24話. 猫の手も借りたい
塀の上の木陰から顔を出して話しかけてきたのは、薄汚れて真ん丸い顔をし、右側半分が黒く反対側は白い猫だった。
私を見下ろしながら、興味半分怖さ半分といった匂いを漂わせて、いつでも逃げられるような体勢で話し始める。
「オイ、黙ってないでなんとか言えよ…やっぱり猫語がわかるのか?犬じゃなくて最近はそういう猫がいるのか?」
言葉が通じるのは中身が入れ替わったアイツだけだと思っていたので、私自身もビックリしてしまった。
「あ…アンタ…私の言葉がわかるの?わかるのね!?」
あまりの嬉しさにシッポがパタパタと激しく動き、咥えた袖を地面に落として、体はその場でクルクルと回り始めてしまった。
「いや、やっぱりお前は犬だ!俺の頭がついにイカれたらしいわ…じゃあな!」
踵を返して塀の向こう側に飛び降りようと、お尻とシッポが見えた瞬間に慌てて呼び止めた。
「待って!お願い!助けてほしいの!」
その猫は塀から飛び降りて去るのをやめて、こちらに向きを変えてゆっくりと座り直した。
「助けてって…なんだよ?俺は猫だぞ?お前みたいな犬を助けるなんて、できるわけないじゃないか」
その猫の怯えた匂いは薄れ、興味の匂いが強くなる。
どうやら話だけは聞いてくれる体勢になったらしい。
「わ、わたし、名前はココっていって…本当は猫で…犬とぶつかったら、中身だけ入れ替わっちゃったみたいで…」
家の家族とアイツの家族、それこそまともに会話をしたのはアイツしかいない箱入り猫の自分にとって、今までにない緊張する瞬間だった。
「ハッ!たいそうな名前があって家猫様かよ。そりゃぁ御愁傷様なこった」
そんな嫌味を言われたが、今の私にはどうでもいいこと。それよりも、もっと大切なことがある!
「そうよね…私、バカだから外の世界の怖さを知らなかったわ…。でもね、本当にあなたに助けてほしいの!」
プライドもなにもかなぐり捨てて、その出会えた猫に懇願する。何でもいい!些細な手がかりでもいいから欲しい!
「俺は入れ替わったかなんだか知らんが、元に戻す方法なんてわからんぞ」
「違うの!それとは違うことなの!…私の大切な…まだ子供なのよ!ご主人様が連れ去られて…」
足元に置いた男の袖口を咥え直し、その猫に少し近付いた場所に置きなおす。
「この匂いの男を追いかけてるの!ご主人様を助けに行かないといけないの!きっと怖くて泣いてるわ!」
塀の上にいた猫は、サッと身軽に地面に着地し、恐る恐る近付いてきた。
その猫は顔と同様に体も白地に黒い大きな楕円の形、シッポは全部真っ黒だった。
私が差し出した切れ端の匂いを嗅いでみせる。
「お前さぁ、犬でもわからない匂いを、猫の俺様に探せと言うのも難題じゃないか?」
「そ…そうよね…私も犬の体になって匂いの強烈さを初めて知ったわ…。でも、こちらの方角なのは確かだと思うの!車の匂いで消されちゃったけど…」
今にも泣き崩れそうにうなだれ、シッポは両足の間に入り込み、元気なく座ってる私をみた野良猫は大きく溜め息をついた。
「はぁ…ちょっと仲間たちにも聞いてみるから、お前はその切れ端持ってついてこいよ」
そう言ってノソノソと歩きだし、私は後ろをついていくことにした。
後ろからみるその姿は、野良猫にしてはふくよかな体をし、栄養もとれているようで結構筋肉質だった。
『同じ猫でも、私もこのくらいのガタイがあったら違ったのかしら?いや、アイツの体でも無理だったんだから…変わらなかったわね…きっと』
そんなことを思いながらついていき、ふと気付いて野良猫に声をかけた。
「ねえ、あなた、名前はないの?」
「はぁ?俺様の名前?何でも好きに呼んでくれて構わないが…たまに餌くれるおばちゃんが『ブチ』って呼んでるわ」
少し温かい匂いがブチの方から漂ってきた。
「そのおばちゃん、優しい素敵な人みたいね」
ブチはチラッとこちらを振り向くと、フンッと鼻を鳴らして答えた。
「お前と違って俺たちには死活問題なんだよ。おばちゃんがいなけりゃ死んでたかもな」
そう言うとまた正面をみてノソノソ歩き始めた。
『私って本当にワガママになにも考えず、幸せに暮らしていたのね…』
なぜだか恥ずかしくなり、うつ向きながら匂いを頼りについていった。
歩いていくうちに、ほんの少しだけ男の匂いが強くなった感じがして、弱くなっていた気持ちに力が湧き始めていた。
『絶対に!絶対に!探し出して凛子を助ける!ハヤテ、アンタもしっかり守ってあげててよ!』
地面を歩く爪にギュッと力がこもった。




