22話. 守れなかった…
『失敗した…失敗した…失敗した…』
蹴られた痛みをこらえて起きあがり、私は青い顔をして電話で話している由利江ママを横目に、全力で車を追いかけ走り出した!
嫌な予感や嫌な匂い、少し前から感じていたはずなのに…どうしてあの時、もっと警戒しなかったのかしら…
元に戻れなかったことに落ち込んだり、顔をぶつけて鼻がおかしくなっていなかったら、結果は違ったかもしれない。
抜け穴で引っ掛かって、助けにいくのが遅れさえしなければ、由利江ママもケガをしなかったし、凛子も連れ去られていなかったかもしれない…
頭のなかで後悔や悔しさばかりがグルグルと駆けめぐる。
凛子の乗せられた車を見失うわけにはいかない!必死にあとを追いかける。
息も苦しいし、固い地面を蹴り続ける爪も痛い…口から舌は出っぱなしでヨダレもたれていたが、男から千切り取った袖口の切れ端は絶対に離さなかった。
車はどんどんと離れていく…
私が本当の犬みたいにこの体をうまく使えていたら…せっかく千切り取った袖口があるのに、今の私の鼻と体の使い方じゃ匂いを辿って犯人の元まで駆けつけられない…
大通りに入り、たくさんの車に紛れて凛子を乗せた車を見失ってしまった。
車に忍ばせたアイツは頼りない猫の体…どこまで頼りにしていいかもわからない。
牙を立てても男1人引き止められない、温室育ちの飼い猫だった私。
自分の無力さに打ちのめされながら、行き来するたくさんの車を呆然と眺めていた。
近くを通る人達からは、不安そうな匂いと怯えたような匂いが漂ってきて『ハッ』と我に返った。
小柄な柴犬とはいえ、犬が1匹でこんな場所にいてはおかしいはず。
飼い犬だとわかる首輪をしているのが、唯一の救いなのかもしれない。
そばを通りかかった若い男女2人がしゃべっている声が聞こえる。
「ねぇ、あの柴犬って迷子かなぁ~?首輪はしてるよね。あ…なんか咥えてない?」
「切れ端みたいの咥えてるなぁ…これって、警察に言えばいいんだっけ?俺達で保護するのがいいのかな?」
そんな事を言いながら、立ち止まって遠巻きに見ている。
『このままでは捕まって凛子を探しに行けなくなっちゃう!』
慌てて踵をかえすと、走ってきた小道に戻り姿を隠した。
◇◆◇◆◇
誰も乗っていない3列目の座席の下で、僕は隠れていることがバレないように息をひそめていた。
泣きすぎてしゃくりあげている凛子ちゃんの息づかいが聞こえる。
今すぐに助けてあげたいけれど、僕だけではどうすることもできない。
今は色々と耳で情報を集めるしかないんだ!
焦る気持ちを落ち着かせ、耳だけはしっかりと前に向けたまま静かに気配を消す。
ココちゃんの真っ黒な体だからこそ、座席の下の暗がりに隠れることができた。そして、光を反射して輝いてしまう金色の瞳はそっと閉じておいた。
ココちゃんのことだからきっと追いかけてきてくれるはずだ!元に戻ることはできなかったけど、僕たちがちょうど外に出ていた時で良かった…
「オイ、お前足がつくようなもの落としてきてないよな?」
運転している男がおもむろに話し始めた。
「いやぁ、犬が飛びついて来たときはどうしようかと思ったっすけど…ってか、あの家って猫しか飼ってなかったんじゃないんすか?まぁ、ちょっと袖を喰い千切られた程度なんで、大丈夫っしょ」
凛子ちゃんを押さえている男が軽い調子で答える。
『男の匂いが付いている袖口がココちゃんの元に残っているのか!僕の体の鼻なら匂いを辿ることができるかもしれない!』
一筋の希望の光が見えたこと、ただそれだけでも心の支えになった。
凛子ちゃんは泣き疲れたのか、恐怖のためか、ぐったりとしたまま浅く息をしていた。
『凛子ちゃん!僕とココちゃんできっと君を助けるよ!だから今は我慢して…』
心の声でそう呼びかけ、僕は走り続ける車の中で、気配を消すことに集中した。




