ドール編 ②
隊長のモーター音が、遠雷のように聞こえた。
「先に行くぞ」
その一言を合図に、夕顔が滑るように発進する。松風の足元からも、モーターの起動音が響く。
松風は発進前に、若紫へ言い放つ。
「おい、貴様。今日から賢木の面倒はお前が見るんだ。文句は聞かん」
「何でだよ!」
抗議の声はモーター音にかき消され、二人は、あっという間に道路の先へと吸い込まれていく。
気づけば、俺たちだけが取り残されていた。
「さっきから気になったんですけど、何故、あんなに動きが速いんですか?」
三人の脚部は普通より太かった。
若紫のパーツは俺と大して変わらない。
「HAKUBAだよ。レーシング用のパーツ」
調べると、確かに車並みの速度が出るらしい。しかし、恐ろしく値段が高い。
若紫は後方に戻るとバイクを押して来た。
「乗れ乗れ。うちの隊長、待つってこと知らねえんだよ。追いかけるぞ」
俺が後ろにまたがるとエンジンがかかる。
パトカーの間を縫うように進むと、横転したトラックの前で止まる。
「プラチナ盗かよ」
散乱した荷物を見て、若紫は吐き捨てるように言った。
俺はバイクから降りると、首のない敵に近寄った。
「何やってんだよ」
「どうすればこんな風に切れるんですかね」
首元は鮮やかに切れていた。
目を凝らしても、切り口に荒れた繊維の一本すら見当たらない。俺はその滑らかさに、刃物の切れ味以上の何かを感じ取った。
「夕顔に聞けよ。やつは剣術の遣い手だ」
「剣術?」
再びバイクの後方にまたがると、若紫はすぐに発進した。
向かったのはナショナルエリアだった。
若紫はナイトクラブの前にバイクを停め、座席にホワイトボードのようなものを置く。
「これは何だ?」
「書いてある通りさ」
『盗んだら爆発します』と書いてあった。
店内に入ると三人が席で飲んでいた。
他にも客がいるが、明らかに三人と距離をとっていた。
「……『私も前に出る』って聞いた時はな、『へえ、少しは根性あるじゃねえか』と思ったんだ。ところがどっこい。いたのは七キロ後方の指揮車の中だ」
「俺たちが弾を食らってる間、あいつは冷房の効いた車内で液晶画面とにらめっこだ。それで『掩護している』だとよ」
「便利な戦い方だよな。撃たれもしねえ、死にもしねえ。なのに戦ったことにはなるんだからよ」
葵たちは盛り上がっていたが、俺たちに気がつくとウェイターを呼ぶ。
「注文だ! 来ないならグレネードを投げ込むぞ! ハハハ!」
「絶好調じゃんか隊長!」
テーブルの上には空になったテキーラのショットグラスがすでに二十個近く積み上がっていた。
「最高だ! まずは乾杯だ!」
五つのグラスが轟音とともにぶつかり合う。
俺は一気にあおった。
空のグラスをテーブルに叩きつけると、拍手と歓声が沸き起こる。
「よし、いい調子だ。もう一本持ってきてくれ。今日は飲むぞ」
夕顔が声を張り上げた。
ホールスタッフが慣れた様子でボトルを運んでくると、夕顔が豪快にラッパ飲みを始めた。
「飲め! 騒げ! 血が流れてるうちに楽しんどけ! 生きてる実感ってやつは、こういう時に味わうもんだ!」
葵は満足そうに笑い声を上げた。
俺たちは酒をがぶ飲みして、くだらない話で盛り上がった。
「──で、実際どうだったんだ」
しばらくして、葵がグラスを置いて言った。
声は穏やかだが、眼力がある。周りの者たちも飲むのを止め、俺の方を見た。
俺は淡々と、覚えている順に話し始めた。
あの時の天候、時刻、遭遇の瞬間。
