ゲームボーイ編 ④
「次はお前!」
ゲームボーイが明石を指すと、九つの球体が轟音を上げながら殺到した。
たまらず明石は左側へ逃走する。
俺は中央で待ち受けると、追跡してきた球体めがけてショットガンを撃ちまくった。
だが、球体の群れは止まらず、明石を左下隅へ追い詰める。
穴を背後に、必死に抵抗する明石。
球体にショットガンを飛ばされると、次の球体を素手で受け止める。
しかし、次々と襲いかかる球体全てを押し戻すのは不可能だった。
「ウワーッ!」
明石が落下した。
俺は何もできなかった。
辺りには明石の武器が散乱していた。
「ポケットイン! 残りはお前だけ!」
ゲームボーイが俺を指す。
俺は穴を背にすると、明石のバズーカを拾った。
球体が周囲を転がり出した。
俺は突進の瞬間を待ち構える。
球体は半円状に展開し、一斉に突進してきた。
同じ場所へ一斉に集まった場合、最終的には互いにぶつかり合い、弾き飛ばされる球が出るはずだ。
轟音を上げながら球体が接近し、地面が激しく揺れた。
球体が次第に密集する。
左から二番目と三番目の球体が接触すると、カチンという金属音と共に激しく吹き飛んだ。
空隙が出来た。
俺は頭から突っ込んだ。
球体は目標を見失ってぶつかり合っていた。
そこへバズーカを撃ち込んだ。
反動の衝撃が身体に重くのしかかる。
爆発音、跳ね飛ばされる球体、立ち上がる黒煙。球体の群れをいくつか破壊した。
「ハハハ! そんな事しても無駄さ! また新しいボールを用意するよ」
「このゲーム、俺の勝ちだ」
「何だって?」
「残っているボールをよく見ろ」
残った球体③、④、⑥、⑧。
破壊された残骸から読み取れる番号②、⑤、⑦。
「残りの番号はこの中だ」
俺は穴を指し示した。
「①と⑨は穴の中へ入った」
「これはナインボールだろ。⑨がポケットインしたのだから俺の勝ちだ」
俺の言葉にゲームボーイは呆然としていた。
ふらふらと俺の頭上まで来ると、球体の番号を確認する。
しばらくして口を開く。
「ハハハ、確かにそうだ。きみの勝ちだね」
手を叩いて、表情を戻した。
「じゃあ次のゲーム!」
銃声が響いた。ライフルだ。
【友軍反応検知】
ゲームボーイの顔から人工筋肉が飛び散り、頭のフレームが露わになった。
「賢木、後は任せろ」
隊長の声が聞こえた。ここからは姿は見えない。
静寂が広がり、自分の呼吸音がはっきり聞こえる。
駐車場内に隊長の声だけが静かに響いた。
「……私の部下に、手を出したのかね」
「彼らは、私が預かっている者たちだ。……その意味が、分かるかね?」
「ど、どこだ? どこから撃ってきた?」
ゲームボーイは明らかにうろたえていた。
「私とゲームをしようじゃないか」
「……三つ数える間に、お前がここから逃げられるかどうか。単純だが、悪くないルールだろう」
「言っておくが……私は、ゲームに負けたことがないのでね」
銃声がまた響くと、ゲームボーイのスケボーを破壊した。
「もちろん走ってもらうよ」
隊長はそう言った後、ゆっくりとカウントを始めた。
「一つ」
「二つ」
悲鳴を上げてゲームボーイが逃げ出した。
小さな足音が速い連打に変わり、遠ざかっていく。コンクリートの地面に反響し、いくつもの足音が重なり合っているように聞こえた
「三つ」
少し静寂があった。
次の瞬間、乾いた破裂音が一つ、静寂を切り裂いた。銃声にしては妙に鋭く、そして拍子抜けするほど短い。まるで空気そのものが一瞬だけ裂けたような音。
ビシッという音と倒れ込む音が聞こえた。
再び静寂が広がる。
しばらくして、こちらに近づく足音があった。
「まったく……上司を待たずに動くとは、困った部下たちだ」
「ああ、冗談だよ。待たせてしまったようだね。……すまなかった。少々、片付けねばならない用事があってね」
上から隊長が顔を見せた。
背中に狙撃銃が見えた。
これが、あれなのか。
上からロープが落ちてきた。
「明石と須磨を回収しろ。時間がない。爆薬を仕掛けた。もうじきここは全て爆発する」
俺は急いで穴から須磨を引き上げる。
須磨は傷だらけだったが、目立った外傷はない。
「……正直、ここで終わりだと思った。だが、君は予想以上だった」
「あなたがいなくなるとアインシュタインが悲しむでしょう」
「それは避けたい」
須磨はそう言いながら俺の手を握った。
「ありがとう。視覚センサーに異常が発生している」
須磨の声は、まるで他人の報告を読み上げているように平坦だった。
「大丈夫か?」
「問題ない。視界がわずかに不鮮明なだけだ」
「動けるか。ここを離脱する」
「ああ、動ける。……ただ、お前の顔は輪郭くらいしか判別できないがな」
須磨は小さく笑った。強がりだとわかっていた。俺は何も言わず、須磨を床へ座らせた。
続けて明石を引き上げる。
「……はっ、やったか。ハハッ、やるじゃねぇか、お前! くそ……ちょっと待て、足やられた。立てねぇ。悪ぃが肩貸してくれ。」
二人を救助し、さらにここから地上へと戻った。
「隊長のM200久々に拝見します! おい賢木、お前は隊長の狙撃見んの初めてだろ! どうだ、凄かったろうが!」
「……下にいたので見てません」
