第40話 細海先輩と御森くんと頑張りすぎの代償(前編)
目的の駅に少し早めに到着し
いそいそとコインロッカーに履いてきた靴をしまい、パンプスに履き替えた。
手持ちの鏡をのぞき込み、前髪がおかしくないか、メイクはヨレていないかを機械的に確認する。
「さて、久しぶりに頑張りますかね」
ため息交じりに小さくそうつぶやき御森くんの到着を改札前で待っていた時だ
スィーと目の前を目的の人物が通り過ぎては戻ってきてキョロキョロと周りを見渡している。
「……御森くん、何かお探しですか」
声をかけると「へっ?…あっ!?え???」と何とも間抜けな声をあげ
「おはようございます、ほそみせんぱい?」と半信半疑であいさつをしてくれた。
まぁ、そのリアクションも無理もない
「はい、おはようございます。少なくとも半日はこの姿です、ちゃんと私と認識してください」
そう言った私は、シンプルなパンツスーツにパンプスを履き
前髪をゆるく横に流したハーフアップだ。
普段の私に比べれば典型的な社会人の型にはまった姿をしていて認識しづらいだろう
「え、ちょっと待ってください、めっちゃただの普通の人してるじゃないですか!!」
「失礼ですね!?
私は普段からちゃんと普通の人ですよ!!あとその言い方よくないですよ!普通の人に謝ってくださいっ」
「いやだって、いつもと雰囲気違いすぎませんか」
どうも納得がいっていない御森くんを「まぁ、これは“説明会用のコスプレ”です」となだめ
目的地の会社へ歩き出す。
「普段は“会社に行く時のコスプレ”で今日は“説明会用のコスプレ”って使い分けてるんですね」
「そういうことです。さて、歩きながらで申し訳ないんですけど、今日のレジュメと簡単な名簿を渡しておきますね」
昨日のうちにまとめた資料を渡すと突然サングラスをかけて「名簿!!鈴木さんと佐藤さんっていますか?」と意味深に聞いてきた、なんだ君は、今日なんか変ですよ。
「鈴木さんと佐藤さんですか?」
「はい、部長からその二人がクセつよ…少し個性的な方たちと説明されたのでぇ~」
何やらもごもごと言う御森くんに
「鈴木さんと佐藤さんですかぁ」と私は頭をかく
不思議そうに見ていた御森くんだったが、一通り名簿に目を通してガクリと肩を落とした。
「なんで名簿の3分の1が鈴木さんと佐藤さんなんすか」
「多い苗字ですからね、どの鈴木さんと佐藤さんを部長が言ったんですかね」
しおしおと「ターゲット分からない、護衛任務ムズイ」とサングラスをはずして小声でつぶやく御森くんをよそに目的地に到着し、私は「フゥー」と小さく息を吐いた。
「さぁ御森くん、ここが目的地よ?背筋は伸ばして」
「目的地“よ”?」
「はーい、気にしなーい気にしない、半日はこのノリだからちゃんとついてきてくださいね!」
にっこりと張り付けた笑顔で御森くんを見上げ、受付をすませると会場に向かった。
「皆様おはようございます!本日講師を務める細海と申しますっ、どうぞよろしくお願いいたします。」
唖然とする御森くんには申し訳ないが、マンツーマンの教育係と違い複数人への説明会なら
これくらいのテンションと笑顔が一番効率が良い。
静かな説明では眠くなる人もいる、低い声ではマイクを通しても聞き取りにくい、真顔は威圧感があるから質問しづらい
そんな風に悩んだ挙句、作り上げたこのキャラは
とても評判が良いが私自身の体力を恐ろしく奪っていくのであった。
「では、本日の説明会を終了いたします。またご不明な点があれば細海と、こちらの御森もお電話対応しておりますので遠慮なくご連絡くださいっ、本日はありがとうございました。」
無事に説明会が終わったことに安心しつつ
「どの鈴木さんと佐藤さんかなんも分からなかった」と
ブツブツつぶやく御森くんの横で荷物をまとめていた時だ
「細海さんお疲れ様ですっ」
と、晴れ渡った青空のような声に視線を上げる
「若間さぁ~ん!」
「御森くんも、本当にお疲れ様です」
憧れの若間さん出現に見えない尻尾をぶんぶん振る御森くんに苦笑しながら笑顔を張り付けた
「若間さん、本日も説明会をご依頼いただきありがとうございます。」
「いえいえ、細海さんには負担なのが分かっているんですけど評判が良くて…今年も本当にありがとうございます。」
普段会社での私を知ってる若間さんは申し訳なさそうで
「いえ、私もお勉強させていただいてます」と会話をしていた時だ
「細海先輩、帰る前にお手洗い行ってきて良いですか?」という御森くんに
「道に迷うといけないから」と若間さんが案内を申し出てくれたので、エントランスまで下りて待つことになった
さぁ、そろそろ足が限界だ
貼り付けた笑顔で表情筋も痛いなぁ、なんて考えていると
「細海さん!!」
「細海さぁーん」
よく通る張りのある声に緊張が走る
あぁー…見つかってしまった
「鈴木さんに佐藤さん!ご無沙汰しております!」
駆け寄ってきた女性の鈴木さんは嬉しそうに「間に合ってよかった」と頬を赤らめ
男性の佐藤さんは「一言ご挨拶しようと思って走ってきました」と真っ白な歯を見せて笑った。
「(御森くん!!!!!!!!早く帰りたいので至急戻ってきてください!!!!!!)」