報告書を読み上げるように、言葉を選びながら。
「それから、瓦礫が落ちて来て──」
そこで言葉が途切れた。
グラスを持つ手が止まっている。店の喧騒がやけに遠くなる。隊長は急かさなかった。ただ黙って、次の言葉を待っている。
「……すみません。あとは、あまり」
竹河のことは何も話せなかった。
俺は、酒をひと口飲んだ。喉を通る感覚だけが妙にはっきりしていた。
「いい。そこまでで十分だ。無理して傷口を開く必要はねえ」
葵が言った。
「なるほど、厄介な相手だったようだ。……もし我々が相対していたなら、どう戦っていたか。一考の価値はあるでしょう」
考え込んだのは夕顔だ。
「ほう……並みの弾丸は弾かれたか。それなら話は早い――徹甲弾が要るな」
松風も興味をそそられたようだ。
それぞれが真面目に語り始めたのを見て、葵が言った。
「……よし。生きてる実感は味わえたか? なら次は、その命を賭ける仕事の話だ」
店内には大きなBGMが流れており、我々の声は周囲には聞こえない。
「対象はドール。顔写真無し。過去に人型サイボーグの集団を使い、政府機関の式典を妨害」
俺は表示された画像を眺めた。
迎賓館前の道路を行進するサイボーグの群れ。
大使館を包囲するサイボーグの群れ。
前衛芸術のような写真ばかりだ。
サイボーグは、ほっそりとした独特なフォルム。
どこか気味が悪く、それでいて一度目にしたら頭から離れないデザインだった。
「何だよこれ。爆弾も撃ち合いもやってねえのに、ずいぶん大騒ぎじゃんか。こいつ、そんなに危ねえ奴なのか?」
疑問の声を上げたのは若紫だ。
「……この手の輩は、銃をぶっ放して御託を並べる連中とは違う。ただ己の力を誇示したいだけの小物だ。取るに足らん。だが油断はするなよ」
静かに松風が言った。
「この程度の相手を、我々が抹殺する意味が分からぬ。何か裏があるのでしょうか。理由を伺いたい」
夕顔が問う。
「諸君、それはもっともな疑問だ。こいつ自身は大した人間じゃない。だが、ルミナと手を組んだ」
ルミナ。
グラスを持つ指が、ほんの一瞬だけ止まった。
俺を殺そうとした男の依頼者。分かっているのは、反政府組織だということだけだ。
言うべきか。だが、何をどう伝えればいい。
俺は何も言わず、グラスを傾けた。
葵はグラスをぐいと飲み干した。
「反政府組織ルミナが無人攻撃機の開発を依頼したという情報がある。こいつは引き金を引かなくても、人を殺せる立場にいる」
「だから消す。それだけだ」
「ミライドームを吹っ飛ばした連中が、こいつに攻撃機を作らせようとしてるってのか?」
若紫が言った。
「敵の手に渡ってから探し回るなど、無能のやることだ。我輩は先に潰す方を好む――」
松風がそう言ってグラスをあおる。
ドールはサイボーグの集団を制御する技術を持っている。
ルミナはドールの持っている技術が欲しい。
「おい小僧、拠点を探す手立てを考えるんだ。電力消費解析、金の流れ、通信、目撃情報――探る筋はいくらでもある。それを見つけ出せ、話はそれからだ」
松風は若紫に向かって言った。
「誰が小僧だ、誰が。ここの連中はみんな電気食いまくってるんだよ。電力消費を追ったって拠点なんか絞れねえじゃんか」
言い返す若紫。
「部品の流通経路は?」
夕顔が聞いた。
「それも厳しいな。特殊なパーツでも使ってりゃ話は別だが、普通の部品なら追いようがねえ」
答える若紫。
「それでは、通信の監視も一筋縄ではいかぬでしょう。ハッキングなど、ここでは日常茶飯事だ」
夕顔は頷きながら考え込んだ。
