第13章:令和時代の美絵子ちゃんへの・・・ぼくからの愛のメッセージ:Part2
・・・以下の長い手紙は、実際にぼくが、愛しい美絵子ちゃんに、どうしても我慢できずに、追加で伝えたメッセージとなります。
さぁ、果たして、読んでくださった彼女の反応は・・・?
うふふ。
ナイショ❤️
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
優しくて可愛い美絵子たん。
おはよ❤️
あら、いやだ。
しげちゃまったらぁ・・・
あんまり美絵子たんのことが好きすぎて、迷惑も考えずに、我慢できずに、こうしてまた、懲りずに、しつこく愛のメッセージなんか書いちゃってサ❤️
m(_ _)m
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
追伸:
1981年の、美絵子ちゃんの可愛い笑顔が、いまも、どうしても忘れられない。
・・・毎日、明るい笑顔で、うれしそうに、ぼくのところに駆け寄ってきてくれた君のことがね。
いまのぼくなら・・・1982年3月の、「あの日の君」を、あんないじわるしないで、ためらうことなく、校庭のど真ん中で、ぎゅっと強く強く、優しく抱きしめてあげられるのに・・・。
きっと、幼かった美絵子ちゃんは、ビックリしちゃっただろうけどね❤️
・・・本当になつかしいよ。
あれから、世の中も風景も変わった。
川崎小学校も、1986年に新しくなったけど・・・児童減少の影響で、少し前に閉校しちゃったし。
チイちゃんやヨネちゃんの駄菓子屋も、大越かっさんのゲーセンも、国井そろばん塾も、川崎小学校前にあった、神山文房具店も消えた。
木幡西公民館はまだあるけどね。
美絵子ちゃんと一度だけ会ったサンピアも、いまはもうない。
隣の田中ゆりこさん、おぼえてる・・・?
気が強かったよね、彼女(苦笑)。
田中さん同様、かおりさんと同じクラスだった、ガキ大将の杉浦君は、交通事故で、若くして亡くなったよ。
理容店の菅谷なおきくんと、歩道橋下の家の和気くんは、美絵子ちゃんと同じ登校班だったよね。
・・・遠藤君も。
彼のお母さんに、デザートをご馳走になったっけなぁ・・・。もう、だいぶ前に亡くなっているけどね。優しい人だったよね。
ぼくは、ときどき美絵子ちゃんの登校班に出くわして、君と目が合うたびに、胸がドキドキしてたよ。
仲良くなってからも、ずっとそれは変わらなかった。
最後の「あの日まで」はね・・・。
美絵子ちゃんの友達も、みんないい子ばっかりだったよね。
伊藤律子ちゃん、武田まゆみちゃん、鈴木さとみちゃん・・・そして、渡辺陽子ちゃん。
小笠原なおこちゃんは、「美絵子グループ」ではなかったけど、いつか矢板市のヨークベニマルで会ったよ。
年頃の娘さん連れてたね、彼女。
美絵子ちゃん、おぼえているかい・・・?
m(_ _)m
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
追伸その2:
美絵子ちゃん・・・あのときは、本当にごめんね。
ぼくが悪かった。
・・・許してね。
川崎小学校で最後にぼくと会ってから、新しい小学校に転校したあとも、きっと美絵子ちゃん、しばらくの間は、つらかったと思うんだ。苦しかったと思うんだ。
ぼくにはそれが、手に取るようにわかったよ。
だって・・・ぼくたちは、あんなに仲良くしてたじゃないか。
かけがえのない「パートナーどうし」だったじゃないか。
なのに、ぼくは、そんな美絵子ちゃんに、何もしてあげられなかった。
でもね・・・きっと優しい美絵子ちゃんのことだから、こんなふうにぼくを気遣ってくれているんだろうと思うんだ。
「しげおくん、あのときのことは、わかったから、もういいよ。それ以上、ほじくりかえしてなんべんも言わなくても。あなたが本当に反省してるのはわかってるんだから。だからね、あたしのことなんか早く忘れて、誰かいい人見つけて、幸せになりなよ。」ってね。
でもね、美絵子ちゃん。
そんな君だからこそ、ぼくは、一生大切にしたいんだよ。
・・・応援していきたいんだ。
会いに行くようなことはしないけど・・・せめてここで、ときどきこうしてメッセージを・・・「愛のメッセージ」を贈らせてほしいんだ。
ごめんね、美絵子ちゃん❤️
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
追伸その3:
ぼくがフェイスブックを始めたのは、もちろん、ここで美絵子ちゃんへの「愛のメッセージ」と「謝罪の気持ち」を伝えたかったからなんだ。
でもね、美絵子ちゃん。ぼくはね、あれからは、せっかく始めた『ドリームランド』という、遊園地に見たてたコンセプトでもって、世界中の人々・・・特に、いままさに戦争に苦しんでいるウクライナの人たちの心を救うべく、得意の語学力を生かして、英語やウクライナ語で、世界に向けて、いろいろなメッセージを発信しているんだ。
ゼレンスキー大統領や、キーウ市長のビタリ・クリチコさんに向けても、同時に「激励」のメッセージを添えてみた。
ぼくのフェイスブックには、いまや、数々の芸能人や有名人も、多く訪れている。
大リーグの大谷翔平さんも、一時期おいで下さったし、名前は明かせないけど、芸能人の皆さんとも、何人か「友達」になってるんだ。
過去には、北朝鮮の「キム・ジョンウン総書記」や、リビアの故・カダフィ大佐の娘のアイシャさん、ブラッド・ピットさん、アメリカのライス元国務長官・・・そして、あの故ジョン・レノンさんの奥さんの「オノ・ヨーコさん」も、いっとき見に来てくれた。彼女も、ぼくと同様、英語で「NO WAR!!」を掲げて、世界平和を、ずっと何十年も訴えかけておられるよね。
すでにぼくは、世界でも、そこそこ名前が知られる、無視できない存在になりつつあるよ。
ウクライナ人女性も、まだ2人だけだけど、友人になっておるよ。ヘルソン市と、首都キーウ在住の、いずれも若い方。ヘルソン市は、まだまだ安全とはいえないから、彼女のことが毎日心配だ。
もう、ミサイルは飛んできてはいないようだけどね。
クリミアが早く奪還できれば・・・。
そして、一日も早い、ウクライナの「NATO加盟」の実現を、ぼくは心から願っておるよ。
美絵子ちゃんが、輝ける未来ある、日本の子供たちを支援する、立派な活動をされているのを目の当たりにしたぼくはね・・・君に大いに刺激され、崇高な理念に感銘を受け、ぼく自身も、社会に・・・世界平和に、微力ながら貢献したいと思ったんだ。
美絵子ちゃん・・・平和でより良い社会を実現するために、ともにがんばろうね。
愛してるよ❤️
ちゅっ❤️❤️❤️
m(_ _)m