俺には隊長が、何を計算し、どのタイミングで引き金を引いたのか、まったく分からない。分かるのは、たった一つの乾いた音の後に、すべてが終わっていたという事実だけだった
ゲームボーイの頭部は完全に吹き飛んでいた。
俺たちが死にものぐるいで追い詰めて、ようやく隙ができた。
だが隊長は、その隙をたった一発で仕留めてみせた。
――この人は、一体何者なんだろう。
味方であることが、まだ信じきれない自分がいた。
「こらこら、私のことなど、どうでもよろしい。それより、各員……負傷の程度を報告してくれたまえ。私が気にかけるべきは、そちらの方だ」
報告を聞いた隊長は、各隊員のパーツをチェックした。
明石は脚を引きずっている。
須磨は視覚に障害発生中、よく見えないらしい。
「これより、離脱するとしよう。敵の残党と、交戦になる可能性がある。……油断のないように、頼むよ」
隊長が静かに見渡しながら告げる。
離脱ルートが共有された。工場群を出て用水路へ向かい、そこから中心部の安全地帯を目指す。
「先頭は私が務める。須磨は明石に肩を貸せ、明石は須磨の眼となれ。賢木は最後尾だ」
我々は縦隊となって離脱行動を開始した。
隊長は駐車場の奥へと進んで行く。
俺はライフルを構え、後ろを警戒しながらついて行った。
隊長が駐車場から外に出て行き、その後に明石と須磨が続いた。
それを見届けた俺は、もう一度後ろを警戒した。
黒ポンチョが立っていた。
【敵反応検知:1】
反射的に引き金を引く。
黒ポンチョは横飛びに逃げると抜刀した。
「何故狙う?」
「そういう仕事だ!」
高速の突きが襲いかかる。
ローラーダッシュで後方へ逃げる。
だが敵も高速で走って追って来た。
俺は急ブレーキをかけた。足裏から大量の火花が放出される。
敵が驚いた眼をしている。
追う側の勢いはすぐには消えない。
敵の身体はまだ前へと運ばれている。急停止しようとした結果、体幹だけが前のめりに流れる。
その瞬間、ブレーキをかけた俺と、止まりきれない敵との距離が一気に詰まる。互いの身体が重なるかどうかの境界線上をかすめていく。
俺は身を屈めた態勢を取ると、敵の身体を上半身で跳ね飛ばした。
敵は空中で猫のように身体をひねり、音もなく地面に着地した。
――速い。
着地しきる前に、すでに剣が振り下ろされていた。俺の左肩から火花が散る。装甲から衝撃が伝わる。
銃床を返し、横薙ぎに叩き込む――が、敵はそれを読んでいたかのように低く沈み込み、避けると同時に俺の右脚を斬り上げた。
まずい――後退する。
その瞬間、高速の突きが伸びてくる。切っ先は首元を正確に狙っていた。
呼吸が止まる。
ぎりぎりで顎を引き、紙一重で喉元を外す。だが完全には避けきれない。刃が右肩を裂いた。
息を整える暇はない。
俺は銃を構え直したが、自分でも笑うほどゆっくりだった。おそらく敵には、スローモーションにしか見えていないだろう。
剣の柄が鳩尾に叩き込まれた。
息が――出ない。息を吸おうとしても、肺が悲鳴を上げるだけで空気が入ってこない。
体がくの字に折れる。
俺は地面に片膝をついた。
――立て。立たなければ、終わりだ。
なんとか身体を持ち上げようとした瞬間、影が落ちた。見上げた視界に映るのは、無感情に見下ろす敵の姿と、振り下ろされる刃。
突然、白い閃光に包まれた。
次の瞬間、轟音と共に駐車場の壁が吹き飛んだ。
俺たちは地面に叩きつけられる。
爆薬が爆発した。
視界には土煙と粉塵が渦を巻いていた。
衝撃波にやられたのか、警告表示も出ない。
交信している声が聞こえるが、誰だかわからない。
破片や飛散したガラス、金属片が体に突き刺さり、制服がズタズタに裂けていた。
薄れかけた煙の向こうに赤い炎が見えた。
工場内に積まれていた資材や油類に引火したのか、炎はみるみるうちに広がり、黒煙が天井を這うように立ち込め始めた。
よろよろと立ち上がると、瓦礫の中に黒ポンチョを見つけた。
気絶している奴を引きずって外へ運び出した。
工場全体が黒煙に包まれていた。
時折、屋根から火の粉が舞い下りてきた。
「……何故、助けた?」
奴が意識を取り戻していた。声はかすれていた。
そこにいたのはただの一人の若者だった。
「……このまま、お前が死んだら、お前は俺に勝ったと勘違いするだろうよ」
「何だと?」
「俺はお前と勝敗をきっちりつけたい。だからお前を助けてやった。ただそれだけの理由だ」
奴はしばらく黙っていた。
それでもまだ信じていない。信じるという習慣が、この男の人生にはなかったのだろう。
「その理屈、随分と往生際が悪いな」
「悪いかよ。まぐれで死なれて、勝った気になれるわけねぇだろうが」
男の目の奥に、初めて何かが揺れた。
恐怖ではない――そんな気がした。
借りを作ることへの、居心地の悪さだろうか。命を救われた人間が、救った相手に抱く、あの感覚に似ていた。
「お前に借りを返すつもりはない」
「頼んでいない」
「……そうだろうな」
火の粉が二人の間に落ちた。
「……変な奴だな」
「お互い様だろ」
短い沈黙。
やがて奴は小さく息を吐いた。
「……教えてやる、依頼者の名を」
俺は息を止めていた。
聞き逃すまいと、ほんのわずかに身を傾けた。