「……なるほどな。犯人がここに潜り込んだ理由が読めたぞ。探すのが厄介な場所を選んだ、というわけだ。小賢しい真似をする」
松風が苛立った声を上げる。
「諦めるんじゃねえ! 賢木、意見を出せ」
葵は興奮気味だった。
「活動拠点からの、廃棄物のチェックですかね。異常な回収量の産廃を探します。ルミナの目標が明らかになればいいんですが」
俺は考えを述べた。
「なるほど、いい着眼点だ。廃棄物は隠しきれねえ活動の痕跡だからな。連中も、まさかゴミから足がつくとは思ってねえんだろ。」
葵はそう言って頷いた。
「後は金の流れだな」
「よし、動くぞ。部品の流れ、産廃の行き先、目撃情報。洗えるものは全部洗え」
「俺たち三人は北側を当たる。お前たちは南側だ。成果だけ持ってこい。過程はどうでもいい」
「賢木は夕顔と組ませた方がいいと思います。夕顔に聞きたいことがあるらしいんで。俺と夕顔を交代しましょう。俺は隊長たちと一緒に行きます」
若紫が手を上げて言う。
「お前、ついて来られるのかよ?」
葵は意外そうな顔をして聞く。
「バイクがあるじゃんかよ」
若紫は意味ありげにウインクをした。
その時、外から爆発音がして店内が大きく揺れた。
たちまち悲鳴が起こり、パニックになりかけた。
すかさず若紫が立ち上がる。
「大丈夫だ! AISだ! 俺のバイクの盗難防止装置が作動しただけだ!」
「お前ら覚えとけ! バイク泥棒は重罪だぞ!」
若紫の説明で、騒ぎはなんとか収まった。
若紫に続いて外へ出ると、乗って来たバイクが黒い骨組みだけになって燃えている。周囲にはパーツが散乱していた。
その数メートル先に、煤だらけの男がうつ伏せで転がっていた。背中が痙攣している。生きているらしい。
「こいつら、盗んだバイクをバラして、パーツ単位で売り飛ばすんだ」
若紫は男の襟首をつかんで持ち上げ、無造作に手錠をかけた。
「だったら、わざわざバラす手間を省いてやろうと思ってな」
「……まさか」
「ああ。わざとここに停めておいた。釣り餌ってわけだ」
赤ら顔のまま、若紫は得意げに笑った。今までのは、ただの酔っ払いの馬鹿騒ぎではなかったのか。
そこへ葵たちも店から出て来た。
葵は状況を一瞥して、眉ひとつ動かさなかった。
「隊長、これって経費で落ちますよね?」
若紫がニコニコしながら聞いた。
葵は首を横に振った。
「落ちるわけないだろ」
笑顔のまま、若紫が固まった。
「始末書三枚ってとこだな」
「さ、三枚!? 勘弁してくださいよ、隊長!」
若紫は泣きそうだった。両腕でこちらの腕をがっしりつかんでくる。力が強すぎて、骨が悲鳴を上げた。
「頼むって、一枚くらい肩代わりしてくれよ! お前だって一緒に乗ってきたんだ、共犯みたいなもんだろ!」
「共犯!?」
呆然とする俺の肩を、通りがかった夕顔が力強く叩いた。松風も笑いながら、何も言わずに通り過ぎていく。その背中が、「ようこそ」と言っていた。
「あ、あの……」
俺の上ずった声に、足を止めた夕顔が、ゆっくりこちらを向いた。
目が合った瞬間、全身から汗が噴き出した。睨まれているわけではない。ただ静かに、奥底まで見通す眼差しだった。聞きたいことは山ほどあったのに、言葉は舌の根で凍りついた。
夕顔は何も言わず、ただ待っていた。
やがて視線が外れ、止めていた息が漏れた。俺はただ、深く頭を下げることしかできなかった。
「聞きたいことがあるのだろう。だが、今はまだ聞く時ではない」
夕顔はそう言い、歩き出した。




