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暗闇とは、公平な神である。
罪人の血も、聖人の祈りも、等しく呑み込む。
だから俺は夜が好きだ。
夜ならただの影になれる。
雑居ビルの間の暗い路地をすり抜けるように、一人の男が疾走していた。散乱したゴミだらけの道を軽快に走り抜ける。
腕は機械だった。
脚も機械だった。
くるぶしの脇には車輪が埋め込まれている。
背にはライフル銃、腰には拳銃。
男の視界に警告表示が浮かび上がる。
【敵反応検知:1】
男は足を止めて、注意深く周囲を見回す。
外階段の上から、何かがこちらを見下ろしていた。
巨大な熊だ。
全身に弾痕が穿たれ、裂けた肉の下から金属骨格が覗いている。左腕は肩から先がなく、断面では焼けた配線が火花を散らしていた。
それでもなお、その巨体は倒れていない。
三メートル近い影が、夜の路地を塞ぐように立っていた。
だが、その目だけは死んでいなかった。
肉も骨も削られ、機械の骨格を晒しながらなお、朱い瞳は男に突き刺さっている。
あれは視線ではない。
呪いだった。
「おもしれえ、付き合ってやるよ…」
男の呟きと同時に、巨大熊が顎を開いた。
喉の奥から漏れたのは咆哮ではない。焼けた機械が軋むような絶叫だった。
本来なら立っていることさえ不可能な損傷だ。
それでも熊は跳んだ。
【脚部ローラー起動】
機械音とともに重心を落とした。
次の瞬間、身体が後方へ弾き飛ばされる。
景色が一気に遠ざかった。
一瞬遅れて、熊の巨体が地面へ叩きつけられた。
路地が揺れる。
コンクリートが砕け、蜘蛛の巣状の亀裂が広がった。
爪の跡が深々と地面を抉る。
男は砕けた路面に目を落とした。
熊が土埃の中から向き直る。
朱い両眼が男を捉えた。
だが、その眉間にはすでにライフルの照準が据えられていた。
息を吐く。
巨大熊が跳んだ。
照準の中で朱い瞳が急速に大きくなる。
男は引き金を絞った。
弾丸が眉間を貫いた。
火花が散る。
巨大熊の動きが止まった。
一歩。
二歩。
それから巨体はゆっくりと傾き、轟音とともに路面へ沈んだ。
朱い両眼は、もう光っていなかった。
男はライフルを背へ戻し、拳銃を抜く。
残骸へ歩み寄った。
「本部へ画像送信」
【AIS No.8。目標『グリズリー』の排除を確認】
【任務完了】
【帰投せよ】
拳銃が消えた。
そう見えたのは一瞬だったからだ。
実際には腰のホルスターへ収められただけだった。
視界の警告表示が鬱陶しいほど点滅していた。
【損傷率:危険レベル】
【レスポンス大幅低下】
男は壁に手をついた。
足の反応が鈍い。
路地の先に「REPAIR SHOP」の看板を見つけると、そのまま中へ入った。
店内は白い光に満たされていた。
円柱状のカプセルが整然と並び、その光景は病室というより機械工場に近い。
利用客の姿はない。
車輪を備えた黒い球体が走り寄ってくる。
長方形の頭部を持つ小型ロボット。
ここの店員だった。
頭部のライトが男を走査する。
青。
黄。
そして赤。
赤色灯が激しく点滅した。
男は黙って装備を外す。
小型ロボに急かされるままカプセルへ横たわった。
蓋が閉じる。起動音。
次の瞬間、全身を無数のナノ粒子が包み込んだ。
神経線維に似た人工回路が熱を帯びる。
骨格。人工筋肉。損傷した部位が修復されていく。
【コマンドコネクター dr74%】
胸部のダメージが高い。
【LFハイフレーム dr79%】
【ナチュラルボーン dr82%】
脚部も限界だった。
「ひどくやられたもんだ」
自嘲した、その時だった。
視界が一瞬だけ暗転する。
警告。
【メモリー破損──】




