ドール編 ①
「ルミナ」
「……テロ組織の?」
奴は頷いた。
俺には何も思いあたるふしはない。
記憶を辿っても、何も出てこない。
それが、かえって不気味だった。理由があるならまだいい。理由すらないことの方が、よほど恐ろしい。
だが、奴の言葉に嘘の表情はなかった。
足元が崩れるような感覚だった。
俺の知らない場所で、俺の知らない誰かが、俺を殺す理由を持っている。
その事実だけが、不気味だった。
その時、遠くから俺の名を呼ぶ声が響いた。
明石たちだ。
奴は残った力を振り絞るように身を起こし、向こうを顎で示した。
「行け」
短い一言だった。
「次はお前を殺す」
「……ああ、待ってる」
それだけ返し、俺は仲間たちの元へと足を向けた。夜風が傷跡を撫でるように吹き抜け、背後の気配は闇の中へ溶けるように消えていった。
【AIS No.8 CODENAME 賢木。『ドール』を抹殺せよ。『ドール』は無人攻撃機を使用した大規模テロを企てている。第三組隊員と合流し任務を遂行せよ。また、本作戦は第三組隊長、葵の指揮下で行う。以上、通信終了】
俺の目に飛び込んできたのは、道路に隙間なく並んだパトカーの群れだった。
赤色灯が幾重にも重なり合い、光の洪水となって道路を埋め尽くしている。
ドアの陰に、制服警官たちの背中が見える。皆一様に低く構え、拳銃を前方に向けたまま微動だにしない。
その先、さらに奥。かすんで見えるほどの距離に、横転したトラックと、そこに張り付く三つの人影がある。銃声が響くたびに、手前の警官たちの肩がわずかに強張るのが分かる。
「下がって! 下がってください!」
規制線を管理する警官が声を張り上げ、野次馬を押し返す。ざわめき、無線の交信音――それらすべてが、規制線のこちら側に押し込められている。
道路という道路がパトカーで塞がれている。
ただ遠くで、断続的な破裂音とサイレンの唸りだけが、この静止した空気を切り裂いていた。
規制線のテープのすぐ手前、一台のバイクが斜めに停められている。エンジンは切られたままだ。
またがった男は、ヘルメットも被らず、片手にポップコーンの袋を持っていた。
指先でつまんでは、パリ、パリと口に運んでいる。
遠くで銃声が響く。周囲の野次馬がびくりと肩を震わせ、悲鳴に似た声を上げる。
だが男はその音に眉ひとつ動かさない。ポップコーンを一粒、また一粒と口に放り込みながら、まるで映画の予告編でも眺めるような、緩んだ目つきで規制線の向こうを見つめている。
サイレンが唸り、怒号が飛び交い、規制線のこちら側でさえ空気が張り詰めている中で、その一角だけが完全に浮いていた。
ポップコーンの匂いが、硝煙と血の緊張感の中に、場違いなほど甘く漂っている。
男はAISの制服を着ていた。
「第二組から来ました。隊長でしょうか?」
俺が声をかけると、男は驚いた顔を向けた。
「ああ、聞いてる。隊長ならあっちだ」
「隊長! 第二の奴が着きました!」
男が大声を出し、前線に手を振った。
視線を向けると前線に三人の隊員が見えた。
「今、包囲しているのがターゲットですか?」
「いやいや、違う違う。俺たちは完全に巻き込まれただけだ」
「?」
「隊長が面白そうだからって飛び込んだんだよ。あの人、戦いの匂いがすると我慢できねえんだ。ほら、食えよ」
男が笑いながらポップコーンを勧めてきた。
空気が震えるような轟音が響いた。
ダダダダダダダダ、という重低音の連射音が、咆哮のように聞こえる。
「ガトリングガンだ!」
男が叫ぶ。
弾丸はパトカーに向かって撃ち込まれた。
ドアが裂け、鉄板が内側にめくれ上がる。
ルーフが音を立てて沈み込んだ。支柱が根元から千切れ、天井がくの字に折れる。火花が滝のように噴き出している。
連射音が止んだ瞬間――車体は前後で完全に分断された。前半分は前のめりに沈み、後ろ半分は地面に崩れ落ちる。
「退却!」
警察官たちが逃げ散った後に、真っ二つになった両断面から同時に炎が上がる。
二つに分かれた車の残骸から、黒煙が静かに立ち上っていく。
「ほら見ろ。やっぱり行くじゃんか、うちの隊長」
