をしながら話を進めるので、一向にこちらを見ない。

 いつものようにコニアたちと教室の前の方の席に座っていた緋夏が何気なく後方を振り返ると、理解した上で興味深そうに聞いている生徒はほんの数人いるくらいのものだった。そしてティターノ王子もその一人だった。


 ティターノ王子は緋夏が後ろを見ているのに気づいて目が合うと軽く微笑んで手を振ってくれた。


どきっ


——どきっとは。これは心臓がどきりとしたときのオノマトペだ。オノマトペとはうんぬんかんぬん。

——わたしが高校生のショタガキにどきりだと?歳の差うん十年ぞ?犯罪よ犯罪…。


 緋夏は笑ったつもりで顔を顰めて、手を振り返して座り直す。顔を戻す時に横に座るコニアと今度は目が合った。

 どうやら見られていたらしく、コニアがにんまりしている。

 緋夏はため息をひとつついてほとんど書き写しただけの板書をノートに書き写していく。眠たくなってきていた授業なのに、すっかり目は覚めていた。


 授業があと数十分で終わろうという頃ようやくネイト先生が振り返る。

「——さて、一年生諸君にはまだ理解の難しいところであろう。色々話したが、まとめると、魔導術論は魔法現象を物を使って発現させるものだ。その物を魔道具という。子どものおもちゃから軍事兵器までピンキリだがな。そして魔石などの魔力を込めた動力で動かすこと”も”でき、魔石に書き込んだ術式に従って動作する。魔力回路は魔力を流すための物理的な機構だな。」

 彼は達成感のようなものを漂わせながら一息に内容をまとめ終える。


 しかし、彼の目には何が映ったのか。眉を顰めた生徒と眠気に抗えなかった生徒が映ったに違いない。急にオロオロし始める。

「あ、あ〜。まあ難しいところはあるが大変興味深い学問なんだ。い、一年生の後期に、実習もするぞ!」

「——といっても、君らがするのは術式の構築と魔石への書き込みだけだが……」

 ネイト先生は「一番面白いのはこの後なのに」という顔をする。


「各々好きな魔法を魔道具で再現する感じだな。魔道具はそれ用の既製品を使うから、魔力回路の繋ぎ込みなどはできない…が、結構面白いんだ!」


「ゔっ…すまない、白状すると俺もこういう先生というやつは一年目なんだ。」

「教えるのは下手くそだが、聞いてくれればなんでも答えるからな!——では授業は以上だ、解散!」

 ネイト先生はそそくさと教室を後にした。


 コニアは理解できたような、そうでもないような顔をして話し出す。

「——ん、まあ面白い授業ですわ、ネ。魔導船はよく乗りますけれど仕組みまではよく知りませんでしたシ。学べるのはいいですワ。」


「え、コニアの実家の船、魔導船でしたの!?」

 ギカーナが驚いた声を上げる。


「ああいえ、事業で使うのはまだ流石に普通の帆船ですわヨ。買うのも、維持するのもお金がかかりすぎますし、何より船員に魔導技工士さんを雇わないとだかラ…。」

「——だから、あるのはお父様の趣味で使うレジャー用の小型のものだけですワ!」


——相場がわからないけど、多分すごい値段なんでしょうね。さすが伯爵家令嬢だわ。公爵家令嬢は本を一冊燃やしただけで怒られるのに…。


「あ…あの、このあと図書室へ寄りませんか?魔導術論の予習と復習をしておきたいですわ…。」

 チャリルは苦いものを食べたように不味そうな顔をして言う。


「そうね、わたしも勉強しておきたいかな。成績悪いとリィサに何されるかわかんないし…。」


「あー…。リィサさん優しいけど厳しそうですしね…。わたしの幼馴染のミレイユお姉ちゃんも怒るとあんな感じでした…。あ、あんなに強そうではないですけどね!」

 アンネリーサが苦笑する。


「そう!そうなの。正論で刺してくるから何も言えないのよね…。」


「あたくしはあのメイド結構好きですわよ?まさにお姉ちゃんって感じで。主人とメイドの理想の距離感って感じですわ!」

 ギカーナは末っ子で兄はいるらしいが、姉はいないらしい。


「——あ〜…ちょっと良いかい?」


「エメルダとお友だち諸君、図書室へ行くと聞こえてしまってね。我々も行こうと思うんだが、一緒にどうかな?」

 顔を上げるとティターノ王子が立っている。そして今日もダリウスと一緒だ。


「えぇ、構いません…かしら?」

 緋夏は適当に二つ返事で答えそうになるが、踏みとどまる。アンネリーサはともかく、三銃士たちが気まずいかもしれない。上司どころか社長まで参加する飲み会、断れるなら緋夏は参加したくない。


「「「も、もちろんですわ!」」」


——この子たちに直接聞くのは良くなかったのかもしれない。王子を目の前に拒否できるわけがないよね。ま、良いでしょ。


———


 図書室へ向かう道中。

 当然のようにティターノ王子と緋夏が先頭を歩かせられる。特別仲良しというわけではないし、面識だって画面越しの分を数えなければ二、三度しかまだ会ったことがないのに。


「ティターノ様はさっきの授業は理解できていたようですが、ああいう数字だとか、計算は得意なんですか?」

 緋夏は適当な話題を提供しようと何気なく聞いてみる。


「得意、といえばそうかな。いつもしている勉強は経済だとか統計学だとかそういうものだけど、ね。」

「エメルダは苦手かい?」


「苦手ですわ。目に見えるものならまだしも、魔力みたいなふわふわしたものを計算しましょうと言われてもねぇ。理解できませんわ。『魔力の特性で実はこうなるんです!しかも属性別にこういう変化があるので、覚えてください!』無理ですわよ。」


「あははっ、そうだね。でも、ネイト先生の授業は結構良かったかな。教科書では説明されてないようなことまで話してくれたしね。」


「今日、あの授業の予習復習で図書室に行くんですが、王子たちはもしかして違うんですか?」

 緋夏がティターノ王子に尋ねたとき、ちょうど目的の図書室に着いた。


「それもあるけど、僕は家庭教師から出されてる宿題もあるからね。だから放課後は大体図書室か、寮の自室にいるよ。」

 ティターノ王子が図書室の重そうな木の扉を開けながら答える。


 扉の向こうからは少し冷えた空気と古い本の匂いが溢れ出してきた。

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