リッパー編 ⑦
砂埃と粉塵が煙幕のように辺りを覆い、数秒間、視界がゼロになった。
静寂。
やがて埃が晴れると、路面には無数のひび割れが走り、ガラスの破片と灰色のコンクリート粉が、雪のように積もっていた。
警告音が鳴っていた。どれだけの損傷を受けたのかはわからない。とりあえず手も足も動く。それだけで十分だった。
瓦礫の中から這い出ると、路上に竹河が倒れていた。友軍マークは消えていない。気を失っているだけだ。
目の前のコンクリート片が小刻みに動き、白い粉が落ちていく。
瓦礫に埋もれたリッパーが真正面にいた。
俺は武器を探したが、ライフルは壊れ、ショットガンは所在不明だ。
イーグルを引き抜くのと、リッパーの赤い眼が光るのがほぼ同時だった。
引き金を連続で引くと、弾丸は眼の下の黒い空間に吸い込まれた。
リッパーは片手で地面を押さえ、立ち上がろうとしていた。
奴の動きで砂埃と粉塵が巻き上がる中、俺は赤い光を目標に撃ち続けた。
何発目かの銃弾を放った時、爆発音と共に奴の顔が激しく前後に揺れた。口の中から火花が噴き出し、後頭部から黒煙がゆっくり上がった。
その時、瓦礫の隙間から鋭い爪が突き出した。反応する間もなく、鉤爪が俺の顔面に突き刺さる。顔面の筋肉に穴が開き、頭部のフレームがミシミシと音を立てた。
奴はまっすぐに俺を見ていた。
目が合った。
その一瞬に、奇妙なほど時間が引き伸ばされる。
その目に、恐怖はなかった。
血走った眼球の奥に、まだ火が燃えていた。追い詰められ、傷を負い、それでも消えない――むき出しの闘志が、真っ直ぐにこちらを射抜いていた。
まだやる気か。
舌打ちする暇もなかった。
ベレッタを取り出すと引き金を引く、弾が尽きるまで叩き込む。
静寂が戻ってくる。
大きく息を吐く。
奴の握力が失われていく。
リッパーの目は、まだこちらを見ていた。
燃え残った炎のように、その眼光はまだ死んでいなかった。しかし体が言うことを聞かない。鉤爪が震え、俺の顔面から離れていく。
銃を構えたまま、低い声で言った。
「終わりだ」
奴は答えない。
ただ、その目だけが、最後まで負けを認めなかった。
竹河がふらつきながら起き上がった。
コルトを手にした竹河に、俺は指し示した。
リッパーの赤い眼は、すでに閉じられていた。
竹河は疲れ果てた顔をしてコルトを下ろした。
「……抹殺した、だと?」
竹河の声は低く、抑揚がない。喜びでも怒りでもない、ただ事実を確かめるような響きだった。
「……本部は……が死ぬことを前提に……帰還するはずがないと……計算外だ……」
「何ですか?」
「……よくやった」
竹河は一拍置いて、絞り出すように言った。
「賢木、索敵とリロードはしておけ。ここは実戦だ。訓練場とは違う」
俺は拳銃のリロードを終え、ショットガンのリロードを開始する。
竹河は座り込んでリッパーの残骸を調べていた。金になりそうなパーツを探しているのだろう。
【警告音】
!?
敵反応は無い。損傷によるエラーかもしれない。
【警告音】
やはりエラーだ。
リッパーが動いた気がした。正確には口元だ。
口から糸のようなものが垂れ下がって揺れている。内部機構の電線が飛び出ているのか?
一本、二本、三本……長い糸が小刻みに震えながら、外の空気を探るように左右へ揺れている。
やがて十数本の長い糸が、扇のように広がりながら現れる。糸は、波がうねるように外側から内側へ、前から後ろへと連動して動き、まったく乱れがない。
敵反応は検知されない。
「竹河!」
竹河は正面にいるのに気がつかない。
「竹河ッ!」
「何だ?」
竹河がこちらに振り向いた。
その瞬間。
糸の群れが弾かれたように飛び出した。
無数の糸が竹河の全身へ打ち込まれた。
友軍マークが消えた。
糸の何本かは竹河の身体を貫いていた。
俺は息を呑んだ。
糸ではない。
それは無数の脚だった。
脚の群れが波打つように蠢く。
その奥から細長い胴体が現れた。
極端に細い。
脚だけが意思を持って胴体を運んでいるかのようであった。
白い顔があった。
マネキンのような顔だった。
目を見開き、泣いているように見える。いや、笑っているのだ。死んだ表情筋の奥で、目だけが、まばたきの仕方を忘れたように開き続けている。
しかし、敵反応は検知されない!
そんな馬鹿な。
目の前にいる。
動いている。
竹河を貫いている。
それなのにシステムは敵ではないと言っている。
竹河の身体が操り人形のように立ち上がった。
顔に打ち込まれた脚が、口を裂くように大きく上下左右に広げた。涎がボタボタと地面へ流れ落ちる。
謎の生物は、竹河の身体を這うように登ると、その口の中へと潜り込もうとしていた。
反射的にショットガンの引き金を引いた。
炸裂音。
何かが吹き飛んだ。
白い破片。
黒い液体。
人工筋肉の断片。
何を撃ったのか理解できなかった。
もう一度撃った。
また何かが千切れ飛ぶ。
竹河が倒れた。
俺は叫んだ。
三発目を撃った。
ショットガンの銃口から白煙が上がっていた。
生物はバラバラになっていた。
路地に転がっているのは、穴だらけになった竹河だけだった。
俺の手の中には、まだショットガンがあった。




