リッパー編 ④
遠くで銃声が聞こえた。
立ち止まったのは俺だけだ。
路地奥からエンジン音が響き、猛スピードのバイクが突っ込んできた。
重い衝撃が襲い、弾き飛ばされた俺は金属音と共に道路を転がった。
警告音。
黒ヘルメットにプロテクターをつけたライダーが、Uターンしてくる。
さっきの連中か?
すぐに起き上がると、ショットガンを構えて発砲した。
直撃を受けたバイクは、ふらつきながら脇を通り過ぎるが、再びUターンして突進する。
炸裂音。
ウイリーで向かってきたバイクの前輪を至近距離から吹き飛ばした。
激しい火花を撒き散らしながら横転し、ライダーがバイクの下敷きになる。
俺はショットガンを左手に持ち換え、右手にイーグルを構えて近づいた。
ライダーの右前腕が開き、内部から小型拳銃が現れた。
ギミックに虚を突かれ、弾丸が顔面に命中する。しかし優位は変わらない。イーグルの弾丸をヘルメットに叩き込むと、ライダーは動かなくなった。
索敵を終えたが、新たな敵の気配はなかった。
銃をしまった、まさにその時――。
「サイボーグ弾圧反対!」
の声と共に、建物の上から火炎瓶が降ってきた。
バーに戻った俺は、席に着く前にウォッカを一杯頼むと、一息にあおってから竹河の向かいに座った。
「らしくなってきたな。AISへようこそ――この狂った世界が君の職場だ」
酔いが回っているのか、竹河は楽しそうだった。
テーブル上のショットグラスの数は十を越えていた。
フロアの女たちは、相変わらず竹河の視線の先で踊っていた。
装備を見せると、上出来だと言った。
「得意な武器は買わないのか? ウチの隊長は狙撃の名手だから狙撃銃を持ってる」
「もう、金がありませんよ」
俺がそう言うと、竹河は爆笑した。
「金がない? それじゃ、仕事をするしかないな」
画像が複数送信されてきた。
クラブ帰りのような服装の若い女性が、路上に倒れている。
血塗れの女、血塗れの女、血塗れの女。
どれもが鋭利な刃物による刺し傷。
大量の血痕。
気が重くなるような無惨な姿であった。
「犯行推定時刻は深夜0時から午前一時の間。死体発見場所と現場が一致するかは精査中、血痕の拡散パターンから移動の可能性は低い」
「被害者が多いですね。これは全て、この街の住人ですか?」
「そうだ。全てこの街の住人。現場に凶器なし。目撃者なし」
俺は画像をファイルに送ると、竹河の顔を見た。
竹河は、ため息をつきながらソファに身を沈めた。
何のため息だろう?全ては金だ、と言いながら、この男も街の安全を憂いているのかもしれない。
「何から始めましょうか?」
「聞き込みだ。俺はバーやナイトクラブを回る。何かあったら連絡をよこせ」
俺が立ち上がると、竹河が静かに言った。
「賢木、死ぬなよ」
住民からの反応はどれも同じようなものだった。
「リッパーを追ってる?」
酒臭い男が俺の胸部装甲を見て吹き出した。
「新品じゃねえか。よくそんな綺麗なフレームで歩けるな」
別の住民は、
「賞金稼ぎが五人でリッパーに挑んだ。次の日、一人の足だけが見つかった」
ラーメン屋台の主人からは、
「被害者は皆、生きたまま切られてる。死因はいつも失血死。苦しむ時間を、わざと長く引き延ばしてるとしか思えねえ。奴にとって“殺す”ことそのものが目的なんだよ。賞金稼ぎだろうが堅気だろうが関係ない――ただ、獲物として選ばれるかどうかだけだ」
こんな話ばかり聞かされた。手がかりは何もない。
それでも聞き込みを続けていると、一人のホームレスが声をかけてきた。
「なあ、あんたリッパーを探してるんだろ? 負けた時にはそのパーツを俺にくれよ!」
頭に来た。一発殴ろうとした、その瞬間だった。
警告音。
閃光。
ホームレスの顔面の皮膚が沸騰し、焦げた肉の匂いが鼻腔を刺す。
ホームレスは絶叫と共に崩れ落ちた。
【敵反応検知:1。距離:33】
どこだ?
