ゲームボーイ編 ③
「ロック!」
俺は慌てて追跡蜂を飛ばした。
後を追おうとすると、いきなり、一人の男が両手を上げて立ち上がった。
ショットガンを向けたが、非武装だった。
後ろでは、明石と須磨が銃撃戦を繰り広げていた。
「ゲームボーイに逃げられた」
「追え! ロックは確認している。隣の工場だ」
須磨が答えた。
確かにMAPに敵の位置が表示されていた。
俺は二人に任せて奴の後を追った。
隣接する工場は自動車を生産していたらしい。
溶接機械が生産ラインにびっしり並んでいた。
反応を頼りに進むと、通路中央に奴がいた。
小柄な身体に、鮮やかな緑色の半袖シャツとタイツ。赤い羽根をさした小さな帽子。革靴の下には派手な柄のスケートボード。
あまりにも周りの風景にそぐわなかった。
【敵反応検知:1】
「お前がゲームボーイだな」
「そうだよ! 僕がゲームボーイさ!」
奴は眼を輝かせ、高く弾んだ明るい声で告げた。どう見ても子供だ。
「ねえ、僕とゲームしようよ!」
生産ラインの間から謎の集団が現れた。全員笑顔で、手には拳銃を握っている。
自分の意志そのものを、薬に食い潰された連中だ。
「きみ、人狼ゲーム知ってる? この中に一人だけ人狼がいる。それを当ててみてよ! もちろん他は一般市民だから殺しちゃだめだよ!」
【敵反応検知:7】
笑う集団が一斉に発砲してきた。
俺の視界には、敵の集団が熱の塊となって浮かび上がる。
その中に、一つだけ色のない影があった。左側。熱を持たない、冷えた輪郭。
俺はベレッタを引き抜き、左側の一人へ発砲した。
頭部が内側から弾け、火花と金属片が散る。首から上を失った機体は、糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。
その後、片端から順に足を撃ち抜く。
笑う集団は次々と倒れ込んだ。
ドリーム中毒者の射撃とはいえ、何発かが俺の身体に命中していた。
「ハハハ! ……そうか! 赤外線センサーを使ったのか! きみ、なかなかやるね」
ゲームボーイが手を叩いて笑った。
俺は無視してリロードすると、すぐさま奴に銃口を向けた。
「ねえ、僕とゲームしようよ!」
生産ラインの間から、笑う集団がまた出て来た。
今度は十数人だ。武器は所持していない。
「今度はパックマンやろうよ! きみ、パックマン知ってる?」
反対側の生産ラインから四脚の機体が躍り出る。
胴体の上部には、巨大な刃物が二枚。ハサミのように、ゆっくりと開閉を繰り返していた。金属が擦れ合う、シャリンシャリンという音が、工場の天井に反響する。
四本の脚の先端には小型のローラー。
無人機は床を滑るように加速し、胴体前面のセンサーアイが赤く明滅している。
赤い光が、笑う集団の輪郭をなぞると、無人機は突進し、対象との距離を一瞬で詰める。
二枚の刃が閉じた。
湿った音が工場に響く。鮮血が弧を描いて飛び散り、ハサミの間から落ちたものが、鈍い音を立てて床を転がる。
ゲームボーイはそれをギラギラした目つきで眺めていた。
「どけ!」
俺は笑う集団をかき分けて、無人機を追った。
しかし、無人機は高速で走り回り、次々と中毒者たちを切り刻んだ。
無人機のモーター音、シャリンシャリンという音、鈍い音、倒れる音。
「キャハハ!」
ゲームボーイの笑い声が聞こえる。
忌々しい奴だ。
ようやく目の前に無人機を捉えると、関節部に狙いを定め、これを破壊した。
残った中毒者たちは五、六人だけだった。
「ハハハ! 楽しかったね!」
奴が笑った。
「ねえ今度は、だるまさんがころんだ、をやろうよ!」
「やらねえよ!」
反対側の生産ラインからマシンガンつきの無人機が現れた。一定の距離を保ち、その場に留まる。銃口はこちらに向いている。
「はじめるよー!」
「だるまさんがこーろん、だ!」
俺は動かなかったが、笑う集団は止まらない。
マシンガンが火を噴き、一人を粉々にした。
俺は反射的に引き金を引いて、無人機を破壊した。
「だめだよ! ちゃんと鬼にタッチしなきゃ! やり直しだよ!」
新たな無人機が二体現れた。
「こんなもん、無理に決まってるだろ!」
「きみが早く、鬼にタッチすればいいじゃないか。今度ルールを破ったら鬼を三人にするよ」
「だーるまさんがこーろん、だ!」
【脚部ローラー起動】
ローラーダッシュを展開した。
奴が言い終わると同時に、向こうの生産ラインに滑り込む。
