リッパー編 ①
【メモリー修復中――】
【修復率12%……】
【AIS No.8 CODENAME 賢木。『リッパー』抹殺任務にあたり、第二組隊員・竹河と合流し任務を遂行せよ。以上、通信終了】
街の東西にメインストリートが伸び、それを挟む形でビル群が建つ。その後ろに小さな建物、さらに後ろにはテントや粗末な小屋が広がる。
英語の怒鳴り声が飛ぶ。中国語の客引きが通行人を呼び止める。焼けた羊肉とスパイスの匂いが夜気に混じり、タコスの屋台の隣ではコーランの朗唱がスピーカーから流れていた。色鮮やかなサリーをまとった老婆が、その喧騒を当然のように横切っていく。
百の国を無理やり一つに押し込めたような街。
それがナショナルタウンだった。
国籍を超えた群衆が、ネオンの奔流の中を突き進んでいた。
「賢木か?待っていた」
AISの紺色の制服を着た、三十代後半の男が声をかけてきた。
「賢木です。竹河さんですか?」
「竹河でいい。お前も本名じゃないだろう。」
「よろしくご指導願います」
「配属初日から随分やる気のある顔をしているな。いや結構、結構」
その時だった。
「くたばれAIS!」
叫び声と共に石が飛んできた。俺は身構えたが、竹河は平然としていた。
「立ち話もなんだ。バーにでも行こう」
竹河はハングル文字のネオンの下を歩き出した。
「傷ついたか?それとも自分の理想が汚されたような気がしたか?…悪いが俺には街の騒音にしか聞こえん。いちいち気にしていたら金を稼げんからな」
「いえ、少し驚いただけです。AISはサイボーグ犯罪者を排除している訳ですから……」
傷つかなかったと言えば嘘になった。心は揺らいでいた。
「俺たちの仕事は誰かに感謝されることでも、誰かに好かれることでもない。俺たちの仕事で、結果的に彼らが、平和に文句を言える環境が維持されればそれでいい」
「必要な仕事をした結果として罵倒されるなら受け止める。そういう覚悟が必要なんですね」
「感謝なんて求めた瞬間、お前は相手に支配される。罵倒に怯えた瞬間、お前は自分の価値を相手に決めてもらうことになる。どちらも、俺たちが最も忌むべき『負け』だ」
メインストリートには、ギラギラしたネオンサインの店がずらりと並んでいた。賑やかに見えたが、どの店の前にも重火器を持ったサイボーグが必ず立っていた。
「政府はサイボーグ狩りの組織というイメージを払拭したい。だからArmour Intelligence Serviceなんていう穏当な名前をつけたんだろう」
竹河が自嘲気味に言った。
「あら、可愛いお兄さんじゃない」
道すがら、化粧の厚い客引きの女が声をかけてくる。竹河は乾いた笑い声を上げると、何か考えた様子で俺の顔と装備を見た。
「お前ならまだ色んな生き方が出来る。まだ引き返せるぞ。故郷へ帰って女見つけて、まともな人生送れよ」
からかっている。うまく切り返そうにも、言葉が出ない。仕方なく言葉を返した。
「故郷なんてないです」
「ない?ホームレスかよ!」
「AISの寮があります」
「寮?整備工場だろ」
竹河が立ち止まった。
「話の前に、お前の実力を見せてもらおうか」
そう言うと、薄暗い路地へと入っていった。メインストリートと打って変わって、極端に暗い。
視界が暗視スコープに切り替わる。
竹河は中華料理屋の前で立ち止まった。
建物の影からチャイナドレス姿の女が現れた。
「お兄さん、遊びましょう」
アジア系の顔立ちの女は、機械的な口調で言った。女は含み笑いを浮かべ、胸を開く仕草をする。
なぜか竹河が静かに後退する。
女は笑っていた。
その笑顔だけが不自然で動かなかった。
女が笑顔のまま、俺の目の前で胸を開いて見せた。
開いた胸部から火炎が噴き出した。思わぬ奇襲に、俺は慌てて後退する。
次の瞬間、女の背後から人型ロボが躍り出た。棍棒のような腕を振り上げて殴りかかってくる。
警告音
【敵反応検知:2】
「おいでなすった、美人局だ!お前はそっちのお姉さんをやれ!」
竹河はそう言い終わる前にショットガンを発射していた。早業だった。俺も素早く拳銃を引き抜こうとしたが、女の回し蹴りが先に飛んでくる。
胸部に衝撃。
女は高速回転しながら刃物つきの蹴りを連発してくる。ダメージは軽微だが、この素早さは厄介だった。
俺は女の頭部に狙いを定める。しかし、素早い回転蹴りが拳銃を吹き飛ばした。さらに、竜巻のような勢いの一撃を顔面に浴び、俺は膝をついた。
竹河は細身の人型に、ショットガンを放っていた。相手は、大きなマスクの上に血走った赤眼、棍棒ではなく、右腕が異常に肥大化してカニの鋏のような形状をしていた。
竹河は鋏の一撃を軽々とかわす。
空振りした鋏は中華料理屋の壁を粉砕した。
竹河がショットガンをもう一発叩き込むと、相手の両脚が爆発した。
動けなくなった相手に拳銃で止めを刺す。頭が潰れて倒れ込んだ。
女が回転蹴りで襲いかかる。もう一度、頭を狙うと予測した俺は腰を落とした。蹴りが空を切ると急いで拳銃を拾い、女の頭めがけて、ひたすら連射した。
頭部が火を噴いて爆発した。
竹河はナイフを握ると、残骸から慣れた手つきで脊椎を取り出し、さらにカニの鋏までもぎ取った。
「あれ持って来い」
「……何に使うんです?」
「金になる」
「これがですか?」
「お前、AISの給料だけで生きていけると思ってるのか?」
竹河は笑った。




