第54話 細海先輩と御森くんと夏の出張
「地元の駅から一緒に行きましょうよぉー!!」
これは俺が細海先輩に「当日は現地集合で良いですか?」と聞かれて叫んだセリフだ
怪我をした先輩の代わりに託されたのは
新幹線で2時間ちょっと
そこから地元の電車を乗り継いだ先にある
自然豊かな土地柄の会社だった。
「いっただきますっ」
時刻通り出発した新幹線の席に座り
細海先輩の隣で普段食べられない駅弁を朝ごはんにいただく
「細海先輩も、じゃがりこだけじゃなくてちゃんと食べた方がよくないですか?」
「この時間は胃が動いてないのと早朝からのフルメイクで既に体力0です」
一方の細海先輩はというと
もりもり食べる俺の横でゼリー飲料とじゃがりこを齧りながら遠い目をしている。
「ところで御森くん、予習はできてますか?」
「はい、できることは全部してきました」
「そうですか、気負いすぎないで、できることをちゃんとすれば大丈夫ですよ」
そう言って細海先輩がゆるく笑う
この説明会が決まった時、新人さんへの基本操作の説明が目的と聞き
自分が登壇したいと希望したのだ
『本当なら細海先輩1人でも大丈夫なのに、俺が研修で同行する分、居室業務は一人手薄になりますよね?だったら何か成果物を持ち帰りたいです!』
これまで何度か説明会を一緒にさせてもらったから流れは把握している
今回の相手は新人さんだから、俺も新人として近い目線で話せるし、お互い勉強になると思った。
「踏み込んだ説明が必要な時は代わります、大事なのは“多分”や“確か”で話さないことです」
「“多分”や“確か”…」
「そうです」
持参したタンブラーから、いつものように白湯を一口含み“ふー”と一息つく
「私たちはプロとして仕事をしていますが、分からないことは“分からない”で良いんです」
「でも、質問されて分からない、じゃダメですよね」
「もちろん」
ここが新幹線の中だからだろうか。
いつもより少し低くてゆっくりとしたテンポで
会話が進む
「そんな時は“すみません、認識が不明瞭なので、確認後お答えします”と言って、社用のメールアドレスを伺ってください。後日ちゃんとした回答をメールですれば信頼につながります」
“今回、御森くんが分からない質問が来たら私が対応するので大丈夫ですよ”
そう言って、あくびをかみ殺す
「自分が分からないことも分かるし一石二鳥ってわけですね」
「そういうことです」
時刻は朝の7時半
現地へは10時に到着予定だ
車両は俺たちみたいな仕事のための移動なのか
スーツの人と、夏休み実家に帰る学生なんだろうなという見た目の乗客がほとんどで
人の話し声より線路を走る音が静かに響いている。
「そんな訳で体力温存のため、私は寝ます」
どこからともなくホットアイマスクを取り出し
少し席を後ろに倒すと、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「了解です、おやすみなさぁい」
そう言って俺は二つ目の駅弁に手を伸ばす。
「(こっちもうまぁ)」
穏やかな出張の始まりに上機嫌の俺には
このあと訳の分からない恐怖体験に巻き込まれるとは
予想できなかった。