二つの無人機の銃口が俺に向けられていた。
場が静寂に満ちた。
弾丸は発射されなかった。
「ギリギリセーフ! キャハハ!」
ゲームボーイは手を叩いて笑った。
「だるまさんがころんだ!」
俺は手前の無人機に手を触れた。
「タッチしたぞ!」
「あれれ」
無人機が発砲した。
二名が死んだ。
「この野郎!」
発砲した瞬間、奴の姿はロケットのような速度で遠ざかった。
追おうとした時、背後で重い足音が重なった。
「賢木」
聞き慣れた声。振り向くと、明石と須磨が並んでいた。
「通信記録では、隊長は既に到着している。移動時間を考慮すると、間もなくここへ来るはずだ」
「じゃあ、あれが見れるかもしれねえな」
「急ごう。早く片付けてしまおう」
我々はすぐに後を追った。
奴は隣の敷地で待っていた。
広大な駐車場だ。
「ねえ、僕とゲームしようよ!」
「うるせえ!」
「ゲームって楽しむものじゃない? わざわざ自分からつまらなくするなんて、もったいないよ! もっと気楽に遊ぼうよ。」
「くそチビ!」
明石が突進すると、奴は走って逃げた。
中央まで追ったとき、突如として地面が大きく揺れた。陥没していく足元。同時に、底からコンクリートの壁がせり上がってくるような錯覚に陥った。気づけば我々は、巨大な長方形の密室に四方を囲まれていた。
奴はその壁の上に腰かけて、こちらを眺めていた。
「きみ達、ナインボールって知ってる?」
「うるせえんだ!」
明石が言い返したが、奴の所まで弾丸は届きそうもない。
「ナインボールやろうよ!」
奴がそう言うと、天から大きな金属の球体がいくつも落下し、衝撃音と共に地面が激しく上下した。
球体は色分けされ、それぞれ数字が記されている。
「あれを見ろ!」
須磨が叫ぶ。壁の端に穴が開いていた。
四隅の角と二つの長辺の中央。
全部で六ヶ所。
球体がすっぽり入りそうな大きさである。
「ブレイクショット!」
ゲームボーイが叫ぶと、球体が轟音を上げながらこちらに突進して来た。
各自発砲したが、突進は止まらない。
俺たちは、次々と跳ね飛ばされ地面を転げ回った。
我々を弾き飛ばした球体は、直進した後、意思があるようにUターンして戻って来る。
「散開!」
明石が叫ぶ。
我々は散り散りに逃げた。
すると球体も、向きを変えてバラバラに追いかけてくる。
俺の目の前に①、④、⑧。
減速した所をベレッタで撃ったが、手応えはない。しかし、数が減った分だけ敵の動きが見やすくなり、回避も容易になった。
目の前を通過した球体が、甲虫のような形態へ変形した。
振り返ると再び球体に戻り、突進を再開する。
こちらに休む間も与えない。
「ハハハ! 逃げてばかりだね」
ゲームボーイは笑った。
俺は、変形した瞬間を狙い、球体の内側へ発砲した。
弾丸は弾き返されず吸い込まれる。
ベレッタからショットガンに持ち替えると、⑧の内側へ撃ち込んだ。
⑧がひっくり返る。
さらに食らわせれば、火花と煙を上げて動かなくなった。
「内部機構だ! 変形した時に内側へ撃て」
「了解」
俺は⑧の残骸を盾にリロードする。まだ①と④が猟犬のようにうろうろ回っている。
「②、⑤、⑨この数字に何か意味はあるのか?」
須磨が何か呟いていた。
「ざまあみろ、この野郎!」
明石の喜ぶ声が聞こえた。撃破に成功したようだ。
「きみ達、これはナインボールだよ! 小さい数字から狙うのがルールなんだ」
ゲームボーイが笑った。
「やり直しだよ!」
ゲームボーイが叫ぶと、天から二つの球体が落ちて来た。散っていた全ての球体は中央に集まって行く。
「ブレイクショット!」
球体が激しく散った。
球体の群れが、一斉に須磨の方へと向かった。
須磨は中央から長辺の上に向かって逃げていた。
「数字は行動順序を規定するパラメータだ――」
走りながら、須磨は誰にともなくそう呟いていた。息が上がっているのに、声だけは奇妙に落ち着いている。何の話だ。意味を問い返す暇もない。
左下隅にいた俺には、助けたくても遠すぎた。同時に明石は右下隅にいる。
壁際に追い詰められた須磨は、ショットガンで抵抗していた。
閃光と炸裂音が何度も響き渡る。
「須磨!」
「賢木! これはナインボールだ――」
球体が次々とぶつかり、須磨の身体が穴へ落ちた。
「ポケットイン!」
ゲームボーイが手を叩いて笑った。
「応答しろ須磨! 応答しろ!」
明石が呼びかける。マーカーは表示されている。
俺は須磨が落ちた穴へと走り出した。




