第72話 細海先輩と御森くんと髪の重さ
細海先輩は髪が長い、長いし量が多い
以前、業務中に〝ぶち〟っと鈍い音がして隣を見たら
細海先輩の髪の毛を縛っていたシリコンゴムが切れた音だった。
人間の髪は1か月1センチ伸びるって言うから
俺がこの会社に入った日から
細海先輩の髪の毛は6センチ伸びていることになる
「(今日も見事に馬の尻尾だ)」
そんな細海先輩が髪の毛を括り上げると
その名に相応しい〝ポニーテール〟が出来上がる
「先輩、髪の毛重くないんですか?俺、コロナ禍で美容室行けなかった時、小さいチョンマゲ作ってましたけど、それでも頭重かったっす」
「あー…あの時期は自粛ムードでしたもんね」
素朴な疑問だった。
だって細海先輩って多分平均的に見ても細くて小さい方だ
真っ黒の長い髪がどうもアンバランスに俺には見える。
「重いです。正直、毎回顔周りだけじゃなくて後ろの髪の毛を切ってくださいと美容師さんに言いそうになります。」
「切りましょうよ。」
前に髪が重くて肩が凝るって言ってましたよね?
「でも、もう少し伸ばしたいんです。40センチを目指しているので」
「……何のルールですか?」
成る程
40センチ目指して伸ばす理由があるのか
この量と長さならケアだって大変なのに、なにを頑張ってるんだろう
「ヘアドネーションですよ」
その言葉に「ああ!」と声が出た。
「それってあれですよね!髪の毛を寄付するやつですよね!」
「はい」
めっちゃ良いことしてるじゃないですか!
切れば良いのにとか言ってすみません、と心の中で謝った。
「じゃあ、今切ったらダメなんですね」
「ダメというより、目標の長さに届かないので」
「ちなみに今どれくらいなんですか?」
「ようやく30センチを超えたところです」
「30センチ…」
パソコンで【ヘアドネーション】と検索すると
30センチあれば提供可能と出てきた
「切ろうと思えば切れる長さではあるんですね」
「ですね、でも出来ればロングのヘアピースが作れる長さを提供したくてですね」
「それで40センチ」
ロングのヘアピースができる長さは貴重らしい
「へぇ……じゃあ、長ければ長いほど良いんですか?」
「そういうわけでもないみたいですよ。状態も大事ですし、長さによって作れるものが変わるみたいです」
「なるほど……」
そう言いながら、改めて細海先輩の髪を見る。
俺だったら、ここまで伸ばした時点で絶対に切りたくなる。
というか、30センチでも十分長い。
「ちなみに、40センチまで伸ばすのって結構大変じゃないですか?」
「大変ですよ。乾かすのに時間がかかりますし、絡まりますし、寝る時も邪魔です」
「それでも伸ばしてるんですね」
「せっかくなので」
その「せっかくなので」が、なんとなく細海先輩らしいと思った。
「あと、誰かのためになることしたり、誰かの役に立ってると思うと安心するんです」
「なるほど……」
40センチまで、あと10センチ。
1か月に1センチ伸びるなら、単純計算で――
「まぁ、切れるのはあと1年後くらいですね」
ショートの細海先輩を見るのが楽しみだと思った。




