62/幕間2
次から次に警備隊のニンゲンたちは烏兎に襲いかかる。負けると分かっているのに、殺されると分かっているはずなのに多くのニンゲンたちは逃げ出すことはなかった。
封印の場は紅く染められていく。烏兎の魔道具である大鎌の刃にも、血液がこびりついている。烏兎自身の顔にも服にも、血痕が飛び散っている。
頭が転がっている。手足が落ちている。死体はどんどん積み重ねられていく。
血生臭い空間の中に、ふと、爽やかな風が吹いた。風は出入り口の方から吹き込んでくる。出入り口には警備隊のヒトビトの死体が転がっている。綺麗な風が、その死体の山を通り抜けて封印の場に流れてくる。
「おっと、失礼。通してくれないかな」
そうして、華やかな声とわざとらしい足音が封印の場に近づいてくる。その気配に、烏兎は眉をひそめて大鎌を下ろした。
烏兎以外、誰もいない封印の場。警備隊のヒトビトはすでに殺し尽くした。残っているのは死体だけ。
そんな凄惨な現場に現れた彼女は、いつも通りの胡散臭い笑みを烏兎へと向けた。
「やあやあ、烏兎。おつかれさま」
「メルリヌス。今更何をしに来たのですか」
自然と、烏兎の口調は厳しいものになった。声色は鋭く、メルリヌスを責めているようにも聞こえる。
メルリヌスは気にした様子もなく、何って、と腰に手を当てて爽やかな、胡散臭い笑みを浮かべ続けていた。
「そりゃあもちろん、仕事を任せに来たのさ。ボクの目的はステラを消去することだ。まさかモルガーナが無理矢理ステラを存続させようとするなんて、っていうか実際にやり遂げるなんて思ってもいなかったよ」
やれやれ、と呆れたように首を振るメルリヌスに、烏兎は眉間に皺を寄せる。メルリヌスは、烏兎の変化に気がつかない。
「ま、それもここまでだ。モルガーナはもう限界だろう。抵抗はできない。なら、さっさと封印を壊してしまえばいい。星の心臓を守る封印とは違う。あれは鍵だったけど、これはただ木が生えているだけだ。刈り取ってしまえば何も問題はないさ」
「…………」
「烏兎?」
メルリヌスの言葉に、烏兎は眉間の皺を深めるだけ。仕事の命令をすればすぐに了承するだろうと思っていたメルリヌスは、烏兎の心情を理解できずに首を傾げる。どうして烏兎は返事をしないのだろうか。どうして烏兎は、そんな顔をしているのだろうか。
「メルリヌス。あなたは、あなたには心がないのですか」
「? そりゃあないよ。モルガーナのために勉強するつもりではいるけどね。けどそんなの、キミだってないだろう?」
カミサマに人間性などないはずだ。だから自分にそんなものはないし、自分の仲間である烏兎にだってないはずだ。その考えを、烏兎は悲痛そうな声で否定した。
「なら、ならこの感情はなんだというのですか」
「烏兎?」
烏兎は視線を落として、自身の胸に手を当てる。
「封印を施すモルガーナを、自身の身体が限界を迎えても世界を救おうとするモルガーナを見て、私は、私は——何を考えているのか、何を思っているのかは分かりません。それでもあなたのその命令は、ステラを滅ぼすことがモルガーナにとって酷なことであることくらいは分かります。私は、そんなことをしたいわけではない。彼女を悲しませたいわけではない。彼女にはただ、報酬が与えられるべきです」
とてもじゃないが、メルリヌスの命令を素直に聞く気にはなれない。それが、烏兎の今の本心であった。
メルリヌスはふむ、と口元に手を当てる。そうして不思議そうに烏兎を眺めた後、首を傾げて口を開いた。
「けれど、このままじゃあモルガーナは救われないのも事実じゃないか。世界を維持するためだけの道具になってしまう。そうなれば、報酬どころの話ではないだろう」
「それは」
メルリヌスの言う通りだ。モルガーナはこのままでは、意識を持つことさえ難しくなる。そもそもすでに限界の状態だ。今わずかでも意識が残っているのが奇跡だと言える。このまま最後に自分自身を封印の一部としてしまえば、それでステラは安定する。けれどそれで、モルガーナは自分を捨てることになる。そうなればメルリヌスの言う通り、報酬も報いもあったものではない。
どうするのが最善か。どうすればモルガーナを救えるのか。それは、考えるまでもない。
ステラを諦めさせる。それしか、モルガーナを救う方法はない。
「…………」
ぎり、と。烏兎が歯を食いしばる。
「烏兎、命令だ。封印を破壊しなさい。そうすればモルガーナの負担は軽く、っ、と」
大鎌の刃が、ぴたりとメルリヌスの首元で止まった。
「……その命令は、聞けません」
「烏兎」
メルリヌスの呼びかけに、烏兎はですが、と言葉を続けた。
「私はモルガーナを止めます。このまま自分自身を封印の一部になんてさせない。それは、あなたの命令があるからでも、カミサマとしての仕事を考えてのことでもない。私はただ、自分の意思でモルガーナを止めます」
黄昏時の色をした瞳は鋭くメルリヌスを睨みつける。下手なことを言えばその首を切り落とすと語りながら。
「私は、友として彼女を止める。彼女が友達だからと私を救ってくれたのなら、今度は同じ理由で、私が彼女を救いたい」
メルリヌスは烏兎の言葉に、困ったような表情を浮かべて肩をすくめた。
「それは、構わないけど。でもモルガーナを止めてどうするのさ。彼女を止めることとステラを滅ぼすことは同じことだろう? 封印さえ壊せばそれでいいのに、わざわざ説得なんてする必要あるかい?」
「あります。同意を得て行うのと何の説明もなく行うのでは違いすぎる」
そうかなあ、と首を傾げるメルリヌスに、烏兎はため息を吐いて彼女の首から鎌を離した。これ以上説明しても無駄であると、烏兎は理解したのだ。
「それでは、私はモルガーナを止めに行きます。けれどメルリヌス、あなたはどうするのですか」
「どうするって? 何もする必要はないだろう。だってキミがモルガーナを止められないわけがない。戦力差は語るまでもないことだろう」
そうではない、と烏兎は首を振った。
けれど、烏兎はそれ以上言葉を発することなく封印の場を後にした。語る言葉を持たなかったのか、メルリヌス自身に考えさせたかったのか。どちらにしても、メルリヌスが烏兎の本心に気がつくことはない。
一人残されたメルリヌスは、何にも気がつくことなくただ烏兎が立ち去るのを見ていた。




