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64/王

 後に残されたのは、わたしだけ。


「——うん。わたしも楽しかったよ、テイル。ありがとう」


 結局、テイルには助けられてばかりだった。何も返せなかった。何もできなかった。

 それでも、それでも今はできることをしなくちゃいけない。もう立ち止まらないと決めたから。やるべきことをやるんだ、って決めたから。

 リボンを解く。

 ただの少女のままじゃいられない。その決意を込めて、髪をゆいあげて後ろで二つにまとめた。

 ……本来は捨てるべきリボンを使ってしまったのは、どうしても捨てきれない何かがあるからなのだろう。けれどそれと向き合うことが、わたしにはもうできそうになかった。

 立ち上がって、路地裏を後にする。

 表道に出ると、大勢のヒトビトがそこにはいた。魔人からニンゲンへと戻ったことを喜ぶヒトビト。平穏が戻ってきたのだと安堵するヒトビト。

 コツリと一歩を踏み出すと、カレらは一斉にこちらを向いた。そうして、酷く怯えた表情を浮かべるのであった。


「ま、魔女だ」


 ダレかがぽつりと呟く。

 魔女だという言葉は波のように広がり、ヒトビトはじわりじわりとわたしから遠ざかる。

 もう一歩足を踏み出すと、ヒトビトは叫び声を上げて逃げ出そうとし始めた。街は再び混乱に包まれる。滅びの魔女の登場に、ヒトビトの平穏は再び奪われた。


「魔女だ! 逃すな!」


 ダレに呼ばれたのか、警備隊たちがわたしのもとへとやって来る。剣を手に、槍を手に。武器を持ったカレらは躊躇なくわたしに襲いかかろうとする。

 それを、腕の一振りで諦めさせた。


「な——」


 駆け寄ろうとした警備隊たちの前。地面には氷柱が深々と突き刺さっている。

 じろりとカレらを一瞥すると、カレらはひっと間抜けな声を上げた。


「この程度で怯えてどうするのです、我が兵士たちよ」

「は、だ、ダレがお前の」


 震えた声で、警備隊のヒトリがわたしの言葉に抗議をしようと口を開いた。けれどもわたしがカレを見つめると、それだけでカレは言葉を紡ぐことができなくなってしまった。

 手を下ろし、周囲を見渡す。

 みんな、わたしの一挙一動を警戒して見ている。それに少しだけ罪悪感を持ちながら、呼吸を整えて口を開いた。


「我が名はモルガーナ。これよりわたしが、アステールの跡を継ぐ」


 わたしの宣言に、みんなはぽかんと口を開ける。当然の反応だろう。突然現れて、自分たちの信仰していた神様の跡を継ぐ、自分たちの王の跡を継ぐと言われたら、ダレだってその言葉の意味を飲み込むのには時間がかかる。


「勝手なこと、言ってんじゃね、え」


 剣を持って駆け寄ってきた兵士の足を、これまた少し腕を動かすだけで切断する。兵士はバランスを崩して、地面に跪いた。


「関心だな。きちんと跪くとは」


 コツリコツリと足音を鳴らしてカレに近づく。カレの顔は真っ青で、今にも気絶してしまいそうだった。


「お前たちも見習ったらどうだ? ああ、すぐにしろとは言わぬ。別に、望んでもおらぬからな」


 わずかに周囲を見渡して、そうして再び目の前の膝をついたカレに目をやる。カレはガタガタと歯を震わせて、怯えた瞳でわたしを見ていた。


「……悪かったな。だが、わたしに武器を向けるな。お前たちはアステールの兵士たちだったのであろう。なら、その後継者であるわたしに従うのは当然のことのはずだが」


 と言っても、わたしがアステールの後継者であると認めさせる方法なんてないんだけど。

 だからこそ、こうして厳しく冷たい、冷酷な王様を演じる必要がある。刃向かえば殺される。容赦なくヒトを殺すつもりがあると判断させれば、カレらがわたしに歯向かうことはないはずだ。

 魔物の巣で出した結論。こんな考えしかできない自分が情けないけれど、今はとにかくそうするしかない。どちらにしても、わたしがカレらをまとめなければならない。救わなければならない。これから、助けていかなければならない。たとえカレらが、どれほど愚かなニンゲンたちであったとしても。

