第69話 細海先輩と御森くんと虫刺され
基本、人と話したり、外で説明会をする方が性に合っている俺だけど、パソコン作業って嫌いじゃない。
一度集中してデータ登録がきれいに終わった時の達成感が気持ちいいからだ。
「ひとだんらくぅー」
そうつぶやきながらグッと伸びをして、何気なく細海先輩の方を見た時だ。
「ほそみせんぱいかっ!!」
「……か?」
時すでに遅く、細海先輩のほっぺにとまっていた“蚊”は、スーッと嫌味のように目の前を飛んで視界から消えていった。
「あー、刺されちゃいましたかぁ」
「俺がもう少し早く気付いていればぁ」
「そんな肩を落とさなくても、かゆいの我慢したらすぐ治りますよ」
細海先輩はあっけらかんと言い放ったが、俺には懸念事項がある。
「でも、細海先輩のことだから蚊に刺されてお腹壊しちゃったり」
「君の中でどれだけお腹弱いんですか、私」
「いやでも、“かゆみで体力が奪われて食欲が……”とか言いそうで」
「確かに言いそうですね……」
“蕁麻疹でも出たらそうなるかもしれないが、蚊ごときで心配は無用です”
そう言ってモニターに向き直ったので、まぁ流石に心配し過ぎたか、と自分の業務を再開したのが昼前のことだったのだが。
「……」
「……」
ランチタイムを挟み、午後になるにつれて、細海先輩の片頬が分かりやすく腫れていた。
「やー、親知らず抜いた人みたいですね」
手鏡で自分の顔を見ながら感心する細海先輩の横で、
「俺がもう少し早く気付いていればぁ」
と、頭を抱える。
「すごいね、細海ちゃん。めっちゃ腫れてるじゃん」
携帯用のムヒを取り出しながら、物部先輩もまじまじと見つめる。
「普段ここまでにならないんですけど、夏バテで免疫が弱ってたんですかね」
お礼を言いながらムヒを受け取り、患部に塗る様子を心配そうに見ている俺に気付いた細海先輩が、口を開いた。
「さっきの蚊が宇宙外生命体だったとして……」
突拍子のない切り口に何事かと思い、続きを聞く。
「私達地球人は“血を吸われた”と無意識に思ってますが、実は“植え付けられた”としたら……」
「ひ! なんなんですか、いきなり」
突然の不穏な話に、細海先輩は、
「いやいや、もしもの話なんですけどね?」
と付け加えると、〝なんか面白い事言い出したな〟と楽しそうな物部先輩にムヒを返して、俺の方を向いた。
「腫れが引かず、少しずつ少しずつ私の体が侵食されて乗っ取られる。そういうSFだと思うと、なんかめっちゃ面白くないですか?」
俺を励まそうとしてくれてるのか
それともただの天然か、すごく良いことを思いついた! みたいな目でそう言い放った細海先輩に、
「怖いから早く治してください!!」
と、半泣きで訴えた。
ちなみに、翌日からゆっくり腫れが引いていくのを見て、心底安心したのだった。




