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63/第二席

「っ、はあ」


 ぼとりと身体が地面に落ちる。

 暗い路地裏。テイルとわたしの他にはダレもいない。

 どうしてこんな場所に連れてきたのか。他のヒトたちに見つからないためなんだろうけれど、今はやらなくちゃいけないことがあるだろうに。

 お城に行かなきゃいけない。

 最後の仕上げ。封印の一部になるにはあの玉座に接続する必要がある。そのために、早く城へと向かわなきゃいけない。

 テイル、と呼びかけようとして口から空気が漏れる。声がうまく出ない。それでもなんとか、絞り出すように言葉を吐き出した。


「お、しろ」


 連れて行ってくれ。頼む。

 そう思ってテイルに視線を向けるが、テイルはじっとわたしを見つめたまま動かない。テイルはしばらく黙り込んだ後、ゆっくりと首を横に振った。


「今のお前の状態じゃ、無理だ」


 テイルの言葉に、首を振ろうとする。したけれど、うまく動かずわずかに左右に揺れただけで終わった。

 テイルはそれに、目を細めてなんだか悔しそうな顔をした。


「今のお前じゃ、封印の一部になったその瞬間にお前の意識は潰れる。本当に、身体だけが生きている状態に、封印を維持するためだけの存在になってしまう」


 そんなの、言われなくても分かっている。自分のことなんだから、これ以上負担がかかればどうなるか、もう取り返しがつかないことくらいは分かる。


「……モルガーナ」


 テイルは視線を落として考え込むような仕草をした。そうして、はあ、とため息を吐いて再び顔を上げる。

 穴のような瞳が、真剣な様子でわたしを見つめている。


「お前はどうしたい」


 どうしたい、って。

 そんなの決まってる。封印を施してステラを救いたい。わたしはそのためにここまで来た。わたしは自分の意思でその選択をした。今更ここでその考えを変えるつもりはない。

 それを伝えようとして、テイルにはわたしの考えがお見通しなのか、そうじゃないとテイルは首を横に振った。


「そうじゃない。お前の本当の願いだ。今、本当に求めていることはなんなんだ。なあ、頼むモルガーナ。お前は、どうしたいんだ」


 悲痛な声で、テイルはもう一度わたしがどうしたいのかを訊ねた。


「救世主も責任も何もかもを捨てて、その後に残ったもの。今一番の願いはなんなんだ。お願いだモルガーナ。答えてくれ」

「……い」


 何もかもを捨てた、わたしの本心。今の一番の願い事。それは、自然と口から溢れ出た。


「……生き、たい」


 紛れもない本心からの言葉。

 痛いのも苦しいのも辛いのももう嫌。楽になりたい。それでもこの後封印の一部になって、そうして意識がなくなってしまうのは嫌。それはそれで楽になるかもしれないけれど、そんなのは嫌だ。

 わたしは死にたくない。消えたくない。

 まだ生きていたい。


「死に、たくない。まだ、生きて、いたい」


 それが、わたしの願いだった。

 テイルはわずかに目を見開いて、そうしてこれまでになく穏やかな表情を浮かべる。


「——ああ、よかった。なら、今度は助けられる。今度はもう、失わずにすむ」

「テイ、ル?」


 テイルは深くため息を吐いて、そうしてどこか厳かな雰囲気を纏った。


「その願い、了承した」


 聞き慣れた声。聞き覚えのある声。

 冷たくて、厳しくて、けれども優しい女性の声。

 その声はたしかにテイルのもので、けれど、いつか聞いたアステールの声であるようにも聞こえた。


「魔力器官、起動。接続」

「っ、な、に?」


 カチリ、と自分自身と何かが繋がる感覚。

 何事かとテイルを見るが、テイルは答えることなく何かの詠唱らしきものを唱えていた。


「我はいじを司る者。我は星の管理者。接続者名、第二席アステール」


 テイルを中心に、風が巻き起こる。吹き始めた風はわたしとテイルを包み込む。


「情報譲渡。魂の書き換え。我は立ち去り、この者が新たな席に座る。後継者、(モルガーナ)(・トン・)蜃気楼(アステリオン)。汝の魂は、これより星の管理人へと書き変わる。……耐えろよ、モルガーナ」


