27話. 違和感
白い車に乗り換えたあとは、さほど走ることなく目的地に着いたようだった。
外はすっかり暗くなっていた。
今度は砂利道のようなうるさい道ではなく、静かに車は停まる。
「よし、着いたぞ!ガキはまた寝たか。ちょうど良かった。起こさないようにフードかなんか被せて、連れてくぞ!」
運転していた男はやや小さめの声で、凛子ちゃんを起こさないように指示をする。
「はいはい。了解っす。またドア開けてくれます?」
凛子ちゃんの隣にいた男はそっと凛子ちゃんにパーカーを被せると、顔が隠れるようにさせて抱き上げた。
開け放たれたドアから僕はまたそっと外に抜け出す。
そこは古いアパートのような場所で、建物全体が汚れていて錆び臭い嫌な気持ちのする場所だった。
運転していた男は、2階建てのアパートの1階、一番奥の部屋の扉を開ける。
「起こして騒がれないように注意しろよ、ま、今はほとんど誰も住んでないけどよ~」
そう言うと部屋の中に凛子ちゃんを抱いた男を招き入れた。
僕は車の陰からそっとその一連を見ていた。
『どうにかして僕も中に入りたいけど……さすがにそれだとバレちゃうな……』
2人の男が中に入り、扉を閉めて鍵をかけた音が聞こえた。
僕はその閉ざされたドアの側まで行き、聞き耳を立てる。
犬の体の時と違って匂いには鈍くなったけど、音はよく聞こえるようになった。
「そこのソファーにでも寝かせておけよ。ガキだからあれだけ泣いた後だししばらく起きないだろ」
「了解っす。ぐっすりでウケるわ~」
ソファーが重みできしむ音が聞こえる。
「センパイ、タバコ吸いたいし空気入れ換えたいんで、あそこの窓少し開けていいっすか?」
「ああ、そしたら電話かけるから、静かにしとけよ」
そう男が答えると、奥の方の窓がカラカラと音を立てて開く音が聞こえた。
僕は慌ててドアの所から建物を回り、部屋の裏の窓近くに移動する。
そして、再び耳をすます。
窓からはもくもくとタバコの煙が漂ってきていた。
「ってか、センパイ、なんかドラマとかであるじゃないっすか?逆探知とかいうやつ!あれって大丈夫なんすか?」
吸い込んだ煙を吐いた息づかいと共に、会話が聞こえてくる。
「バーカ、だからプリペイド携帯を手に入れてるんじゃねーかよ。使ったら壊してポイよ」
「へーさすがっすね」
なんとも緊迫感のないやり取りに、僕は少し呆れたような気持ちで身を潜めていた。
「あ!これ、ボイスチェンジャーってやつですよね!マジでドラマっぽい!―ワレワレハ ウチュウジンデ アル―ギャハハハおもしれ~」
あまりにもノリが軽すぎる相方に少し苛立ったのか、男は少し強めの口調で話し始めた。
「まだ仕事はおわってねーんだからよ、少しはシャキッとしろや。取り分減らされても文句言えなくなるぞ!」
「あ、さーせん。減らさないで欲しいっす」
バカなやり取りを終えて、センパイとやらがボイスチェンジャーを使って電話をかけはじめた。
「あー凛子ちゃんのお母さん?お子さんは預かってるよ。もちろん無事だ。泣き疲れて寝てるけどな。明日の昼の12時だ。渋谷のスクランブル交差点の真ん中に、黒いバッグに現金5,000万詰めて置いていけ。警察はどうせ来てるんだろ?張り込むようだったら可愛い凛子ちゃんは返さないぜ。あと、マスコミには流すなよ。じゃあな!」
電話の先からはママさんの取り乱す声が漏れてきていたが、なんと言ってるかはよく聞き取れなかった。
男が電話を切るや否やすぐにパキッと折れる音、そして何度も踏みつけて念入りに壊している音が聞こえた。
「よぉ~し、証拠隠滅~。後は、っと…バカどもに再度連絡しないとだな」
今度は別の携帯を取り出したのか、また電話をし始める声が聞こえた。
「あ、お世話になってます。明日のエキストラのお仕事ですけど…ご予定変更は無いでしょうか~?」
さっきと打って変わったような声色で話す。
「あ、良かったです!もうバッチリです!黒い服に黒いマスク、黒い鞄、それと時間だけ完璧にお願いしますね~。絶対に良い映画にするんで!エンドロールにお名前も入れますから楽しみにしててくださいね~」
そんなことを話して電話を切り、他にも同じ内容で電話をかけていた。
3回目の電話をかけようとボタンを押す音がした時、凛子ちゃんが目を覚まして唸りだしたので、男は電話を切った。
「おー、お姫様が起きちまったかよ」
「センパイの声、結構大きかったっすからね~」
窓からの煙は、一度止まったかと思うと、また直ぐに出てくる。
どうやらタバコが大好きらしく、窓を閉められる心配がなくてホッとした僕は、聞き耳を立てながら潜み続けた。
「お、そうだ、ババアが持って来る飯が結構美味いから、オマエとガキで食ってろよ。俺は電話の続きを車の中でしてくるわ~」
そう言うと、冷蔵庫からタッパーを出して机の上に置いた音がした。
「あ、マジで美味いっすね!冷たくてこれだけ美味ければ、出来立てなんて最高じゃないっすか?ってか、センパイ母親いましたっけ?」
「あーババアって親戚のババアな……。親父は元々いないけど、産んだ方のババアは中学の時に男といなくなってよぉ~。ババアのねーちゃんが、小さい子供事故で亡くして、離婚したから面倒みてくれてんの」
男はそう言うと頭をかいているようなポリポリとした音と、部屋から出てドアが閉まる音がした。
タバコの煙が止まり、代わりに食べ物のいい匂いがしてくる……
なんだか懐かしいような……食べたことがあるような匂いだった。




