5話. 交差する肉球
「仁美さんは珈琲と紅茶どちらがお好き?あと、いただいたお菓子も一緒にお庭で食べましょうよ」
座っていたお庭の椅子に、膝に抱いていた私をそっと置くと、由利江ママさんはスッと立ち上がる。
「あ、じゃあお言葉に甘えて珈琲をいただけますか?何かお手伝いできることはあるかしら?」
緊張したような空気を漂わせ、少しソワソワしている仁美さんが、慌てて椅子から腰を浮かせて答える。
「それでしたら、凛子とハヤテくんを見てていただけますか?多分ココは椅子でのんびりとしたままだと思うので…」
いつもよりご機嫌にニコニコしている由利江ママは、椅子で丸まっている私にチラッと視線を向けて、家の中に入っていった。
私はキャアキャアとハヤテと一緒に走り回っている凛子を薄目に見ると、知らんぷりをして目を閉じた。
◇◆◇◆◇
久しぶりに広い草原を思い切り走り回る事はとても楽しかった!
草の香りや花の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、僕はお庭の端から端へと何度も走り回った。
凛子ちゃんは僕を一生懸命追いかけて走ってくるけど、追い付くことができずに顔を赤くして、息を弾ませている。
「ハヤテー早すぎるよぉ~」
いつの間にか呼び方が『ハヤテくん』から『ハヤテ』に変わっていた。
疲れてしゃがんだ凛子ちゃんのところまで何度か駆け戻り、じんわりと汗の匂いのするほっぺたをペロペロ舐めたりする。
「きゃははは!ハヤテくすぐったいよ~」
凛子ちゃんからは楽しそうな匂いがして、見つめる目はキラキラと輝いていた。
楽しくてパタパタとシッポが止まらないよ!
体も跳びはねたくてウズウズする!
そんな興奮した気持ちが少し落ち着いたとき、全く一緒に遊んでくれないココちゃんに気がついた。
美味しそうな食べ物の匂いと、少し苦そうな温かい物の匂いが漂ってくるなか、お喋りしてるママさんと仁美さんの横の椅子に、ココちゃんは丸まったままでいる。
『あ!そうだ!仁美さんもママさんに何か渡したら嬉しい匂いがしたし、僕も何かココちゃんに持っていって喜んでもらおう!』
僕は何か喜んでもらえるものはないかなぁ~と、お庭の匂いを嗅ぎながらウロウロと探し回った。
「ハヤテ~お花は食べちゃダメだよ」
一緒について歩いてくる凛子ちゃんに注意をされたので、お花以外のところを嗅いでまわる。
『壁際の端のところに何だかありそうな匂いがするぞ!』
自分の鼻を信じて前足で土を軽く掘ると、プレゼントに最高なモノが顔を出した。
『やったぁ!見つけたぞ!これならきっとココちゃんも喜んでくれる!』
誇らしげに口にくわえてシッポをフリフリ、小走りでココちゃんのもとへ向かう。
「えーーーっ、ハヤテ~それ、ばっちいよぉ」
凛子ちゃんの驚いたような不安そうな匂いは、宝物の匂いで既に嗅ぎ取ることもできなかった。
◇◆◇◆◇
退屈すぎてウトウトと眠っていた私のところに、軽快な足取りとともに荒い息づかい、そして嗅いだことのない匂いが一度に近付いてきた。
ビックリして目を開ける。
体に草や土を付けて泥臭い匂いのするハヤテが、強烈な香りを漂わせてウネウネと動くものを口にくわえて…
私の椅子のところまで来ると…キラキラと興奮した眼差しで差し出してきた!
『………? ギャーーーー!!!』
爪の先から背中まで、波立つようにゾワゾワと気持ち悪さが通り抜ける。
初めて見たその細長い赤黒い物体は、少し湿った感じで泥をまばらに付けてウネウネと動いている...
あまりの衝撃に椅子から後ろ向きに転げ落ちて、何が何だかわからずに近くに来ていた凛子に飛びついた。
『な!?何がしたいの?この駄犬は!?ゾワゾワが止まらないじゃないの!』
パニック状態のまま、気持ちの悪いウネウネから目をそらし、ハヤテの方をちらりと見たら、少し戸惑ったようなしょんぼりとした目をしていた。
そして、あれだけパタパタとせわしなく動いていたシッポもパタッと動きが止まっていた。
ハヤテの姿を確認すると、見たくもないそのウネウネが目に入る…
『にゃわわわわわわ…気持ちが悪い!臭い!早くどこか目に入らないところに持っていって!!!』
怖いもの見たさがために、2回目のゾワゾワが体を通りすぎて凛子に助けを求めしがみつく。
◇◆◇◆◇
「あらあら、ハヤテくんはミミズさんをプレゼントに持ってきてくれたのね?」
庭いじりが趣味のママさんからは楽しそうな匂い、仁美さんからは驚きの匂い、そして主役のココちゃんは…
パニックが収まらずに凛子ちゃんにしがみつき大暴れ!
抑えきれずにココちゃんを手放した凛子ちゃんがよろめいた…
尻餅をつきそうになった凛子ちゃんは、近くの滑り台にぶつかりそうになる!
『あ!危ない!』
『あ!危にゃい!』
凛子ちゃんがよろける姿をみて、慌てて椅子から立ち上がるママさんと仁美さん。
それよりも早く、僕とココちゃんはケガをさせないように勢いよく一斉に飛び出す!
滑り台にぶつかる手前で尻餅をついた凛子ちゃんの後ろで、思いっきり衝突をする僕とココちゃん。
『目の前がココちゃんの金色の目みたいに輝いてるや…』
一瞬意識が遠く飛んでいくのを感じた。




