ゲームボーイ編 ①
【AIS No.8 CODENAME 賢木。
『ゲームボーイ』を抹殺せよ。『ゲームボーイ』は、合成麻薬「ドリーム」のマーケットの元締である。任務にあたり、第二組隊員、明石、須磨と合流し任務を遂行せよ。また、本作戦は第二組隊長、蛍の指揮下で行う。以上、通信終了】
到着したファクトリーエリアは、その名の通り無数の工場が立ち並ぶ工業地帯だ。
かつては機械音が響いていた街も、今では静寂に包まれている。錆びた煙突が林立し、鉄骨がむき出しの工場が夕日に長い影を落としていた。ひび割れたアスファルトの道路には雑草が生い茂り、使われなくなった工場群の隙間を不法改造車が通り抜ける。
かつての活気はすっかり消え去り、人類が突然姿を消したかのような不気味な静けさだけが、この場所に残っている。
今回の任務は、先遣の隊員からの要請という話だった。
約束の時間から二十分が過ぎていた。錆びついた工場の門の前で、俺は先遣の隊員を待ち続けた。崩れかけたコンクリートの壁の隙間から、冷たい風が吹き抜けていく。
足音が聞こえたのは、そのときだった。割れたアスファルトを踏みしめる、ゆっくりとした足音。俺は顔を上げ、目を凝らした。
「遅かったですね」
そう言いかけて、言葉が喉の奥で止まった。近づいてくる人影の輪郭が、待っていた相手とは明らかに違う。
俺は思わず後ずさった。
「……お前」
相手の口元には、笑みとも呼べない歪んだ表情が浮かんでいる。
眼はギラギラと光り、全身から殺気が放たれていた。
先日の黒いポンチョの奴だった。
これは待ち合わせではなく、罠だったのか?
【敵反応検知:1】
俺はショットガンを構えると発砲した。
敵が吹き飛んだ。
腰の刀を抜く隙を与えないまま、さらに引き金を引く。
炸裂音。
敵が宙を舞った。
俺の右後方に着地した敵は、すでに抜刀していた。
弾ける。相手の体が跳ねた。
来る。突き。目で追えない速さ。
膝を折る。体を沈める。切っ先が頭上をかすめた。
その時だった。
後方からAISの隊員二人が走って来る姿が見えた。
敵もそれに気づくと刀を納めた。
壁を蹴るとそのまま、壁の向こう側へ飛んで消えた。
大柄な身体つきの隊員が、ドスドスと大きな足音を立てながら到着する。
「遅かったな……いや、悪い、俺が言うことじゃねぇな。俺が遅れた。すまん」
軽く頭を下げて、すぐ姿勢を正した。
「初めましてだな。俺は明石だ。今日からお前の先輩になる。
つっても、堅苦しい挨拶はいらねぇ。俺は口下手だし、タメ口の方が性に合ってる。お前もそのうち慣れてくれ。
……で、遅刻の言い訳だが。装備点検で機械がまた不具合起こしやがってな。ああいうのは信用できねぇんだ、いつ裏切るか分からねぇ。結局、体一つで何とかするのが一番確実だ。覚えとけ。
さて、握手でもするか。よろしく頼む」
差し出された手をしっかり握ると、強烈な力だった。
遅れてゴーグルをつけた隊員が到着した。
「賢木か。私は須磨だ。通信、医療を担当している。階級や肩書きは覚えなくていい。現場では役割の方が重要だからな。先に言っておくが、私は君を信頼していない」
俺は少し戸惑った。
「誤解しないでほしい。嫌っているわけでもない。単に、まだ君に関するデータが不足しているだけだ。安心してくれ。これは全員に言っている」
「賢木です。よろしくご指導願います」
「それで、今の野郎は何だ?」
「私も興味深い。移動速度が高い。全身の質量が抑えられているようだ」
敵反応は、すでにレーダーから消えていた。
「よくわからない。AISが嫌いらしい」
「では早速だが任務を説明する。歩きながら話すとしよう」
須磨がそう言い、俺たちは歩き出した。
ファクトリーエリアのMAPが共有された。
工場の一つにマークがつけられている。
「偵察データでは、この施設がドリームの精製工場である可能性が高い。ゲームボーイの存在も推定されている。だが、それはまだ推定だ。我々に必要なのは事実だ。君には現地でそれを確認してもらいたい」
俺たちは廃工場の端までやって来た。眼下には、水の涸れた用水路が複雑に延びていた。