 とにかく今は玉座に向かうべきだ。

 そう判断して、座り込む兵士から離れて歩き出そうとしたところで。


「!」


 空から、銀色の刃物が振り下ろされた。


「……烏兎」


 杖で弾いたそれは、烏兎の大鎌だった。

 大鎌を手に、烏兎がわたしから少し離れた場所へと着地する。黄昏時の色をした瞳は、じっとわたしを見つめていた。


「モルガーナ。あなたを止めに来ました」


 そう口にして、烏兎は大鎌を構える。


「このままではあなたには何も報酬がない。何も報われない。それではいけない。私は納得がいかない。たとえあなたがこの世界を救ったところで、この世界を存続したところで、あなたが救われることはない」

「……救われなくとも構わない。わたしはただ、ステラを救えればそれでいい」


 わたしの答えに、烏兎はぐっと唇を噛む。辛そうな表情に、少しだけ胸が痛んだ。

 そこまで考える必要はないのだ。わざわざ烏兎が、わたしの選択に心を痛める必要なんてない。そんなこと思わなくていいのに。


「……邪魔をするな、烏兎。だが、ここでお前を相手にできるのは都合が良い。お前の半分を、わたしは欲しているからな」


 テイルの言葉を思い出す。

 破壊装置を得ることができれば、今後この世界が滅びる心配は減らせる。仮に邪魔が入るようなことがあったとしても、破壊装置さえ仲間にしていればこちらが負けることはない。

 友達を利用しようとしていることは分かっている。それでも優先順位を考えなければいけない。わたしが優先するべきは何か。わたしが守りたいのは何なのか。


「っ、モルガーナ!」


 鎌を片手に、烏兎が駆け出す。

 おそらく彼女にわたしを殺すつもりはない。だから、この戦闘で彼女が全力を出すことはないだろう。

 烏兎が走りながら片手を振る。わたしの周囲には多数の銀色の鎖が生えてきた。そうしてそれらはわたしを捕らえようとこちらに向かって伸びてくる。


「……殺すつもりなんて、ないくせに」


 それは誰に向けての言葉なのか。

 呟いて、わたしは鎖を切り裂く。少し手を動かすだけ。それだけで、鎖は粉々に砕け散ってしまった。

 烏兎が飛び上がる。鎌がわたしに振り下ろされる。冷静に杖を動かしてそれを防ぐ。

 力は向こうのほうが強い。ぐっ、と踏み込んで、烏兎の攻撃を受け止め続ける。

 少し触れればいい。それさえできれば、あとはこっちのものなのだ。

 カン、と高い音が響いて烏兎がわたしから離れる。けれどもすぐに駆け出して、再びわたしに攻撃を仕掛けようとした。

 烏兎が大鎌を振り上げる。その隙に、わたしは烏兎に接近した。


「っ、モル」


 何を、と烏兎が目を見開く。

 大鎌が背中に触れる。貫かれたら痛いのだろう。けれど、痛い思いをするのはわたしだけではない。


「ぐっ」


 痛い。大鎌の先がわたしの背に刺さっている。

 けれどこちらの目的も達成した。

 烏兎の胸には深々と、わたしの杖が突き刺さっていた。


「魔力器官、接続」

「!」


 何をするのか見当はついていないのだろう。それでも身の危険を察知した烏兎は、わたしの杖を握りしめて抜こうとする。


「解析。魔力挿入」

「モル、う、あ」


 身体の中の違和感からか、烏兎はぐっと歯を食いしばる。杖を握りしめる手にますます力が入る。ぴし、と杖にはわずかに亀裂が走った。


「情報、分離」

「あ——あああ!」


 痛いのだろう。当然だ。自分自身を分離されているのだから。

 杖はぴしぴしと音を立てながら、今にも砕けてしまいそうになっている。烏兎は歯を食いしばって、自身の痛みを耐えている。


「モル、ガ」


 黄昏時の色をした瞳が、悲しそうにわたしを見つめていた。


「——完了(セット)


 パキン、と何かが割れた音が響く。

 そうして烏兎は自身の形を保てなくなり、わたしの手に分離した烏兎の半分が——。


「おっと、それはまずい」


 手に入る直前、聞き覚えのある耳障りな声があたりに響いた。

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