退却する警察官の波に抗うように、三人の隊員が前進して行く。
男に促されて、俺も前に出て行った。
一人がパトカーのボンネットの上に狙撃銃を置いた。
残りの二人はローラーダッシュで、黒煙の中を突進して行く。
炸裂音が響き、敵が発砲した。
音からしてマシンガンである。
遅れてガトリングガンも放たれた。
二人の隊員が、盾を前面にかざしながら風を切って突進する。
敵から絶え間ない銃撃が浴びせられ、盾の表面で無数の火花が弾ける。
衝撃にも構わず、二人は速度を緩めない。まるで火線そのものに吸い込まれていくかのように、真っ直ぐに間合いを詰めていく。
不意に、乾いた一発の銃声が響いた。
狙撃手が放った一撃は寸分の狂いもなく、敵の頭部を捉える。
敵の一人が崩れ落ちた。
残り二人。
ガトリングガンから、おびただしい弾幕が吐き出されるが、隊員の一人はそれを盾で受け流しながら一気に踏み込む。
刀が一閃、鋼が空気を裂く音とともに敵の首が宙を舞った。銃声が唐突に途切れ、ガトリングガンだけが地面に転がる。
その身のこなしは、完璧なまでに洗練されていた。地を蹴り、刃を振るう一連の流動は、息をのむほど滑らかで静かだった。
もう一人の隊員は、マシンガンを構えた敵の眼前に迫っていた。
火を噴く銃口の前で、隊員は剣を高く振りかぶる。
天から渾身の一撃を叩き込んだ。
刃は装甲ごと敵の頭部を割り、火花を散らしながら敵は膝から崩れ、そのまま地に沈んだ。
その戦いぶりは、暴風そのものだった。一歩ごとに地響きが起きるような、圧倒的な質量と力任せの打撃で相手を粉砕した。
戦場に静寂が戻る。硝煙の匂いと焼けた金属の臭いだけが、激闘の名残として漂っていた。
あっという間の出来事であった。
狙撃銃を背負った仮面の大男。
刀を腰に下げた男。
そして剣を背負う鋭い目つきの男が先頭に立ち、三人はこちらに戻って来る。
その圧倒的な雰囲気に、周りの警官たちが一歩、また一歩と後ろへ下がり、三人が歩くべき一本の道を空けていった。
これを見た俺は緊張してきた。
「賢木? お前、賢木だよな! いや、会いたかったぜ!」
「は、はい。賢木です」
いきなり先頭の男が抱きつかんばかりに腕を握ってきたので、俺は困惑した。
「こいつが賢木だ。リッパーを殺った。実績は本物だ。余計な肩書きより、よっぽど価値がある」
男は後ろの二人に愉快そうに言った。
二人も大きく頷く。
「見事だ。第一組を差し置いて、これほど早くリッパーを殺るとは――見上げたものでしょう。その働き、正当に評価されるべきだ」
「……ほう。生き残ったか。それだけでも大したものだが——エリート気取りの連中を出し抜くとはな。面白い、実に面白いぞ。」
「世間じゃ第一組がお偉方の自慢の種で、俺たちはその後ろを歩く脇役扱いだ。だが、その第一組が狙ってた獲物をお前が仕留めた。痛快じゃねえか。本来は第一が来るまでの時間稼ぎだったんだろう? 第一の連中、どんな顔をしたか見てみたかったな。よくやった。」
彼らは大笑した。
ほめられているのかと思ったが、やたらと第一組という言葉が出てくるので、俺は素直に喜べないでいた。
「俺は葵だ! 後ろの二人が夕顔と松風。若紫はもう挨拶をしたよな?」
「悪い悪い、まだ名乗ってなかったな。俺は若紫だ。よろしくな」
先程から一緒にいた男が言った。
「よろしく」
「第三組へようこそ。うちで欠員が出てな。第二も負傷者が出たんだろ。だからお前がこっちに来た。事情はそんなところだ」
「蛍隊長から聞いております」
「蛍は何と?」
「第二とは違うから、勉強になるだろうと」
「勉強? よせよ。うちは平凡な隊だ。第一みたいなエリートもいなけりゃ、第二みたいな模範生もいねえ。いるのは命令書より始末書を読む方が得意な連中ばかりだ」
葵の発言に隊員たちが爆笑した。
「よし! これから賢木の歓迎会だ! 今日は説教も訓練もなしだ。お前ら、飲みに行くぞ!」
葵はそう言うとローラーダッシュを展開した。地面から白煙が巻き上がると、疾風の如くどこかへ行ってしまった。
「ははっ、出たじゃんか。任務中に歓迎会始める隊長なんて、うちぐらいだろ」




