第15話 「元一般女性さん、学生の本分を思い出す」
第16話は9/16(水)に投稿します。
よろしくお願いします。
部活棟に来た当初の目的、新聞部への聞き込みに向かった一行は取り立てて新しく情報は得られなかった。
ただ噂話のようなものだけはいくらか聞くことができた。
『ラット達は薬品庫を荒らした後、学院の至る所で捕まえられて大変だった。学生寮でも見つかって、私物を齧られた生徒もいた。』
『薬品庫爆発はラットが荒らしたからではなくて、ラットに驚いた生徒がランプを倒して可燃性の薬品に引火したから。その生徒は学院を退学させられた。』
『魔法が効きにくい魔耐ラットを学院長が魔法で浮かせて捕まえていた。授業中に出たラットを魔法史のエドマンド先生は俊敏な動きで一瞥もせずに素手で捕まえていた。』
そんな毒にも薬にもならなさそうな話を、話好きな新聞部員たちが延々と教えてくれたせいで緋夏は疲れてしまった。
——ラットに驚いてランプを倒したくらいのことで退学なんてなるわけないでしょうに…。眉唾なお話ばっかり。
窓の外で赤く染まり始める空は一日が終わりに向かっていることを告げていた。
部室を出た後、一つしかない階段を降りていく一行。また、かの先輩に話しかけられるのではと警戒ムードだったが、彼女が姿を現すことはなかった。彼女のいた階段裏の仕切りの向こうに人気はなく、既に寮に帰ったらしかった。
「ほっ、ですわネ?」
コニアが安心した顔で緋夏たちを振り返る。
「また絡まれたら堪りませんわ…。」
チャリルはコニアに同意して、やれやれと首を振る。
「そんなことより早く今日の宿題を終わらせたいですわ、先に夕食だけ済ませに行きましょう?」
真面目なギカーナは、まだ宿題に手をつけられていないことに落ち着きを失いつつあった。
「…ですね。」
アンネリーサの顔は暗い。
起きないはずの事件が偶然の事故であると確定しなかったのだ。緋夏には彼女の不安が痛いほどにわかってしまう。
ただ、緋夏の場合は「わからないことなんだから、わかるまで放置すれば良い」と考えられる。だが、そんな割り切り方が誰にでもできるわけはない。
緋夏は俯くアンネリーサを黙って見ていることしかできなかった。
———
夜。
緋夏は明日の授業の予習をさせられていた。
そう、言葉の通りもちろん自主的にではない。リィサが生活を律してくるので、どちらかと言えば怠け者な緋夏も規則正しい真面目な学生らしい生活を送っているのだ。
頭に入ってこない教科書の文字列を目を細めて眺めていると、文字がなんとなく絵のように見えてきて、緋夏は薄く笑ってしまう。
「お嬢様、きちんとお勉強されてます?」
リィサが緋夏の就寝前の準備をせかせかとしながら尋ねる。
髪の毛や肌に塗りたくる美容用品を持ち出してきたり、よく眠れる安眠作用のあるお茶を準備しているのだ。
「え?してるじゃない。こんなにも真面目に。」
「いやぁ、頭に入ってきてるような顔に見えなかったので。」
リィサが揶揄うように言う。
「じゃあ、リィサが教えてよ!この魔導術論とかいうやつ!最初っから飛ばしすぎなのよ!何書いてるかわかんないのよ!」
魔導術論の授業の一回目をつい先日受けてきた緋夏。
その授業はレクリエーションのみだったにも関わらず、学生時代に受けた物理だの化学だのの授業の再来を予感させるものだった。
「なんです、嫌味ですか?わたしのような下女が学校に通い、魔導術論を習熟済みに見えると、エメルダ・ブライアロード様はおっしゃるんですか?」
リィサが腕を組み、冷ややかな目を緋夏に向ける。
思わず唾を飲み込む緋夏。
「やめてよ、変に圧をかけないで!わたしそういうの弱いんだから!——悪かったわよ。ごめんなさい、きちんとお勉強するから…。」
リィサは緋夏が頭を下げたのを見届けてからにっこり笑う。
「まあ、公爵閣下に週末の学校には通わせていただいていましたから、簡単な生活魔法なら使えますけどね。」
——もう何も言うまい。彼女を二十歳そこそこの小娘と侮るなかれ。社会人経験で言えばわたしより長いのだ。
「そういえ…ば…。——いや、なんでもないわ。」
緋夏はふと気になっていたことを聞いてみようとした。
——「あなたゲームではエメルダの付き人じゃなかったわよね?なんで?」なんて、聞けるわけがない。
「中途半端に話すのやめないでくださいよ。なんです?別にスリーサイズくらいならお教えしますよ?誕生日プレゼントならアクセサリーが良いです。」
「知らないわよ、リィサのスリーサイズなんか。——そうね。えっと…あなたって最初はわたしと一緒に学院に来る予定だったの?なんか二人連れてかされるとこだったじゃない。どうだったのかなって。」
緋夏は頭を捻りながら尋ねる。
「そうですね、護衛役で一緒に、もう一人のメイド役はドロシーお婆様が選ぶ予定でしたけど…。なんで今更そんなことを聞くんですか?」
「……?いや…なん、となく…。」
——どういうことなんだろう?やっぱりリィサをゲームで見た覚えがない。
——わたしのせいでもう相当に知っている展開から外れてしまっているのかもしれない。バタフライエフェクトってやつ…。
「はぁ…もうあんまりやる気がなさそうですね。今日はもう寝てはいかがです?」
「そうね。ゲームなんてあるわけないし、リィサとお喋りすんのも、ねえ?」
散々やり込められている緋夏は意地悪く笑う。
しかし、リィサはすまし顔のまま答える。
「そうですね。早く寝てくれます?メイドの心休まる時間は主人が寝た後と相場は決まっているんですから。」
リィサに緋夏の口撃は効かない。鍛えられているのは筋肉だけではないのだ。
その後はいつものようにお手入れされて、お茶を飲まされる。
主人を恭しく扱うというより、不出来な妹を甲斐甲斐しくお世話しているという感じだ。だが、悪い気はしない。姉どころか兄弟のいなかった緋夏にとっては新鮮な感覚で、心地良さしかなかった。
———
翌日。
魔導術論の授業が本格的に始まった。




