第58話 細海先輩と御森くんと帰路
「ほんっっとーに、突然担ぎ上げてすみませんでした…!」
隣の席で白目をむく細海先輩に本日何度目かの謝罪をした。
「大丈夫ですよぉ…私も有馬さんから言われたことを黙ってて申し訳ない、ですから」
いつもより弱々しい声に盛大に反省中である
今朝のことを思い出すと、正直今でも寒気がする
昨晩から不穏な動きをしているエレベーターに、恐怖で乗りたくなさすぎて
気が付くと目の前のものを全部抱えて非常階段を3段飛ばしで降りていた。
宿泊していたはずの俺たちが外から入ってきてフロントの人は困惑していたが
真っ青な細海先輩を見て何か勘違いしたらしく
黙ってチェックアウトさせてくれてありがたかった。
その後、ホテルを離れるバスの中でぽつり、ぽつりと
説明会担当の有馬さんから聞いた噂で卓上塩や塩飴を買ったことを伝えられ
「そのせいで怖がらせたなら申し訳なかった」と言う細海先輩に
「こちらこそ暴走して申し訳ありませんでした!!」と半泣きで謝罪を繰り返している
という訳だ
「あの状況から普通にモーニングやってるお店を調べた時は流石に御森くんの胆力にはついていけないとも思ったんですけど」
「すみません、すみません、どんな時でもちゃんと食べるがモットーなんです」
「おかげで私も胃に物を入れられたので結果オーライですよ、空腹のまま新幹線に乗ってたら発車5分で嗚咽してたかもしれません」
ハハハ…と乾いた笑いが怖い
「まぁ、……結局、ただのエレベーターの不調だったんでしょう。それ以外は特に“なにも”起きませんでしたからね」
若干“なにも”が強調されているのが気になるけど、もう終わったことだから気にするのはやめよう
せめてものお詫びに、と俺がコンビニで買った白湯を細海先輩が一口飲む
「ところで」
少し体温が戻った表情で声をかけてきた
「あの独特の担ぎ方は何ですか?」
“プロレス技をかけられるかと一瞬思った”と言うので、むふー!と解説モードに入った。
「消防士搬送っていう方法でですね、火災現場で消防士が怪我人を運び出すために使われてる人を運ぶ方法です!」
「なぜ御森くんが消防士さんが使う、人を運ぶ方法を咄嗟にできるんです」
「英語でファイヤーマンズキャリーって言うんですけど、名前めっちゃかっこいいじゃないですか?」
テンション高めに熱弁する俺に
「…なるほど」
と、腑に落ちた様子でもう一口白湯を飲む
「モールス信号の時も思いましたけど、御森くんがカッコイイと思って覚えることがほぼ善行で解釈の一致がすごいです」
「人の良さには自信ありますね!」
たった二日だったけど
随分と濃い経験をした土地を出発して15分経過したころ
「さて、私は体力温存のために寝ます」
来た時と同じように、細海先輩はどこからともなくホットアイマスクを取り出し
少し席を後ろに倒すと、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「了解です、おやすみなさぁい」
都会へ向かう帰りの新幹線は、行きとは違って
夏休みに出かける子供や、その家族らしき大人達の声で
控えめだけど楽しそうに盛り上がっている
「(さ、帰ってラスト1日出勤したら、夏休みだ、俺も満喫するぞ!!)」
社会人の夏は、始まったばかりなのだ