 何に、と訊く暇もない。

 テイルが言い終わったのと同時に、膨大な量の何かが身体に入り込む。


「っ、ああ⁈」


 入り込んできた何かをがわたしを上塗りしていく。わたしの中にあるありとあらゆるものを、次から次へと塗り替えていく。身体の内側からバラバラになってしまいそうな感覚。自分を構成するものを一つ一つ書き換えて、別のものにされていっているような感じ。


「ああ、あ」


 全部が書き換えられていく。何もかもが塗りつぶされていく。

 不愉快。不快。

 けれど自分自身が書き変わっていくにつれて、だんだんと痛みや身体の重さが和らいでいく。先ほどまでわたしを苦しめていたものが、少しずつ取り除かれていく。


「は、あ」


 全てが書き変わったと感じる頃には、身体は封印を施す以前のように、もとの状態に戻ったかのように軽くなっていた。


「なん、だったの。テイル——テイル?」


 風は収まった。

 テイルの輪郭は、じわじわと空気に溶け始めていた。


「な、なんでこんなことになってるの⁈ っていうか何をしたの、テイル。なんでテイルがアステールみたいな」

「みたいな、じゃない。わたしがアステールなんだよ、モルガーナ。なんだ、全然気がついてなかったのか? だとしたらお前、本当にぼんやりしすぎだぞ」


 はは、とテイルは笑みをこぼす。


「わたしの身体はたしかに使い魔のそれだ。けれど中身はアステールそのもの。っていうか、城に行くまではただ意識を繋げていただけなんだけどな」

「で、でも、アステールは死んだんじゃ」

「ああ、そうだな」


 さらりと、テイルはアステールが死んだことを認めた。


「ここにあるのは情報だけだ。意思だけ、アステールとしての情報だけをこの身体にインストールさせた。この身体だって、本当は心臓が壊されたあの時に消えるはずだった。それを、無理矢理魔法で維持していただけ。だからまあ、半分幽霊みたいなものなんだよ、今のわたしは」

「それで、なんで、消えかけてるの」

「当然だろう。残っていた情報を、全部お前に譲渡したんだから。だから不老不死の権能も消えた。魔力も消えたからこれ以上維持することも難しい。それ以前に、そもそも存在する権利すら手放したんだ。消えるのは当然だ」


 穏やかな声で、穏やかな表情でテイルは自身がもう存在できないことを告げた。


「なんで、そんなこと」

「なんで、って。言ったじゃないか、生きたいって」

「だからって、自分が消えることになるのになんでそんなことしたの⁈」


 このままじゃテイルがいなくなってしまう。消えてしまう。わたしの友達が、大事な友達がこの世から消え去ってしまう。

 だと言うのに、テイルは焦った様子も悲しそうな様子もなく、穏やかな雰囲気を纏ったままだった。


「友達だからな。助けるのは当たり前だろう?」


 にっ、と。歯を見せて笑っているような様子で、テイルは答えた。


「さて、そろそろお別れだ。この後お前がどうするのかは知らない。助言があるとすれば、もう一人くらい仲間が欲しいってところか」

「ま、まって。待ってよ」

「変質の魔法については覚えているな? あれを使えば破壊装置を取り込むことくらい造作もない。特に、今のお前ならな」


 テイルの輪郭はもうほとんど消えている。あと少し。本当にあと少しだけしかテイルは残っていない。


「ま、それだけ言えば分かるか。じゃあな、モルガーナ。ありがとう、楽しかったよ」

「テ——」


 イル、と伸ばした手には何も当たらない。

 それだけ言って、テイルは綺麗さっぱり消えてしまった。

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