ズームが、一ブロック先のビルの陰に立つ人影を捉える。
とんがり頭のがっしりとした人型サイボーグ。
肩から突き出た筒状の武装。その内側で、先ほどと同じ光が明滅している。
【AISの横暴を許さない。正義の鉄槌を加える】
敵が回線に割り込んで意思表明してきた。
俺は近くにあった車の残骸の陰に隠れ、ライフルを構える。
頭部を狙って発砲。
敵の砲口が光る。閃光は目の前の地面を焼いた。
【敵武装:低出力レーザー】
この熱量で低出力? 嘘だろ?
俺のデータベースに、この武装の戦闘記録はない。
センサーが忙しく敵影を走査する。人影は動かない。ただ、砲口の光量がゆっくりと増していく。
すかさず、ライフル弾を顔面に浴びせてやった。
閃光が見えた。
数秒後、熱線が残骸を焼いた。金属が瞬時に赤熱し、内部から異音を立てて歪む。
焼け焦げた塗装の破片が舞い落ちる。
奴と戦っても弾丸を無駄にするだけだ。
……逃げるか。
判断は一瞬、迷いはなかった。
俺は後方に走り出した。
レーザーを警戒して、ゴミの山やテントの間を縫うように駆け抜けた。
進路を不規則に折り曲げる。直線を避け、狙いは絞らせない。
奴が追って来た。土埃を上げながらローラーダッシュで追走してくる音が迫る。速い。
廃車が目に入ると、陰に滑り込み、呼吸を殺す。
駆動音、砂を踏む足音が近づき――そして、真横を通り過ぎる瞬間。
振り向きざま、ショットガンの銃口を突きつけて撃つ。
至近距離での散弾が、敵の身体を歪な放物線で跳ね上げた。
奴の身体が、蛙が跳ねるような不格好な軌道で吹き飛ぶ。
前のめりに着地し、無様に地面を転がる。
畳み掛けるように脚部へ銃口を向け、連続で撃ち込む。
装甲が弾け、内部構造が露出し、脚部は破壊された。
敵の身体を、油断なく点検する。
肩のレーザー砲は、今も薄く燐光を残していた。腰には大型のナイフが一本。拳銃の類は見当たらない。
俺はあることに気づいた。
装甲の意匠、関節部の駆動機構――見覚えがある。民間のパーツとは明らかに違う規格。AISが採用している標準支給パーツだ。
「お前、この腕をどこで手に入れた?」
「……」
問いかけに応える様子はない。地面に転がったまま、敵は肩で荒く呼吸するばかりだった。頭部のセンサーだけが、ゆっくりとこちらを見上げている。
「答えねえと頭吹き飛ばすぞ!」
――こいつの言い分を、頭ごなしに否定は出来ないな。
その考えが電気信号のように脳裏を走り抜け、指先がほんの一瞬だけ引き金の上で止まる。
だが、それだけだった。
後頭部にショットガンを突きつけると、くぐもった声が聞こえた。
「……拾った」
「は?」
「死んでたんだ。AISの奴はリッパーに挑んで殺されたんだ。それを頂いただけだ!」
「お前がAISの隊員を殺したんだろ?」
俺は銃口で頭部を小突いた。
相手の身体が小刻みに震え出す。
「違う! 殺したのはリッパーだ! 俺はそれを見てただけだ! 本当だ! 俺が出て行ったとき、AISの奴は、上半身だけだった……」
「リッパーの居場所を知ってるな?」
「……な、ナイトクラブ、北東にある」
「騙すつもりか?」
「嘘ではない……奴は北西と北東のナイトクラブに、よく現れる。北西は先週、銃撃戦があったから今は営業していない。だから北東だろう……」
俺は竹河に連絡するため、とんがり頭から離れた。
その時、ふと疑問を抱いた。
AISの隊員がやられたならば、報告書があるはずだ。それに交戦記録も残されているはずだ。
何故、俺に公開しない?
竹河は全てを知っているのか?
通信回線を開いた時だ。
急に静かになったことに気づく。
とんがり頭がナイフを手にしていた。
俺はベレッタを引き抜いた。
とんがり頭は、ナイフを自分の喉に突き立てた。
火花と、ゴボゴボと空気の漏れる音がした。
「おい待て! お前リッパーを見たんだろ!? 顔は? 武器は? おいっ!!」
「……かお? ……顔なんて無かった……」
竹河は、これを知った上で、俺を送り出したのだろうか。