須磨はライフルのスコープを使い、向こう岸を眺め、しばらくして俺に渡した。
「向こう側の廃車の所、ドラム缶で火を焚いているのが見えるか?」
確かに廃車の山があった。その近くで煙を上げるドラム缶と、側に立つギャング風の男が見えた。
「あいつが見張りだ。工場に行くには、あそこを通る以外に道はない」
「チッ……最初はな、あいつが手下だって知らずに聞き込みしちまったんだ。俺たちは、もう顔は割れてる。だからお前を呼んだんだよ」
状況はわかった。近くの工場内の地下から用水路に出るというルート説明を受けた。あとはどこかで、制服の上にボロ布でも拾ってまとえばいいだろう。
「我々は待機だ。任務を遂行してくれ」
「期待してるぜ」
俺は二人に見送られて出発した。
路上の脇で、二人のホームレスが絡み合っていた。一人が馬乗りになり拳を振るうと、下の男もだるそうに殴り返す――まるで決着をつける気などない、儀式めいた動きだった。
二人の顔はすでに血で赤黒く染まっている。それなのに、二人はゲラゲラと笑っていた。殴られるたびに笑い、殴るたびにまた笑う。苦痛と哄笑の境目は、もう溶けてなくなっているようだった。
側には薬物の容器が落ちていた。
工場の入口に向かうと、中から出て来たサイボーグと遭遇した。
【敵反応検知:1】
【距離:15】
がっしりとした身体つき、油断のない身のこなし。こいつはただのチンピラじゃない。
「お前だな、俺たちのシマを嗅ぎ回っている奴は!」
面倒くさい。あの二人のせいだ。
発見されたからには仕留めるしかない。
敵がマシンガンを発射した。
俺は近くの廃材の陰に隠れたが、何発かが胸部に正確に命中していた。
ライフルで応射。
頭部に食らわせる。
敵もどこかに身を隠した。
「死ね! AIS!」
叫び声とともに、派手に撃ち込んできた。
銃声が空気を裂く。
しかし、反撃はしない。
息を殺し、耳を澄ませる。
敵はさらに激しく撃ち込んできた。その刹那、銃声の反響が敵の居場所を露わにした。
これで敵の位置がわかった。
地面に手の平ほどの大きなボルトが落ちているのを見つけると、それを投げつけて叫んだ。
「手榴弾でもくらいやがれ!」
ガツン、と何かの金属にぶつかる音がした後、ゴトリと重く鈍い音が地面に転がった。
「くそっ!」
引っかかった敵が、慌てて飛び出した。
待ち構えていた俺はライフルを放つ。
敵の頭が吹き飛んだ。
敵反応消失を確認して、ゆっくりと近づいた。
敵の身体を背負うと、その場を離れRepairShopに向かった。
店員に身体を渡し、俺は装備を外してカプセルに入る。
しばらくしてセッティングが終了した。
俺は頭部以外のパーツを全て変えた。まだ少し違和感はあるが、以前より身体が大きくなっていた。
先程の工場へと戻ると、落ちていたヘルメットを拾って被る。
あとは見張りの所へ行くだけだ。
工場内の薄暗い階段を下りて地下へ向かう。
地階から明かりが見え、話し声まで聞こえてきた。
俺はベレッタに手をかけながら地階へと入る。
そこには人が住んでいた。
かつての食堂の場所が廃材で仕切られ、いくつかの小部屋が形成されていた。
手前の部屋の男は、ロボット犬に足を噛まれ、血を流しながら笑っていた。
中央の部屋の夫婦と子供は大声で歌っていた。
家族全員が必死な形相で、大きく口を開けた。喉の奥から、歌声と共に大量の血が溢れ出した。
俺が通っても誰も見向きもしない。
二つの部屋には薬物の容器が落ちていた。
奥の部屋からも声が聞こえた。
「……何故、二回も失敗したの?」
女の声だった。
「邪魔が入ったんだ。仕方ないだろう」
男の声だった。
そこにいたのは白いフードを被った女と、俺を襲った黒いポンチョの男だった。
背筋に冷たいものが走る。
やはり、俺を狙っていたのか。
気づかれるな。今はまだ、それだけを願った。
黒ポンチョの視線が一瞬こちらを通り過ぎる。
だが、それだけだった。
変えたばかりの体格が、役に立ったらしい。
興味を失ったように女へ顔を向ける。




