第30.5話 細海先輩の悪夢と現実
こんな夢を見た
会社の後輩の苗字の一部が世界から消滅する夢だった
私はその後輩のために世界から消えた一文字を探す夢だった
「……」
目が覚めたのは深夜2時を少し過ぎたころ
乾いた喉を潤すために、蛇口をひねってコップに水を注ぐ
「……はぁ」
先ほど見た夢を思い出しながら重い足取りでベッドへ戻るが
どうも脳が冴えてしまったらしい
こういう日は嫌なことばかり思い出して精神衛生に悪いのだ
「(私は、また踏み台だった…)」
私が3歳の時に弟が産まれた
待望の男の子だった
生まれ持った性質なのか面倒見が良かった私は
めでたく弟の「お姉ちゃん」の役割を両親から仰せつかり
短い主人公人生は幕を閉じた。
とは言え、その時はまだ「姉」という役柄が張り付いただけで、さほど生活に変化があったように感じなかった。
だがある日、世界の見え方が180度変わる出来事が起こった
「妹」という役柄の友人の家に遊びに行った時
それはそれは沢山の彼女だけのおもちゃが並んでいる部屋を目の当たりにして気付いたのだ
娘や子供という立場は、人によってこんなに待遇が変わるんだと
〝私は弟を上手く育てるための実験として先を歩かされている踏み台〟だとその時、強く思ったのを覚えている
そう思ってからは、不思議と合点が行くことが増えた
幼稚園の時に恋愛感情を踏み躙られた時も
小学校の時に話し合いも出来ずに友人と縁が切れたことも
〝主役〟になる人間ならきっとそんな扱いはされないのだろう
脳にバイアスがかかっている自覚はある
それでも、上手くいかない時
そのすぐ側で自分が関わった人間が成功をおさめているのを見た時
自分が〝踏み台〟になったんだ、という意識が強くなっていった。
自分の中で見切りをつけ
安定のために入った今の会社で、ようやく平穏な人生がスタートしたと思った矢先の出来事だった。
『御森と言います。御守りの〝御〟に森林の〝森〟で〝みもり〟と読みます』
あの日、彼の教育係になった時
圧倒的な陽のオーラと恵まれた造形に〝主人公が現れた〟と心のどこかで思った気がする。
ここから、この新人の踏み台としての役割をこなすのだと
「我ながら被害妄想がすぎる」
先ほどの夢の内容をゆっくり思い出す。
確かに、私は御森くんのために苦労した挙句
あのままだったら捕まって酷い目にあっていたのかもしれない
それでも、夢の中の私は思ってしまったのだ
「ー森くんの名前を取り戻したい」と
強制されたわけでも、義務でもない
自分が彼の先輩で、後輩の不便を解消したいと自分の意思で行動したのだ
「誰かの物語で踏み台にされたわけじゃない、自分が正しいと思う行動をとった夢だった」
自分の言葉を反芻しながら目を閉じる
規則的な呼吸を意識すると、ゆっくりと体が沈んでいく感覚に力を抜いて身を委ねた。
ここから先も、彼の直属の先輩として
私はコンプレックスを刺激され続けるだろうし
主人公の人生の踏み台だと悔しさを隠しながら過ごすかもしれない
それでも、ふと彼の言葉を思い出す。
「はい、1人で〝まだ大丈夫〟はダメっすよ」
御森くんはいつでも私の理不尽で当たり前を否定してくれる
それなら、私も自分に与えられた役割を全力でこなそう
誰かのために自分の正義を貫くのは、きっと踏み台じゃなくてヒーローになれるような気がするから
サブサブタイトル:主役ですよ、細海先輩。




